最遊記 | ナノ



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「あの娘は…本当におかしな娘じゃ。」
「シッ!すぐ近くにいますよ。」
「まあ…過去に父親に虐待されて記憶障害起こしてるからなぁ。」
「それからは孤児院で…今は村の為によく働いてくれてるが…。」
「でも常にヘラヘラしててちょっと不気味よねえ、悩みとか無いのかねえ。」
村の皆が陰口を叩いている娘は常に笑っている。その陰口は娘の耳に当然入っていたが彼女は何時ものように笑っていた。

「あは、」

この娘ーーー優妃は22歳になる。この村で生まれ育ってきた。だが彼女は名前と年齢以外の過去の記憶は全て失っている。家族の事も育ってきた経緯も全て。それを苦痛と思ったことは無いが一部の村人からは奇異な目で見られている。
村の為によく働く娘だがその異質さから嫁にも貰われずただ日々を過ごしているだけだ。
優妃は常に笑っている。酷いことを言われても怪我をしてもだ。涙を見せる事はおろか、怒ることもない。それが不気味だと皆は言う。感情が無いのかと。

「大変だー!」
一人の村人が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「どうしたんだい?」
「旅のお方がいらっしゃったぞ!」
「そうなのかい?」
「なんでも偉い御坊様とそのお連れ様だと。」
「そりゃあ、凄いねえ、有り難い。」
「優妃、さっそくもてなすよ!」
「はぁい。」
微笑みながら優妃はもてなしの手伝いに向かった。


法衣を纏うものの金髪で愛想の欠片もない紫の瞳をした”御坊様”と「腹へったぁ。」と嘆いている幼く小柄な少年と触覚のような前髪が妙に特徴的な背の高い赤髪の男と礼儀正しく物腰柔らかなモノクルをかけた青年がそこには居た。
「最近の御坊様って髪の毛あるんですねぇ。」
お茶を全員に用意しながら優妃は話し掛けた。
「あ"?」
不機嫌そうな声で御坊様は優妃を睨むが彼女は笑顔で返す。
「あはは、ごめんなさい。お洒落だなーって。」
「優妃!お客様に失礼だよ!!すみませんねぇ、御坊様…!」
叔母さんが優妃の首根っこを掴んで謝る。御坊様の変わりに返事をしたのは赤髪の男だ。
「こいついつもこんなんだから気にしないでいいよ。ところでキミかわいいねぇ、俺と遊ばない?」
「? 私?」
赤髪の男は軟派な性格なのか、優妃を誘ってきた。優妃は分からずきょとんとしている。
「ごめんなさいねえ、この娘何も知らない生娘なもんで…さ、御坊様方に夕飯の支度をするよ!」
「あ、はーい。」
優妃はよく分からないまま赤髪の男に手を振り叔母さんに連れて行かれた。

「ヒュウ♪ 生娘…そそるねえ。」
「アホか。」
「”きむすめ”って何?」
「悟空にはまだ早いですよ。」


夜になった。旅の一行は物凄い勢いで食事を平らげている。
「うわー凄いなぁ。」
「優妃!こっち手伝え!」
「はーい。」
優妃はその様子を感心して見つめていた。
「おかわりっ!!」
「ビール2つ持ってきて!」
「早くしろ。」
「ご飯のおかわりお願いできますか?」
注文が絶えない。もう厨房は大忙しである。優妃も忙しなく走り回る。
片手にビール2つとお盆におかずと米の入った茶碗を手に一行のテーブルへ置いた。
「お待たせー!しましたっ!」
「おっ、生娘ちゃんじゃん!会いたかったー。」
赤髪の男にそう言われては目を丸くした。
「? 生娘ちゃん?」
「そんな言い方失礼ですよ悟浄!すみません…!」
「あ、いや良いんですけどあはは。」
モノクルの青年に頭を下げられたが優妃は全く気にしていない。
「じゃあ名前聞いちゃおうかな〜。」
「私は優妃。差し支えなければ私も聞いていい?」
やけに話が盛り上がり、優妃は一行の名前を聞いた。
軟派な赤髪は悟浄、不機嫌そうな金髪は三蔵、よく食べる少年は悟空、礼儀正しいモノクルは八戒と名乗った。

急に家の扉が勢いよく開かれその場に居た全員が振り返る。
「おい!大変だ、大変だぁっ!!」
「おじさん、そんなに慌ててどうしたの?」
「妖怪が、妖怪が襲ってきた、みんな逃げろ!!」
「妖怪?」
「なんだって?! 」
村の男の知らせ。今この村は妖怪に襲われている。家の中の者は優妃と一行を除きみんな恐慌している。
扉を破る音がしたと共に何人もの妖怪が現れた。
「いやあぁぁあっ!」
「叔母さん、早く逃げて。」
優妃は恐怖で悲鳴をあげる叔母を避難させる。
一人冷静に家の中の者を安全な場所へと避難させていく。
「メシ食ってる時に現れやがって…許さねえ!」
「殺す。」
「空気読めない男は嫌われるぜ?」
「扉の弁償は誰がしてくれるんですかねぇ?」
振り向けば一行が各々武器を構えていた。
如意棒、拳銃、鎖鎌。八戒も手から光を放っている。
「え、みんな戦うの?」
「優妃ちゃんは何処かに隠れてて。」
「邪魔だからな。」
「はーい。」
「ほんっと三蔵サマ言い方冷たいわぁ。」
「いいからさっさと蹴散らせ。」
「へいへい。」
巻き込まれないように優妃もその場を離れた。

だが優妃は完全に一人逃げ遅れていた。
「あーあ。」
気の抜けた声を出す。目の前には別の場所から入り込んだ妖怪がいた。
彼女は戦う術を何も持っていない。殺されるんだなぁとぼんやり考えていた。そこに恐怖心は無かった。
『ギェアァァ!』
「うわっ…!」
鋭い爪で引っ掻かれ太股に思いっ切り傷を入れられる。当然立っていられず床に倒れ込む。
「あーあ、私もここまでかぁ。…ま、いっか、あはは。」
瞳を薄らと閉じ何時ものように微笑んで最期の時を待つ。

パァン

「…?」
発砲の音が聞こえた。閉じた瞳をそっと開け直すと自分を襲っていた妖怪が倒れている。
「あれ? …死んだの?」
「逃げろって言っただろうが。」
「あ…。」
声の方に顔を向けると御坊様こと三蔵が拳銃を構えていた。
「助けてくれたんだ…。ありがとーございまぁす。」
「邪魔な敵を殺しただけだ。助けた覚えは無い。」
冷たい物言いだが優妃はそれをなんとも思っていないどころか違う所に目がいっていた。
「御坊様って銃使うんだ…。」
「おい。」
「はぁい?」
三蔵に声を掛けられ優妃は返事をする。
「妖怪に襲われた時、お前は逃げなかった。何故逃げない?」
「え、なんだろ、死んじゃうんならその時はその時かなって。」
「死ぬのを恐れてないのか?」
「んー…そうだね、怖くないかも。」
「少しは足掻けよ。」
「うーん…。」
頬を指で掻く。優妃は返答に困っている様子だ。
三蔵は優妃に銃口を向けた。

優妃は目を丸くして銃口を見ている。
その目は驚いては居るが怯えている訳でも無く恐怖心は無い。

「俺がお前を殺そうとしても何も思わないのか?」
「……。」
少しの間優妃は黙っていたがくくぐもった声を出した。
「……あー…、当たったら痛そうだね、あはは。」
「……おかしな女だな。」
溜息を吐いて銃を下げた。
「うん、みんな私の事そう言うよ。」
優妃は笑顔で話すがその笑顔は何処か寂しげだ。
彼女の太股の傷から出続ける血は床に染みを作っている。三蔵はそれを指さして指摘する。
「お前、切ってるぞ。」
「あ。そう言えばそうだった。大した怪我じゃないから忘れてた。」
「アホか。神経通ってねえのかよ。かなり切ってるぞ。」
傍にあったテーブルクロスを割いて止血してやる。
「御坊様やさしー。」
「うるせえ、目の前でダラダラ血を流されたら目障りなだけだ。」
「御坊様ありがとう。こんなに私の事気にしてくれてるの御坊様くらいだよ。」
「別に気にした覚えは無え。」
素っ気ないのか素直じゃないのか良く分からないが優妃は胸に温かいものを感じていた。


翌朝になった。相変わらず一行はかなりの量の食事を平らげている。主に悟空が。
「うんめー!」
「米粒飛ばすなクソ猿!」
「静かに食べましょうよ。」
「………。」
家の中は朝早くに村人たちが片付けてそこそこ綺麗にはなっていた。扉などは壊れたままだが。
「御坊様たちが妖怪を倒してくれたお陰でこの村も安泰だよ、遠慮せず食べとくれ。」
「やったー!」
「お前まだ食うのかよ?!」
叔母さんに声を掛けられて悟空は更に食べる速度を早める。悟浄は呆れていた。
「でも扉の修理代もお支払い出来ていませんし…。」
「いいんですよぉ!」
「おい。」
「はい?」
三蔵が叔母さんに声を掛ける。
「あの女はどうした。」
「ええっと、優妃の事ですか?」
「ああ。」
「あの娘は昨日の怪我が酷いんで安静にさせてます。何か用がありました?」
「あの女に何があったか聞かせろ。どう考えてもおかしいからな。」
「……。」
叔母さんも、周りの村人も優妃の事を聞かれ黙り込んだ。
「何、お前?生娘ちゃん狙い…あでっ!」
悟浄の言葉に三蔵は思いっきり頭を殴った。
「違げえよクソ河童テメェと一緒にするな死ね。」
「昨日何かあったんですか?」
八戒が問い掛ける。
「あの女…妖怪に殺され掛けても死を恐れてなかった。常にヘラヘラしてやがった、ただの一般人風情が。過去に何かあったんだろうがよ。」
叔母さんに鋭い視線を向ける。
「あの娘は…実は……幼い頃から虐待されたショックで記憶障害でね…。それからずっと笑ってるんだよ…怒ったり泣いたりも怯えたりもしない…それが不気味でね…。」
「そんな事が…。」
「どうりでみんなあの娘から距離を取ってたって訳か。」
「うん、なんかあの子の扱いおかしかったよなぁ。」
一行も気付いていた。
「お前らがそんな態度だからあいつはあんな風なんじゃねえのか。」
「………。」
三蔵のその言葉に叔母さんも村人たちも黙り込んだ。

「おはよー。」
空気を読んでいないのかわざとなのか優妃が降りてきた。
「ちょ、優妃…! っていうかそんな大荷物持って何処へ行くんだい?! まだ傷が…。」
「叔母さん、いつもありがとね。ねえ御坊様、恩返ししたいからついていっていい?」
「えっ、ちょ、きむ…じゃねえ優妃ちゃん!これは女の子がついて行くには危険な旅なんだぜ?!」
「俺たちしょっちゅう妖怪に襲われてるし!」
「危ないんですよ?!三蔵も止めてください…!」
悟浄も悟空も八戒も全力で止めるが三蔵は煙草の煙を吐き出して一言、言い放った。

「死にてえなら勝手にしろ。」
「うん!御坊様の為に死にたいから行く!」
「「「爆弾発言。」」」

優妃は清々しい笑顔を向けて三蔵たちのジープに乗り込んだ。


「ほんとーに付いてきちゃったよ…ま、カワイイ娘が隣にいるのはラッキーだけどな♪」
「ちょっと狭いー。」
「あはは、ごめんごめん。」
悟浄は鼻の下を伸ばしてデレデレだが悟空は窮屈そうな顔だ。優妃はジープの後ろに乗せてもらい悟浄と悟空の間に割り込む形で座っている。
「優妃…後悔しても知りませんよ?」
「八戒さんそれ何度目?」
八戒は言い聞かせるが優妃は気にしていないようだ。
「……こいつにとってはあの村に居るよりマシだろうが。」
「「………。」」
三蔵の呟きに悟空も悟浄も彼を凝視していた。
「三蔵くんは優しいなぁ!」
「…は? 誰に向かってそんな口を聞いてる。」
「えっ、なんか御坊様って呼び辛いしこれからは三蔵くんって呼ぶね。」
「……チッ。」
一行は西へ。奇妙な五人旅が始まるのだった。











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2017.05.19.


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