6章 家族
グレイル傭兵団は樹海を抜けてガリア王国を目指していた。樹海の中は妙な湿気があり不快な暑さが襲ってくる。そんな過酷な状況の中、皆歩を進めていた。
「……暑いや。」
ユウキはぽつりと呟いた。慣れない環境に足元がふらつく。
「よぉ、生きてるか。小せえの。」
「えっ…。」
ふと声を掛けられて目を見開いた。赤髪を上に結んだ男。確かーーー。
「シノンさん…?」
「ああ。」
「すみません…暑さに慣れてなくて…大丈夫です。」
「そうかよ、この間みてえにまた引きこもって出てこなくなるかと思ったぜ。」
「……。」
シノンの毒ずいた言葉にユウキは一度口を噤ませるがたじろぎながらも声を掛けた。
「…その…、こうやってお話しするのははじめてですね。」
「まあ特に話す事も無えしな。」
「シノンさん!ナンパっすか??」
「はあ?」
二人の横から急に絡んで来たのは重歩兵のガトリーだ。
「…ガトリーさん。」
「ガトリーでいいよ!いや〜可愛いなってずっと思ってたんだけどねなんか俺たちが助けに行った時声掛けられるような状態じゃなかったからな〜。」
「ごめんなさい…もう大丈夫…。」
「元気になったなら良かったよ〜!いやあ、にしても暑いな〜!」
女性好きのガトリーはユウキを気に入っているのか陽気に声を掛けてきた。ユウキは若干その態度に退く。
重歩兵で厚い鎧を着けているからかなり暑いのだろう、ガトリーは他の皆より汗をかいていた。
「…ふう。」
にしても本当に暑い。ぼーっと歩いてるうちにシノンとガトリーは自分より先に行ってしまっていた。
このままでは皆とはぐれてしまう、迷惑を掛けるわけにはいかない、と小走りで追い掛ける。
追い付いて安堵のため息をつくとシノンとアイクが話をしていた。
「……半獣は、そんなに俺たちと違うものなのか?」
「なんだ、半獣を見たことねえのか?」
「まだ、ない。」
「オレはあるぜ。毛むくじゃらのやつをよぉ。そりゃあ醜い姿で、鋭い爪と牙が……ぐいっと、こう、すごくてな。オレたちと同じ言葉を話すっつても、あれは獣だよ。本物のな。」
シノンの言葉にユウキは動揺する。彼の言葉から聞くに“ 半獣”と呼ばれるものは恐ろしい生き物であるに違いない、と思った。
「半獣……。」
ぽつりと呟くとなんとも差別的な言葉だなと感じた。動物とは違うのだろうか?全く理解出来ない。
アイクたちは更に話を続ける。
「他にも種類がいるのか?」
「“半獣”と呼ばれるものは、その特徴に応じて【獣牙族(じゅうがぞく)】、【鳥翼族(ちょうよくぞく)、そして【竜鱗族(りゅうりんぞく)】……この、3つに分類されます。ガリアにいるのは、するどい牙を持つといわれる獣牙族ですね。」
セネリオの説明を聞くとますます半獣が分からなくなった。獣、鳥、竜…?頭が混乱してくる。
種族によって姿が違うのだろうか。妖怪の類か何かだろうかと頭の中で必死に思い浮かべる。
「ここから東南の島々にゃ鳥の化け物、南のゴルドアにゃ竜の化け物…ま、傭兵やる上で、知ってて当然の知識だ。もっとも、アイクぼうやは何も知らなかったみたいだがなぁ。」
シノンの言葉にアイクは自分が無知であると気付かされた。
「! ……そうだな。」
「…もう少しで樹海を抜けそうですよ、アイク。」
「本当か? そうすりゃ、ガリア領だ!ここを出られるんなら、半獣の国だろうが天国に思えるぜ。」
樹海を抜けると聞くやシノンは嬉しそうだ。
ユウキは恐る恐るアイクに声を掛ける。
「あの…アイク?」
「なんだ?」
「その…気にしなくていいと思うよ。」
さっきのシノンとのやり取りがなんだか心配だった。
「ああ。」
「私も…まだ分からないことばかりだから…一緒に覚えていこう?」
「そうだな。」
アイクは頷いていたが突き刺さるような視線を感じた。
「……。」
「!」
セネリオが、ユウキをじっと見ていた。睨んでいる訳では無いがユウキは辟易する。
「全員止まれ!そろそろ、樹海を抜ける。隊形を組みなおすぞ!」
グレイルの声で全員が足を止めた。
「デインの追っ手は、このまま見逃してはくれないでしょうね。」
「もう1度、仕掛けてくるのは間違いありません。数が読めないのは辛いところですが。」
デイン兵たちはしぶとく傭兵団を追ってくる。ティアマトもセネリオを顔を渋らせた。
「では、どう動くのが最善かーーーーセネリオ、なにか策があるか?」
グレイルはセネリオに策を求める。
「……まったく戦えない者がいる以上、追いつかれれば苦しくなります。戦える者で別働隊を作り敵をかく乱して時間をかせぐ。その隙に本隊は全速力でガリアとの国境をこえる…。」
「戦力を割る?本体はともかく、別働隊にかかる危険が高すぎないか?」
オスカーが別働隊への負担を憂慮している。
「…任務の完遂を考え、犠牲を最小限に押さえるのであれば…この策しかありません。おそらく樹海の出口でも待ちぶせがあります。
もし、このまま何もせず森を抜け、追っ手と待ちぶせ部隊から、はさみうちにあえば…我々は全滅します。」
「…やってみるしかなさそうだ。」
犠牲が一番少ない策。多少の危険は伴うがグレイルはそれしか無いと踏んだ。
「……。」
ユウキは胸騒ぎがした、誰も犠牲になんてなって欲しくない。不安で心が落ち着かない。胸元に手を当てぎゅっと握り締める。
「よし、隊をわける。
別働隊は、俺、シノン、ガトリーだ。他はエリンシア姫を守って全力でガリア領へ行け、いいな!」
「そっちは、それだけでいいのか?」
別働隊は、たったの三人。アイクは気になった。だがシノンがすかさず声を上げた。
「バカが!こういう作戦は少ない方が、身動きをとりやすいんだよ!!
人のことより、てめえらの心配をしてろ。」
「……。」
そういうものなのか、と納得したのかアイクはそれ以上何も言わなかった。
グレイルが全員を見る。
「いいか、多分これが、俺たち傭兵団にとってこれまでで最大の戦いとなるだろう。
命令は1つだけだ。誰も死ぬな!
血の繋がりがあるとかないとかそんなことは、どうでもいい。
俺たちは、1つの家族だと思え。家族を悲しませたくなければ生き延びろ!」
その言葉を聞いた途端、ユウキの不安が掻き消された。
ーーー家族。自分の事も含めて言ってくれているのだと思うと絶対に死ぬ訳にはいかない。心の底からそう思った。
「本隊は、アイクが指揮をとれ。ティアマトが補佐だ。
では、行け! ガリアで会おう。」
本隊と別働隊はそれぞれの進む方角へ歩を進め始めたがユウキはグレイルに駆け寄った。
「あのっ、グレイルさんっ!」
「どうした、ユウキ。」
「私…その…感謝してます、傭兵団にもグレイルさんにも本当に…だから…絶対に生き延びましょうっ…!」
どうしても気持ちを伝えたかった。暫く離れると思うと色んな気持ちが込み上げてきたからだ。
「分かっている。さあ、早く本隊に戻れ。」
「はいっ、失礼します!」
ユウキは一礼すると走って本隊の方へ戻っていった。
グレイルはその後ろ姿を見てふ、と小さく微笑んだ。
アイクたち本隊は樹海の出口に差し掛かっていた。
「やはり、待ち伏せがいるな…。」
案の定、デイン兵がアイクたちを待ち構えている。敵を見たセネリオは容易な状況では無いと判断した。
「……予想より数が多いです。敵は、他の脱出予想地点にも人員を配さねばならなかったはず……ここの敵は決して多くないと読んだのですが。」
「…王女とミスト、ヨファだけでも安全に向こう岸に渡らせる方法はないか?」
三人を危険な目に合わせるわけにはいかない。
「……橋は2本あります。
そしてこの茂みは西にある橋の手前まで続いています。茂みに潜んだまま動けば敵に見つからずに、橋のたもとにたどり着けるでしょう。
そこで、奇襲をかけます。」
「そこから陽動作戦か。」
「はい。僕らが敵の目を引き付けている間に、王女たちは身を隠しつつ向こう岸に渡ってもらいます。」
「……迷っている暇はない。その作戦でいこう。」
作戦が決まったところでエリンシアが声を振り絞った。
「アイク様…私も…私も、みなさんといっしょに戦います!」
自分だけ何もせずに居るのが辛いのだろう、だがその言葉は受け入れられなかった。
「…いや、だめだ。」
「アイク様っ!?」
「あんたを危険な目にあわせるわけにはいかない。みんな、あんたを守るために命をかけてるんだ。
それがわかるなら、今はがまんしてくれ。」
「は、はい…わかりました……。」
アイクの言う事は最もだった。エリンシアは俯きながら頷く。
「……。」
セネリオはそのやりとりを黙って見つめていた。
「決まりね。」
ティアマトが皆を見る。
「よし、強行突破するぞ!」
「ミスト! ヨファ!
おまえたちに王女を頼む。絶対、見つかるんじゃないぞ。」
「うん!気をつけてね、みんな!」
「まかせて!かくれんぼなら…ぼくたち得意だから!」
「ヨファくんったら…。」
ユウキはヨファの言葉に微笑む。
「ユウキちゃん、絶対に無理しないでね?」
「ミストちゃん…。」
ミストは心配からか眉が下がる、まだ戦いに慣れてないユウキを気にしているのだ。
本当は自分たちと来て欲しいと思っている、だけどユウキはアイクたちと戦うことを選んだのだから心配するしか出来なかった。
「まだ戦い始めたばかりなんだから…。」
「分かってる。ミストちゃんも、ヨファくんも、エリンシア様も…気を付けて。」
「準備はいいか!?…行くぞ!」
アイクの掛け声で仲間達は戦闘準備に入った。
西にある橋を目掛けて傭兵団は茂みの中を進む。かなり進みにくいが敵の目はなんとか眩ませている。
ユウキとキルロイとセネリオはアイクたちから少し離れて後方に居た。
「はぁっ…はぁっ…。」
まだ重みに慣れない魔道書。歩きにくさも相まって既に息が上がってきた。
「ユウキ、大丈夫…?」
「ごめんね…大丈夫。」
「……。」
キルロイが気を遣って声を掛ける。セネリオはユウキを黙って見ていたが気になるのか珍しくセネリオから声を掛けてきた。
「その魔道書…かなり重たいんじゃないんですか?」
「う、うん…。」
「貸してみてください。」
「いいけど…。」
ユウキからトルエノの魔道書を受け取るとセネリオは顔をしかめた。
「…雷の魔道書は重いとは聞いていましたが、これは…。あなたはこんなものを持って戦っていたというのですか?」
「う、うん…。」
「はっきり言います、あなたにこの魔道書は使いこなせません。」
「え…。」
セネリオの言葉にユウキは戸惑う。
「男の僕が持ってもかなり扱いにくい重みです。例えるなら斧と大差ない。力の無いあなたが持って戦うにはあまりに不向きだ。」
「じゃあ…セネリオの魔道書を貸してみたらどうかな?ユウキは魔道士の才能があるみたいだし。」
「…。」
キルロイの提案にセネリオは渋々自分の持っているウインドの魔道書を差し出した。風の魔導書。
「ありがとう…わ、軽い。」
それを受け取るとユウキはあまりの軽さに声が出た。トルエノの魔道書は常に両手で抱えていなければいけない。だがウインドの魔道書は片手で持てる。
「扱えそう?」
「……。」
魔道書を開く。古代語で書かれた呪文も何となく読める。
『ウインド…!』
だけど手を翳して呪文を唱えても、何も起きなかった。
「……え、なんで…?」
何度唱えても、魔法は使えない。
「無駄ですよ。もう返してください。」
「あ…ごめんなさい。」
呆れた声のセネリオにユウキは謝る。
「どうして…使えないんだろう。」
「あなたは雷魔道と杖のみ扱えるのでしょう。何故かは知りませんが。暫くは杖使いに徹してください、そんな覚束無い様子で戦われても困るので。」
「わ、わかった…。」
厳しい物言いにユウキは苦しそうに俯くがキルロイが慰める。
「気を落とさなくていいよユウキ。」
「ありがとう…。」
特異なユウキの能力にセネリオは訝(いぶか)しさを感じていた。
異世界から来た人間だからかそれとも。まさか、そんな。いや、もしかしたら…。
彼女は自分と同じーーー…いや、そんな筈は無い。頭に過ぎる考えを振り切った。
茂みを抜け、橋の前まで来るとデイン兵がアイクたちを狙って来た。敵を蹴散らし進んで行く。
ユウキはキルロイと怪我人の治療に専念していたが近くでボーレが苦戦していた。
「あっ、危ない…!」
「うおっ!」
ボーレが危険だ、ユウキは慌てて駆け寄って魔法を放つ。
『トルエノーー!きゃあっ?!』
魔道書の重みでフラついて足を挫く。しかも敵に攻撃を避けられてしまった。
「そんな…。」
顔が青ざめる。自分が止めを刺さなかった故に仲間が怪我をしてしまう。
「はあっ!」
「オスカー!」
「兄貴!」
代わりに敵に止めを刺してくれたのはオスカーだった。
「助かったぜ兄貴!」
ボーレはほっとした様子だ。お陰で怪我をせずに済んだ。
「全く、危なかっかしい奴だ。ユウキも、大丈夫だったかい?」
「あ、うん…ごめんなさい。」
「どうして、謝るんだ?」
「そうだぜ。ユウキはおれを助けようとしてくれてたじゃねえか。」
「でも、外しちゃったし。」
落ち込んで暗い顔をしているユウキをオスカーとボーレは励ます。
「ユウキ、思い詰めなくていい。失敗した時は助け合えばいい。私たちは仲間なんだから。」
「グレイル団長も言ってただろ?“ 家族”だって。」
「……!うん!」
二人の言葉にユウキは勇気付けられた。
「痛…っ、」
立ち上がるとさっき挫いた足が痛む。
もう少しで橋を渡れる、敵将を討ち取れば先に行ける。
こんな痛みで嘆く訳にはいかない。布で足を固定して歩き始めた。
「なんとか、突破できたか……。」
アイクは汗を拭う。
敵将エマコウを討ち取り先に進むとミストたちと再開できた。ここはもうガリア領だ。
「お兄ちゃん!」
「アイク様!」
ミストとエリンシアがアイクたちに駆け寄った。
ミストとヨファ、エリンシアの顔を見るとユウキも安堵した。
「ミスト!姫もヨファも…みんな、ケガはないか!?」
「うん!だいじょうぶだよ。」
「ここが、ガリアなんだ?わたしたち、助かったんだよね?なんか…実感ないかも。」
「本当にみなさんのおかげです…ありがとうございます…。…。」
「エリンシア姫……。」
ガリアに無事たどり着けた事で愁眉を開いたエリンシアは涙を流す。
「安心するのは、まだ早いですよ。別働隊が追いついてこない。」
「あ……!」
「……グレイルさん、シノンさん、ガトリー。」
セネリオの言葉を聞いてエリンシアは息を呑む。ユウキは静かに名前を呼んだ。
三人は傭兵団の中でも強い。だけど、何かあったに違いない。再び胸騒ぎがした。
皆も気掛かりなのだろう。団員全員が落ち着かない様子だった。
「…エリンシア姫、一度、ここで別れよう。」
「ど、どういう意味ですか?」
アイクの言葉の意味が汲み取れずにエリンシアは困惑する。
「俺たちは、仲間を助けに戻る。だから、あんたはミストたちといっしょにこのままガリア王宮へ向かってくれ。」
「お兄ちゃん!?いやよ、わたしも残る!」
また皆と離れてしまう。アイクの決断にミストは声を上げた。
「聞け、ミスト!みんなが生き残るためなんだ!」
「…う……!」
「親父たちといっしょに、すぐに追いかける!
心配するな。俺も親父も…約束をやぶったことないだろう?」
ミストは泣きそうな顔になっている。だけどここで全滅するわけにはいかない。気持ちを抑えるしかなかった。
唇を噛み締めながらゆっくり頷いた。
「……う、うん。じゃあ、先に行ってる……。」
「いい子ね、ミスト。すぐにまた会えるわ。」
「うん。ティアマトさん…お兄ちゃんたちのこと、お願い。」
「まかせて。」
ティアマトは安心させるようにミストに優しく微笑む。
「オスカーおにいちゃん…ボーレ……死んじゃ…やだよ?」
「ヨファ…。」
ヨファも兄弟と離れるのが心細いのだろう。オスカーは幼い弟が気掛かりだった。そんな二人の不安をかき消すようにボーレは明るく振る舞う。
「2人とも、辛気臭ぇ面すんなよ!大丈夫だって、おれがいるんだからよぉ!」
一番心配なのはボーレなのだが。
「ミストちゃん、ヨファくん。」
ユウキはミストとヨファに声をかける。
「ユウキちゃん…。」
「ユウキさんも、行っちゃうの?」
「ごめんなさい。二人を不安にさせてしまって。ミストちゃんたちの気持も分かるしアイクの気持ちもわかる。私もグレイルさんたちが心配…アイクたちのことも助けてあげたい。二人のぶんまで…。だから、王宮で待っててね。」
「うん…。」
「気をつけてね…。」
エリンシアの方をユウキは向く。
「エリンシア様、あなたが戦えなくて苦しい思いをしているのは理解しています。私も戦う力が無かったら、きっと同じだったと思います。だから、私がみなさんの分まで…戦います。どうかお気を付けて。」
「ありがとうございます…ユウキ。」
その言葉にエリンシアは少しだけ救われた気がした。
「じゃあ、わたしたち…もう行くね。」
「傭兵団のみなさま…後でまた必ず…!ご無事を信じています。」
「急ごう!セネリオ、どっちに行けばいい!?」
「来た道を戻り、東へ。増援が来る前に別働隊と合流しましょう。」
王宮へ向かうミストたちの背中を見届けるとアイクたちは急いで別働隊の元へと向かう。
ユウキは何度も振り返りながらミストたちの後ろ姿を見つめていた。
2017.03.07.
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