4章 守るための力



「ん…。」
目が覚めて、また朝が来たのかと実感した。何故か昨日は途中で目が覚めることも無く眠りにつけたのだった。
「…どうしてだろう、あんなに魘されていたのに。」
隣で規則正しい寝息を立てているミストを横にユウキは何か心が吹っ切れていたのを感じていた。
キルロイに自分には仲間を守る力があると言われた。
ティアマトに仲間を守ることは誇りだと言われた。
自分があの時雷の魔法を使わなければミストとヨファと共に殺されていた。
この力は自分にとって必要な力。
床に投げ捨てた魔道書を拾い上げ、見つめる。
「トルエノ…。私の力を引き出した魔道書…。」
またあの呪文を唱えれば雷が手から放たれ敵を殺めるのだろう。正直あの時の恐怖心が消えた訳ではない。
「…この力で、傭兵団の皆を守れるなら…私は…戦ってみせる。」
ユウキの目は力強く、決意に満ちていた。
自分より幼く戦場に出られないミスト、ヨファの分まで自分がやれるべき事をやろうと決めた。
杖の回復も少しなら出来る。近いうちに自分も戦いに加わろう。その為にも特訓をしないといけない。
居てもたっても要られ無くて、外に出た。

「ーーートルエノ!」
雷光が目の前に落ちる。自分の力に圧倒された。
「はぁっ…はぁっ…。」
何よりこの魔道書は重い。力の無いユウキは一度使っただけで呼吸が乱れる。
「こんなんじゃ…また…迷惑かけちゃう…。」
「ユウキ?!」
「ぁ…。」
「こんな朝早くに外で何をやってるの?!まともに食事も取っていないのに…倒れてしまうわ!」
「ごめんなさい…私…。」
「いいから、砦に戻りましょう。歩ける?」
「はい…。」
ティアマトに支えられながら砦に戻る。一番に食堂に連れて来られた。
「お腹…空いてるでしょう?何か作ってあげるから少しだけ待ってて。」
「ありがとう…ございます…。」
少しして目の前に食事が差し出された。
二日程何も口に含まなかったからだろうか。ユウキは早々と平らげた。
「ごちそうさまでした。」
「足りたかしら?」
「はい…。あの、ティアマトさん。」
「何?」
表情を一瞬曇らせるが真っ直ぐに相手の顔を見る。そして頭を下げた。
「昨日は…すみませんでした!心配してくださったのに…私…ひどい事を言ってしまって…。」
「ユウキ…。」
「八つ当たりみたいになってしまって…私本当に混乱してて…でも、もう大丈夫ですから。申し訳ありませんでした…。」
「いいのよ。私も、あなたにもっと配慮してあげるべきだった…。私とあなたの居た世界は…環境は全く違うのに…。」
「いえ…。」
「でも…元気になってきたなら良かったわ。まだ本調子では無いでしょう?まだゆっくり休んでいて…。あなたはもう戦わなくて良い。」
「ティアマトさん…その事なんですが、私…さっき訓練しようとしてたんです。」
「えっ?!なんて無茶を…!」
「止められてしまいましたけど…。」
「ユウキ、あなたは…戦うべきでは無いわ。争いの無い平和な世界で…戦う事を知らないあなたが…あまりにも危険よ。」
「…それでも、仲間を守る力があるのはすごい事ですし、戦う力があるのに何もしないのは嫌なんです。あと私は魔力が高いみたいで…杖も少しですが扱えます。キルロイに指導してもらっていたので…。」
「何時の間にそこまでの事を…。」
「私は異世界から来た人間です。そんな異質な存在を受け入れてくれたこのグレイル傭兵団の皆さんにどうしても私の力で何かしたいんです。守られてばかり…助けられてばかりだから…。」
「…あなたの気持ちは嬉しいわ。でもまだあなたは戦場へ出るべきでは無い。アイクだって団長との厳しい訓練でやっと一人前になったのだから…。」
「…わかりました。でも訓練は続けさせてください。いつか、お役に立ってみせますから。」
「そうね…。身を守る術を身体に覚えさせる事は悪い事ではないわ。」
二人は会話を終えると机の上を片付けた。

昼が過ぎた頃だろうか、ユウキは砦の外でミストと話をしていた。
「もう大丈夫なんだねユウキちゃん。顔色も良くなったみたいだしご飯もちゃんと食べてくれたし。」
「心配かけてごめんね…もう大丈夫だから。」
「ユウキちゃんなら立ち直ってくれると思ったよ!…でも思ったより早かったね。ユウキちゃん、強いよ。」
「強くなんかないよ…ただ、色々吹っ切れただけ。今はこの力を…使いこなせるようになって皆んなが危険な時に守れたらなって思うようになったんだ。」
「ユウキちゃん…。」
その決意溢れる瞳にミストはユウキの強い意志を感じ取っていた。彼女は異世界から来たただの少女では無いのだと。
ふと視線を正面に移すと此方の方に人影が向かってくる。その人物を見るなりミストが声を上げた。
「あっ!セネリオ?!」
「え?」
ユウキもまたその人物に目線をやると黒髪長髪の少年が居た。独特の雰囲気を醸し出していると同時にその赤い瞳からは何処か冷たいものを感じた。
「セネリオ、久しぶり!」
「ええ、お久しぶりです。その隣の人物は?」
「あ、ユウキちゃんだよ!事情があって今うちの傭兵団に居るの。」
「はじめまして、ユウキです…。」
ユウキは頭を下げた。
「私お兄ちゃんに知らせてくる!」
「あ、うん。」
ミストがどたばたと走って行ってしまいセネリオもすっと横切るように中へと入っていく。
「僕も団長に用があるので失礼します。」
「は、はい…。」
丁寧な口調だが辛辣さがある声でユウキは苦手なタイプだな、と肌で感じ取った。

グレイルが全員を作戦室に集めるようにと指示されユウキもその場に入る。
「ーーークリミアとデインの間で、戦争が始まりました。」
セネリオの口から出された言葉。戦争。ユウキにはピンと来なかった。
「せ、戦争?!嘘でしょ!?」
ミストが声を上げて驚いている。
ユウキの世界では戦争は、昔の話だった。それが今現実に起きようとしている。それだけでなく分からない地名が飛び交い、ティアマトとセネリオが口論を始めた為余計に会話の内容が分からずに頭が混乱してよろめいた。
「ぅ…ん。」
「ユウキ、大丈夫…?」
隣に居たキルロイがユウキを心配そうに見る。
「分からないこと…ばかりで。」
「そうだよね…君は異世界から来たから…混乱しちゃうよね…。」
「戦争…私の世界ではかなり昔の話だった…。私の住んでいた国は…もう争いをしませんって誓った国だったから…本当に平和で…だから…今起きようとしていることが…よくわからなくて…まだテリウス大陸のことも良くわかってなくて…クリミア…?デイン…?」
「…異世界?平和?何を寝惚けたことを言っているんですか?あなたはおかしいのですか?」
「セネリオ…信じ難いかもしれないがユウキは異世界から来た人間だ。まだここに来て日も浅い。」
「……。」
グレイルに諭されるもセネリオは完全にユウキを怪しいものを見るような目で見つめていた。
「……。」
その視線が恐ろしくて身体を震わせる。
自分を快く思ってくれる人間が居ないのは分かっていたがいざ出会ってしまうとやはり恐怖で苦しくなった。
「ユウキは悪い奴じゃない。不思議な奴だが…傭兵団の為に働いてくれている。そう睨んでやるな。」
「…はい。」
「…。」
アイクの一言でセネリオはユウキから視線を外した。安心から小さく溜息を吐いた。
「では話を戻すぞ。」
グレイルが話を戻し会議は終わった。

アイクたちが王都の方まで偵察に行く事になっ行った。いきなりの大役にアイクは動揺しているようだった。
支度をしているアイクにユウキは声を掛ける。
「…大丈夫?」
「あぁ。親父の考えが分からんが…。」
「アイクはグレイルさんの息子だから、挑戦させたいんだと思うよ。あ…さっきはありがとう。」
「何がだ?」
「作戦室で…私の事庇ってくれたこと。」
「庇う?」
「その…セネリオって人に私凄く怪しまれてた…から…。」
「ああ、俺はただ事実を言っただけだ。あんたは団の為にちゃんと働いてる。あいつとあんたは初対面だからな。悪い奴じゃないんだが…どうにも疑り深いところがあるんだ。あまり他の奴にも心を開かないみたいだし。」
「アイクには心を開いていたみたいだけど。」
「あぁ、昔から俺には懐いてくれているみたいだ。…いかん、そろそろ出る。」
「いってらっしゃい。」
靡く赤いマントを見つめ見送った。

帰ってくるまで特訓をしようと決め、砦の外で魔道書を片手にひたすらに唱える。
「トルエノ…っ!きゃあっ!」
どうにも、扱おうとすると重みでよろけてしまう。力の足りない証拠だった。よろけてしまうためになかなか思うような位置に魔法を放てない。
「うぅ…。力を付けないとだめだなぁ…。」
それからユウキは夕方になるまでひたすらに続けた。
「はぁ…はぁ…っ、疲れたぁ…。もう、こんな時間かぁ…。」
まだふらつくがそれなりに魔法の扱いにも慣れてきた。まだ実践で生かせるかは難しいが。
もうすぐアイクたちが偵察を終えて帰ってくる頃だ。
ユウキは食事の支度を手伝う為、砦の中へ戻った。

その頃、アイクたちは砦へ戻る途中で、デイン兵たちとの戦闘の後に助けた気を失っている女性を連れてくる途中だった。
…この女性が傭兵団の運命を大きく変えることになるとは、まだ誰も知る由もなかった。


 

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