序章 導かれし少女


その日はとても疲れていた。何時もより早めに自分の部屋に戻り、床についた。時計はまだ二十時を過ぎて間もなかったが目を閉じて五分もしないうちに眠っていた。
十六歳になったユウキは普通の家庭で育ち普通の生活を送るなんの変哲もない少女だ。
…彼女はまだ何も知らなかった。これから自分に起こる事柄を。

夢を見ているのだろう。不思議な空間にユウキは佇んでいた。勿論夢と認識している為特に慌てる様子は無い。視界に現れた小さな少女に目線を移す。見た所まだ十歳にも満たないだろうか。ロングヘアーで癖の強い髪型をしている。
少女はユウキに向けて言葉を放った。
「たすけて。」
「え…?」
「あらそいが、おこるから。あぶないの。」
「争い…?」
「ひとたちが、……!」
「えっ…?どういうこと…?」
少女はユウキに何かを必死に訴える様子だったがユウキにはそれが理解出来なかった。少女の言葉は片言で、壊れたラジオのように所々声が途切れている。
「…、……!!」
「まって…!」
蒼い光とともに少女が消えていく。ユウキは思わず手を伸ばした。少女と手が触れた瞬間、一気に視界が回る。
「いやっ…なに…?!きゃあぁぁーーーっ!!」
渦潮に巻き込まれたような感覚が襲ってきて、そのまま意識が遠のいた。


テリウス大陸にあるクリミア王国。そこの田舎の方にグレイル傭兵団は拠点を置いていた。傭兵団の団長であるグレイルには二人の子供が居る。妻はかなり昔に亡くしている。グレイルは息子であるアイクに剣の稽古を付けるのが日課だ。
今日も剣の稽古を付けていた。娘のミストも見守る中アイクと歳の近い傭兵団の団員の一人であるボーレを交えての訓練を終えた帰り道。
四人は砦への帰路についていた。急にミストが立ち止まった。グレイルたちがミストを見る。
「どうした、ミスト。」
「…何かいるの。」
そう言うなりミストは茂みの中に入って行ってしまった。
「おい、ミスト!」
アイクがミストの後を追いかける。
「お兄ちゃん、女の子が倒れてる!」
「女…?」
「う…ん。」
ミストに抱き起こされたのはユウキだった。

ゆっくりと瞼を開ければ空色の瞳の少女が心配そうに自分を見ていた。風景は見覚えの無い森の中。夢の中でまた夢を見ているのだろうと思ったのであまり気にしないことにした。
「大丈夫?平気?」
「うん…ありがとう。」
ユウキはミストに微笑みを向けた。
「おいあんた、どうしてあんな所に倒れていた?」
「っ!」
仏頂面で問い掛けてくる蒼い髪の青年に威圧感を覚えてしまい怯む。ユウキの様子を見た少女が青年を叱る。
「お兄ちゃん!いきなりそんな仏頂面で話し掛けるなんて。この子怯えてるわ。」
「悪かったな。俺はいつもこんな顔だ。」
「ごめんなさい。お兄ちゃん、無愛想だけど悪い人じゃないから。良かったら話して?」
少女の言葉にユウキはそっと頷いた。
「…私にもよく分からなくて。夢を見て、目が覚めたらここに居たの。」
「夢?」
「…女の子が…私に何かを訴えていて、それで…渦潮に巻き込まれて…気を失って…気が付いたらここに居たの。」
「そうなんだ…。ねえ、あなたの名前は?私はミスト。」
「ユウキ。」
「なんだか、不思議な響き。この辺りじゃ聞かないような名前だね。」
「ここって、どこなの?私の知らない景色…。」
「ここはクリミアよ。テリウス大陸の。」
「テリウス大陸…?クリミア…?知らない…私、外国にでも来たのかな…?」
首を傾げているユウキを見たミストと青年は顔を見合わせた。
「…このまま放って置くわけにもいかんな。」
「ねえ、お父さん。ユウキちゃんを砦に連れて行ってあげようよ。なんだか事情があるみたいだよ。」
後ろで黙って聞いていた父親と呼ばれる人物は頷いた。
「少しの間だけだが、その方が良いだろう。団員の反発があれば追い出すことになるやもしれんが。」
「うう、そんなのだめだよ…。何も知らないユウキちゃんを知らない場所に置き去りにするなんて。」
「みんなを説得するしかないな…。」
「俺は別に構わねえけどシノンあたりが猛反発しそう。」
「とにかく戻るぞ。」
「大丈夫?ユウキちゃん。歩ける?」
「…うん、大丈夫…、…っ!」
立ち上がろうとした瞬間に目眩がし、ユウキはよろけた。青年に抱き止められる。
「あんた、動けないんだろう?俺がおぶっていく。」
「す、すみません…。」
青年に背中を差し出されユウキは申し訳なさそうに乗る。
「名前…教えてもらえますか?」
「俺か?アイクだ。」
「アイクさん…すみません。」
「構わん。」

砦と呼ばれるこの建物は家とは違うのだろうか、まるで何百年も昔のファンタジーの世界に迷い込んだ気分だった。
少しの間世話になることになったので砦の中にいる団員と顔を合わせ挨拶を交わす事になった。
アイクとミストの父親であり団長であるグレイル。副長である赤髪の女性ティアマト。糸目が特徴的なオスカー。アイクと歳の近いボーレ。まだ幼い少年のヨファ。この三人は腹違いではあるが兄弟らしい。他にも何人か団員が居るらしいがあいにく外出中で顔を合わす事はなかった。

夜、ミストと共に床に着いた。随分と現実的な夢だったがもう会うことは無いのだろう。ここまで完成された夢も珍しいと思った。隣でミストが「おやすみ。ユウキちゃん。」と声を掛けてくれたのでユウキも「おやすみなさい。」と返した。
ユウキはまだ夢の中であると思い込んでいた。

明け方、目が覚めて元の世界に戻っていない事に気付いた。
「…ッ?!」
慌てて飛び起きた。隣でミストはまだ眠っていた。部屋を出て、外を見渡す。自分の知らない景色が広がっておりここがどこかも分からない。家に帰る方法も、何も分からない。ユウキはショックでその場に座り込んだ。
「そ…んな。」
今まで夢だと思い込んでいた、否、思いたかった。しかし今目の前に起こるありえない現実に頭が混乱する。頬をつねっても痛いだけだ。
「う…っ…。」
家に帰れない悲しさとこれからどうしたらいいのかわからない絶望感が一気に襲ってきて涙が出てきた。
「私…これから…どうしたらいいの…。誰か助けて…こわい…。」
ぼろぼろと泣きじゃくっていると後ろから肩に手が掛けられた。
「きゃあっ?!」
「大丈夫か?」
「グレイルさん…。うっ、私…本当に…帰れなくなっちゃって…。これからどうしたらいいのか…。」
「…お前が何者なのか出来る範囲でいい。説明してもらえんか。」
「はい…。」
グレイルはただ優しくユウキの背中を撫でた。ユウキは涙声でたどたどしく自分の経緯を話し始める。自分の生まれはテリウス大陸では無いこと。自分の居た世界とここの世界はあまりにも違いすぎること。夢の中で少女と出逢い渦潮に巻き込まれ、目が覚めたらこの地に居たこと。すべて。
「つまりお前は別の世界から此方の世界に現れた…ということだな。」
「はい…。信じ難いでしょうけど、でも、本当なんです…。」
ユウキの話はにわかに聞いても信じ難い話ではあったがグレイルはそれを否定することはしなかった。
「…ああ、お前の目を見れば必死に訴えて居るのは分かる。きっと何かの啓示なのかもしれん。」
「啓示、ですか…?」
「ああ。お前がこの世界に来たのは意味があるのだと思う。」
「はい…。」
「そして俺たちと出逢ったのも何か意味があるのだと思う。お前が元の世界に戻れるようになるまで俺の傭兵団がお前の面倒を見よう。」
「そ、そんな!凄く有り難いですけど…でも、そんなの申し訳無いです…。」
「もちろんただで面倒を見るつもりは無い。お前は今日からグレイル傭兵団の団員として働いてもらうぞ。」
「も、もちろんです!でも傭兵って…何をするんですか?」
「戦う術を持っていないお前を戦場に駆り出すわけにはいかん。お前はミストとヨファと共に砦の留守や雑務などを任せたい。」
「はい…!よろしくお願いします!」
ユウキの顔に笑顔が戻ったのを見るとグレイルは微笑んだ。
「これで一先ず安心したか。」
「はい!私、頑張りますね!」

突然異世界に導かれてしまった少女。そして引き合わされたグレイル傭兵団。運命の歯車は確実に動き出していた。

 

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