1章 杖使い


今日からユウキは傭兵団の団員となった。グレイルと話しているうちに皆が起き始める時間になったようで続々と団員が顔を現す。
昨日顔を合わせた面子が大体揃っていたのでグレイルが皆に向けて話を始めた。
「…皆、話がある。今日からユウキが傭兵団の一員として団に加わる事になった。」
「改めて、ユウキです。団員の皆さんのお役に立てるように精一杯頑張ります。」
「ユウキ、そう固くならなくて良いわ。団員は皆、家族も同然。もっと気楽に接してちょうだい。」
「は、はい!」
ティアマトの言葉にユウキは笑顔を向けた。
「ユウキちゃん…!団員になったのね、良かったぁ。」
「うん。」
「昨日も話した通りユウキはここの事についてまだ何も知らんから皆、色々教えてやってくれ。特にミスト、頼むぞ。」
「任せて!お父さん。」
「ごめんねミストちゃん。たくさん迷惑掛けるだろうけど、よろしくね。」
「うん!早く慣れるように私と頑張ろうね!」
「団員となったからにはよろしく頼むぜユウキ!」
「ユウキ、分からないことがあったら何でも聞いてくれ。」
「ぼくも色々ユウキさんに教えてあげるね!」
ミストや三兄弟たちの言葉はとても頼もしく、ユウキは異世界から来た自分に優しくしてくれる団員たちに心が暖かくなるのを感じた。

今日は山賊退治の依頼があるらしく早々に皆が朝食を済ませて支度にとりかかっていた。
ミストと片付けを始めているとアイクが慌てた様子で現れた。
「やだお兄ちゃん。寝坊したの?」
「…ちょっとな。まだ俺の分、残っているか?」
「ちゃんと取ってあるよ。早く食べなよ。」
「ああ。」
「アイクさん…なんだか慌ててる?」
「お兄ちゃんね、今日初任務なの。」
「えっ、それはまずいんじゃ…。」
「だから今慌ててかきこんでるみたい。お兄ちゃん、ちゃんと噛みなよー。」
朝食を勢いよく貪るアイク。
「あ、お兄ちゃん。ユウキちゃん、今日から団員になったんだよ!」
「そうか、よろしくなユウキ。」
「よろしくね、アイクさん。」
「アイクでいい。…ごちそうさん。」
乱暴に食べ終わった食器を置いていくとアイクは行ってしまった。
「お兄ちゃんったら、もうっ。」
「…アイクさ…じゃない、アイクってなんか…大雑把だね。」
「大雑把で図々しいのがお兄ちゃんだよ。」
「ミストちゃん、そんな言い方はさすがに…。ていうか初任務って?アイクはまだ団員じゃなかったの?」
「お兄ちゃんまだ新米だから。」
「そうなんだ、私と同じだね。」
「ユウキちゃんの方がしっかりしてるけどね。」
「そ、そう?」
「お兄ちゃんと違って寝坊してないし。」
「私はたまたま早く目が覚めただけだよ。」
笑いながらミストと片付けを終えた。
山賊退治の任務はティアマト、オスカー、ボーレ、アイクで行くことになった為ミストとヨファとユウキの三人で砦の外まで見送りをした。
「留守を頼むわね。」
「うん、任せて!」
「皆さん、どうかお気をつけて…。」
明るく返事をするヨファ。ユウキは眉を下げ心配した様子だ。
「お兄ちゃん、しっかりね!」
「分かっている。」
「大丈夫だって、センパイの俺がついてるからよー。」
「ボーレがぁ?大丈夫なの?」
ミストがからかうように言う。
「なんだよそれー。」
「確かにボーレじゃなあ。」
「兄貴まで…。」
オスカーにまでそんな風に言われボーレはがっくりと肩を落とした。
「話はそれくらいにして、そろそろ行くわよ?」
「ういっす。」
「はい。」
「ああ。」
ティアマトの呼び掛けに三人は返事をする。ミストたちは手を振ってその後ろ姿を見届けた。

「さて…と!私たちもお仕事お仕事。」
「何をすればいいの?」
「とりあえず、お掃除とお洗濯。ヨファは砦のお掃除ね。」
「うん!」
「ユウキちゃんは私と洗濯!」
「わかった。」

早速ユウキはミストと洗濯を始めた。まるで自分の世界では専業主婦のような仕事だ。この時代の洗濯は全て手洗いのようで、洗濯機なんて便利な機械は無い。団員全員の洗濯物は山の様な量で二人掛かりでもかなり時間が掛かる。
「手洗いで洗濯って…大変。」
「でも洗濯は普通手洗いでしょう?」
「私の居た世界では…洗濯は洗濯機って言う便利な機械を使っていたから。」
「せんたくき?きかい?」
「なんて言ったらいいのかな…とにかくそういう便利な道具みたいなものがあるの。」
「ユウキちゃんの居た世界って本当に不思議…。」
ミストはユウキの言葉にただ首を傾げるばかりだった。
洗濯を終える頃には昼になっていた。二人のお腹が音を鳴らした。
「うう…お腹鳴った…。」
「お腹空いたね〜…何か作ろうか。」
「うん!」
砦にある食べ物で簡単に昼飯を作った。ヨファもちょうど掃除を終えたらしい。三人で昼食を取る。
「おいしかった〜。ごちそうさまでした。」
「じゃあ、私はやる事があるから!」
ミストは食べ終わると足早に席を離れてしまった。
「…そんなに慌てなくてもいいのになぁ。」
「ミストちゃん最近いつもああだよ。」
「そうなんだ。」
「あ!僕もやることがあるからユウキさんはゆっくりしててね!」
「へっ?よ、ヨファくん…!」
ヨファも行ってしまいユウキは急に一人にされてしまった。ゆっくりしていろと言われても特に思いつかない。とりあえず食器を片付けて皿を洗い始める。しかし三人分の食器など直ぐに片付いてしまった。この世界にはテレビやパソコンがある訳では無いから暇を潰せるものが何も無い。本でも探そうとユウキは砦の中を歩き回ることにした。

「うーん…。」
色んな部屋があるものの皆任務に出ていて居ない。ヨファも外に出てしまったのか見つからない。書庫で本を見つけたので自分が昨日眠った所で読もうと部屋に戻ろうとしたがまだ来たばかりで内部をあまり分かっていなかった為に迷ってしまった。
すると近くの部屋から話し声が聞こえた。
「もっと強く祈るんだ。」
「う〜ん…、こう?」
「…?」
気になって少しだけ戸を開けて覗いてみる。ミストの後ろ姿が見えた。何をなやっているのか気になりもう少し扉を開けようとした途端に手に持った本を落としてしまった。その音はもちろん聞こえたようでミストが驚いて飛び跳ねた。
「きゃあっ!!」
「ご、ごめんなさい…!」
「な…なぁんだ、ユウキちゃんか…びっくりしたあ。」
「ごめんね…部屋に戻ろうとしたら迷っちゃって…。?その人は?」
ミストの目の前で見知らぬ夕日色の髪の青年がベッドに座っていた。
「あ、ユウキちゃんはまだ顔合わせてなかったっけ?」
ユウキはこくりと頷いた。青年は優しく微笑みを向けると自分から話し始めた。
「ミストやティアマトさんから聞いてるよ。君が、新しく団に加わったユウキ?」
「そうです。あなたは…?」
「僕はキルロイ。よろしくね。」
「よろしく…。」
「キルロイはね、傭兵団で唯一の杖使いなの。」
「杖…?」
「傷を治すことができるんだよ。」
ミストの説明にユウキは首を傾げた。自分の居た世界にある杖にはそんな器用な事は出来ない。
「魔力を使うんだけど…魔力が高いほど回復がたくさんできるの。」
「そうなんだ…よくわからないけど。凄いことが出来るんだ。」
「私もいつかみんなの役に立ちたくて頑張ってるんだけど…うまくいかなくて。」
「ミストちゃん、杖が使えるようになりたいから練習してるってことなの?」
「うん…。」
「もうすぐ使いこなせるようになんだけどね。」
「すごい、上達はしてるんだ。大丈夫だよミストちゃん。努力は必ず実を結ぶから。」
「ありがとう…。あの、それでね、ユウキちゃん。この事はみんなに内緒にしててほしいの。」
「わかった、内緒ね。」
「お願いね!」
「でも…本当に杖で傷を治せるなら…凄くみんなの役に立てるって事だよね。」
「だから私、早く一人前にならないと。」
「ねえ、キルロイ。私にも杖を教えてもらえないかな。」
「え?」
「グレイルさんは、傭兵団は、得体の知れない私を拾ってくれた。助けてくれた。私は本当に感謝してるし、どうしても恩返ししたい。だから、お願いします。私に杖を教えてください。」
「ユウキちゃん…。」
「わかった、僕で良ければ。」
ユウキの真っ直ぐな瞳。ミストもキルロイも彼女が本気なのを感じ取った。キルロイは快く承諾すると立て掛けてある杖をユウキに差し出す。
「とりあえず…この予備の杖をユウキにあげる。」
「ありがとう。」
「とにかく、祈りと魔力を込めるんだ。」
魔力の込め方なんて、ユウキにはよく分からなかった。ただ、みんなを助けたい。役に立ちたい。治してあげたい。そんな思いと祈りをたくさん込めた。
「ん…。」
するとユウキの持つ杖の先端が光を放った。
「私よりも光ってる…!」
「ユウキは、もともと魔力が高いのかもしれないね。凄いよ。」
「え…?でも私、魔法なんて今まで使った事もないのに。」
「そうなんだ。じゃあ、きっとユウキの中にもともと魔道の潜在能力があるのかもしれない。この世界に来てそれが開放されたのかも。」
「キルロイそんなこともわかるの?すごーい!」
「これは僕の勝手な憶測というか想像だけどね。」
キルロイの言葉にミストは感激した様子を見せ、ユウキはただ静かに納得してしまった。
「ある意味…合ってるかもしれない。」

杖の修行も終えたところで皆が無事に任務から帰ってきた。何事も無く1日が終わった。
その夜、ユウキは一人、外で杖の練習を始めた。早く杖を会得してみんなの役に立ちたいと考えたからだ。
「…んっ!」
もともとの魔力が高い上にほぼ使いこなせているとは言われても実際に怪我を治した事がないからちゃんと扱えているのかどうか分からなかった。ただ杖の先端は確実に光を放っていた。
「…。」
呆然と杖の先端を見つめていると草陰からガサガサと音が鳴った為、振り返る。
「きゃ…?!な、何…っ!」
振り返れば血まみれの兎が息も絶えそうな状態で小さく呼吸をしていた。慌てて駆け寄る。
「…!血が…っ!どうしよう…このままじゃ死んじゃう…。…あ、…そうだ…。」
ユウキは一か八か、兎に向かって杖を手向けた。先端が光り始め、兎の傷口は輝きを纏い、塞がれていく。
「……治った、かな?」
兎は先程まで這っていたのに四つ脚で立ち始めた。ユウキに近寄ると舌先でぺろぺろと彼女を舐め始めた。礼を言われているようだった。
「ふふ、くすぐったいよ。…助かって良かった。ほら、森へおかえり。」
兎を優しく抱えて草陰の方へ戻してやると元気よく走って行った。
自分が今やった事は正直信じられなかった。でも本当に傷を癒すことが出来た。兎を助けた事はユウキにとって小さな自信となったのだった。

 

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