9章 共に戦うこと
目が覚めて、朝日が眩しかった。
あれから一度も起きずに眠っていたお陰なのか、熱はすっかりひいていた。
「…生きてるんだ」
ぽつりと呟けば隣に居るミストも同じことを考えいたのか泣きそうな顔で朝日を見つめていた。
「おはよう、ミストちゃん」
「おはよう。もう熱は大丈夫なの?」
「うん、すっかり良くなったよ。ありがとう」
そういえば、昨日助けてくれた空色の虎にお礼を言いそびれてしまった。
顔を洗ってくると言い残し、着替えを手に部屋を出た。
顔を洗うついでに布で身体を拭いた。これだけでもだいぶさっぱりした。着替えを済ませる。あの虎を探さなければならない。
「おはよう。もういいのか?」
「アイク!おはよう。うん、もう大丈夫。心配かけてごめん」
「気にするな。いきなりモゥディに抱えられていたのを見た時は驚いたが。熱が下がったなら良かった」
「そう!私虎さんにお礼が言いたくて…」
「モゥディならそこの部屋で待機してもらっている」
「ありがとう」
少し緊張した面持ちで扉を叩く。
「誰ダ?」
言葉に慣れてないような、片言な返事が返ってくる。
「昨日助けて頂いたユウキって言います。あなたにお礼が言いたくて…」
「ソうか。昨日のベオクの娘カ。ヨかった、熱は下がっタんだな」
ゆっくりとモゥディは扉を開けた。
「モゥディは虎さんではナイ。モゥディはモゥディだ」
「あ、あの、モゥディさん。ありがとうございました」
ユウキは頭を下げた。
大きな体格に圧倒されるが、ユウキはモゥディに恐怖心はそこまで感じなかった。
「そンなに畏まらナくてイイ。困っていル時はお互イ様。ベオクもラグズも関係なイ」
「あの…ベオクとラグズって…?」
初めて聞く単語にユウキは首を傾げる。
モゥディもぽかんとした様子だ。
「すみません、私…事情があって、あまり世間に慣れてなくて」
傭兵団の仲間以外に下手に異世界の事を口にしない方がいいと思ったので言葉を濁す。
「そウなのか。ベオクはオマエたち人間の事だ。ラグズはモゥディたち、獣の力ヲ持つ者の事だ。分かっタだろウか?」
モゥディは親切に教えてくれた。
「はい…。良かった、やっぱりちゃんとした呼び方があるんですね。仲間の人が…あなた達ラグズの事を差別的な呼び方をしていたので…なんて呼んだらいいかずっと不安でした」
シノンの言っていた“半獣”という呼び名はどうにもユウキは使いたくなかった。安堵した。
「ウゥム…あの呼び方をスるベオクはモゥディたちの敵ダ。……」
モゥディは昨日の記憶が蘇った。熱で倒れたユウキを運んだ後、モゥディと上官の戦士であるレテはアイクたちを助け出した。使者としてやってきた彼らだったがレテの態度から言い争いになってしまった。苛立ちを見せるセネリオが“半獣”という言葉でモゥディたちを軽蔑した為モゥディは頭が真っ白になって暴走しかけた。それをアイクが体を張って止め、その場は収まった。
それほどまでに、その言葉はラグズを傷付け蔑むものなのだ。
だがその事をか弱いこの娘に話したら悲しませるだろうと思い、黙っておくことにした。
ユウキが不思議そうに見つめてくるので話を続けた。
「…反対にベオクを“ニンゲン”と呼ぶラグズはオマエたちを敵だと思っテいル。気を付ケた方がイイ、ユウキ」
「はい…。親切に教えてくれてありがとう、モゥディさん」
「あア。モゥディも役に立てて良かっタ」
モゥディにお辞儀をするとユウキは部屋を出た。
部屋を出たところでオスカーに声を掛けられる。
「ユウキ、もう身体の具合はいいのか?」
「オスカー。うん、もう大丈夫。ありがとう」
「昨日は激戦だったし、戦い慣れしてない君は相当無茶をしたと思う。皆、心配していたんだ」
「ごめんね心配かけて…」
「良いんだよ。前も言っただろう?私達は仲間なのだから。それに…君に何かあったら私達は君の世界のご両親に申し訳が立たないよ」
オスカーに言われてはっと元の世界の家族の存在を思い出した。
「今頃どうしてるんだろう…お父さんとお母さん…それに弟も…」
「ユウキにも弟が居るんだな。だからヨファやミストの面倒見がいいんだな」
「そんなこと…」
それ以上話を広げられなかったのでユウキは話題を変える。
「…でも本当に昨日は苦しい戦いだったね。オスカーも大丈夫だった?怪我とかしてない?」
「あぁ、なんとか大丈夫。だが今朝は腕を上げるのも億劫になった」
「それはつらいよ…」
ユウキは心配そうにオスカーの腕を見る。
「そうそう、朝食の支度にかかるから手伝って貰えないか?」
「もちろん!わたしでよければ」
オスカーとユウキはそのまま調理場に向かった。
朝食を済ませ、皆城を出る準備に取り掛かる。
ユウキは自分の支度を済ませてミストの手伝いをしていた。
「ユウキちゃん、ごめんね。またお兄ちゃんに支度が遅いって言われちゃう」
「気にしなくていいよ。わたしは異世界から来たからもともと自分の荷物が少ないし…ミストちゃんの借りたりしてるからこれくらいさせて」
「うん、……さっきね、お兄ちゃんと話したんだ」
「? 何を?」
「がんばらないと、って。お父さんとお母さんの分もちゃんと生きないと…親不孝したくないから」
「ミストちゃん…」
思わずユウキはミストを抱き締めた。
「大丈夫、大丈夫だよ。ミストちゃんはひとりじゃないよ。わたしをひとりにしなかったようにわたしがミストちゃんを絶対にひとりにしないから。支えられる位強くなるから…」
「……ユウキちゃん…」
お互い目に涙が浮かんだ。
さっきオスカーに言われた自分の家族の存在を思い出して泣けてきた。絶対に死ぬ訳にはいかない。
「お前たち!まだ支度出来てないのか?」
アイクの声で二人ははっと我に返る。
「ごめん今行く!」
ユウキとミストは慌てて荷物を手に取り部屋を出た。
傭兵団はガリアの使いの戦士レテとモゥディの案内でガリア王宮を目指す。
ユウキはミストたちと後方の方で歩いていた。
「綺麗な景色…」
遠目に見える海に瞳を奪われる。
「本当だね、陽の光で水平線が輝いてる」
キルロイもユウキと同じく海を見つめる。
「……」
「ミストちゃん?」
ユウキは泣きそうな顔で海を見つめるミストが心配になった。
「ううん、なんでもない!」
はぐらかすようにミストは笑みを向ける。
「そ、そう?」
「大丈夫だよユウキ」
ユウキは振り返ってキルロイを見る。
「え?」
「ミストは大丈夫。強いから」
「そうだよ、キルロイの言う通り!私お父さんの娘だもん」
「ふふ、そうだね、グレイルさんの娘だもんね」
つられてユウキも笑みが浮かんだ。
「皆、集まってくれ!副長が皆を集めるように言っている」
「今行くー!」
オスカーの声で後方にいたユウキ達は走る。
ティアマトが団員全員の顔を確認するとアイクに声を掛ける。
「アイク!みんなを集めたわ。」
「よし!あんたたちはミスト、ヨファといっしょに後方に避難してくれ!」
「わかった。」
「頼りにしてるぜ。気をつけてな!」
アイクの指示に行商団のムストンとジョージは頷く。
「戦える者は武器を持て!グレイル傭兵団!行くぞ!」
武器を構えろということはデイン兵がこの先にいるという事だ。ユウキも杖を構え戦闘に備える。
「ユウキちゃん」
「ミストちゃん、行ってくるね」
ユウキは優しくミストの頭を撫でた。
「…………」
ミストはぎゅっ、と手を握る。
「ミストちゃん…」
「ヨファ、私たちも行こう」
「うん…」
「取りに行こう」
「…うん!」
ミストとヨファは荷物を取りに走り出した。
ユウキは後方でキルロイと待機している。
熱が引いたばかりの為、アイクやティアマトに前に出るのを反対された。魔道書も最低限のとき以外使うなと念を押された。
「…ユウキ、大丈夫?」
「え?大丈夫だよ?やだ。もうみんな心配し過ぎだって。このとおりピンピンしてるよ」
キルロイに声を掛けられ力こぶをつくる真似をして明るく振る舞う。
「前に出るのを反対されたこと、落ち込んでるのかなって。ユウキは頑張りすぎる所があるから」
「確かにちょっとへこんだけどそこまで気にしてないよ。わたしが戦いに慣れてないのもあるし…」
「お兄ちゃん!」
「ミストちゃん?!」
会話を遮るようにミストとヨファが走り出す。ユウキは思わず振り返る。ミストの手にはライブの杖が、ヨファの手には弓が。
「!」
「ユウキ?!」
ユウキは胸騒ぎがして2人を追い掛けた。
「そんなのだめに決まってるだろう!」
追い付くと、ミストがアイクに戦いたいと伝えたのが会話から読み取れた。
「ミストちゃん…!」
「ユウキちゃん。止めないで!」
真剣な目で訴えるミストにユウキは小さく頷いた。そしてアイクに視線を向ける。
「……ねえ、アイク」
「何だ」
「わたしは、この世界に来てからミストちゃんが杖の練習してるのを見てきた。わたしもそれがきっかけでキルロイに杖を教えてもらって…。だから、わたしからもお願い」
「ユウキちゃん!」
ミストはユウキの説得に顔が明るくなる。だがアイクはまだ渋った様子を見せる。
「だが…」
「ちょびっとだけど傷の回復、できるよ。」
「ちょっと程度で戦場にだすわけにはいか…ん?」
「いいかげんにしろ、このチビ!」
大声の主はボーレだ。アイクたちは思わず声の方を向いた。ヨファと言い合いになっていた。
「ぼくも、いっしょに戦う!弓が使えるもん!!」
「ほぅ、それは初耳だなぁ?ウソも休み休み言えよ!」
心配の裏返しかボーレの声が何時もの兄弟喧嘩より荒い。
「うそじゃない!」
「うん、うそじゃない」
「嘘じゃないよ」
ヨファに同調する様にミストとユウキが続けた。
「ミスト?!」
「ユウキまで!」
アイクは思わずミストを見る。ボーレはヨファに同調するユウキに呆気に取られる。
「ヨファ、いつも弓の練習してたけど、結構、うまいよね?」
「だよね?」
顔を見合わせるミストとヨファ。ユウキもこくりと頷く。
「いつの間に弓の扱いなんて覚えたんだ?」
「え、えーっと……あの、自然にできるようになって……」
「ウソついてんじゃねーぞ、このくそチビ!武器ってのはなぁ、基本も教えてもらわずに使えるもんじゃねーんだよ」
アイクの問いかけにヨファは苦し言い訳をする。
それにボーレは声を荒げる。
「だったら、ぼく天才だもん!1人でできるようになったもん」
「こーのー……」
ボーレは今にも掴みかかりそうな勢いだ。
「ボーレのわからずや!」
ミストが声を上げた。
「わからずや!!」
ヨファもそれに同調する。
「おまえたち、いいかげんに……」
アイクが止めようとすると、ミストは涙声になる。
「……もう、やなんだもん。ヨファと2人で……お兄ちゃんたちのこと心配しながら待ってるだけなんて……それなら、いっしょにいるほうがいい!」
ユウキはその言葉にはっとした。
自分もあの時飛び出したことを思い出した。
「アイク!ボーレ!わたしからも…お願い…。待ってるだけは…辛いから…」
「…………」
「……おまえも、そうなのか?ヨファ」
「うん。絶対、いっしょに行く!」
「…わかった。2人とも連れて行こう。側にいたほうが、守りやすいって利点もあるしな」
「ほんと!?」
ミストはぱあっと顔が明るくなった。
「ぼく、がんばるね!」
「…ったく、しょーがねえなぁ」
「よかった…」
ユウキは胸を撫で下ろした。
後衛とはいえ戦場に立つことになったミストとヨファを気にかける。
「無茶はしないでね、二人とも…」
「うん!ぼくがみんなを守るからね!」
「ヨファくんったら…」
「大丈夫だよ、ユウキちゃん。みんながいれば怖いことも乗り越えられるから」
「ミストちゃん」
「だから、大丈夫」
「うん」
「あ…」
「どうしたの?」
ユウキは空に羽ばたく影を見つけた。
「なんだろう…あれ…」
「?」
ミストは不思議そうにユウキを見つめた。
「あ!」
戦いが落ち着き、城が目の前に迫る。
視界に翼の生えた白馬が映る。ユウキは思わず駆け寄った。
「すごい…馬に羽が…」
「ペガサスを見るのは初めて?」
桃色の短い髪をした少女に声をかけられた。
「ペガサス…」
「私、マーシャ!あなたは?」
「ユウキ…です」
「私も仲間に入れてもらったから、よろしくね。ユウキ」
「はい、マーシャさん」
指揮官を討ち取り、アイクたちは先を進む。ガリア王城はまだ、遠い。
ようやく王城に着き、アイクたちが王の間に招かれる。
ユウキたちは城内で待機していたが暫くして、アイクたちが戻ってきた。
「グレイル傭兵団は、これよりクリミア王女護衛の任務を請ける」
アイクの言葉にユウキは頷く。
「皆さま、よろしくお願いします」
エリンシアは傭兵団の面々に深々と頭を下げた。
2024.03.06.
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