8章 引き裂かれた家族
翌日ーーー団員皆でグレイルの遺体を埋葬した。
「今は…家族だけの時間を過ごさせてあげましょう。」
ティアマトの言葉にユウキは何も言わずに頷く。アイクとミストを墓標の前に残しゲバル城に戻った。
「…これからどうするんだよ。」
ドン、と乱暴に机に手を置くシノン。
「次の団長はアイクにしましょう。随分早くなってしまったけれど、彼は団長の息子よ。団長になる資格があるわ。」
ティアマトの言葉にシノンは椅子を蹴った。
「ふざけんじゃねえ!アイクが団長だと?オレは認めねえぞ。あいつが団長になるぐらいならオレは出ていく!」
「し、シノンさん…。」
激昴するシノンをガトリーは諌めるが聞く耳を持たない。
「シノン…。」
「……。」
ティアマトは困惑するがセネリオは睨む様にシノンを見ていた。
「なんだよ、その目は。」
「…納得出来ないのなら出て行けばいいじゃないですか。」
「ああ、出ていってやるよ!」
「シノンさん…。」
「お前はどうすんだガトリー、残るのか?」
シノンに問われ少し考えた様だったがゆっくりと口を開いた。
「……おれも正直、団長以外の団長は認められないっすね…。……おれも出ていきます。」
「おいおい、本気で言ってんのかよ?!」
「考え直してくれないか?」
ボーレとオスカーが引き留めるがシノンとガトリーは出て行くことを決めてしまった。
「おい、待てって!シノン!ガトリー!」
「……行ってしまったか。」
ボーレの呼び掛けにシノンとガトリーは振り向く事は無かった。オスカーが諦めた様子でため息を吐く。
キルロイとヨファとユウキは城に戻ってきたミストの面倒を見ていた。
ユウキはただ疲れ果てたミストを撫でる。不意に寝息が聞こえた。
「…ミストちゃん、眠ちゃったかな。」
「泣き疲れたのかな。」
「……ふう。」
「ユウキ…。」
「人が亡くなるのって…すごく、辛いよね。私でも耐え切れないのに、ミストちゃんは…本当のお父さんを亡くして…物凄く辛いんだよね…。」
また涙が出てきた。
「ユウキさん…。」
「ご、ごめんねヨファくん。ヨファくんの前で泣くなんて、かっこ悪いね私。」
瞳に浮かぶ涙を指で拭う。
「だいじょうぶだよ、辛い時は泣いていいんだよ。」
「ありがとう、ヨファくん。」
ヨファの言葉に励まされた気がして微笑む。
「?!」
突然大きな音がした事に驚きユウキは振り返った。
「どうしたんだろう…。」
「私、見てくる。キルロイとヨファくんはミストちゃんをお願い。」
「分かった。」
「うん…。」
嫌な予感がして部屋を飛び出した。
慌ててティアマト達の元へ行き、声を掛ける。
「ティアマトさん?!どうしたんですか?」
「あ…ユウキ、それが…。」
「シノンが物に当たり散らして、そのまま出て行きました。」
ティアマトは言いにくそうに口を噤ませるがセネリオは淡々と話した。
「セネリオ!」
思わず声を上げた。
「出ていった…って、そんな!」
「ユウキ!!」
理解出来ずにがむしゃらに外に飛び出した。
「待って!シノンさん!ガトリー!」
「ユウキ?!」
「おい!ユウキ!」
オスカーとボーレを勢い良く横切りユウキは声を上げて走る。オスカーとボーレはユウキを追い掛ける。
運動が得意な訳では無いが自分でも驚くほどその足は速かった。
「シノンさんっ!!ガトリーっ!!」
必死に追い掛けて何度も名前を叫ぶ。
かなり離れたところでやっとシノンとガトリーは足を止めた。ガトリーは振り返ってユウキの方を見るがシノンは前を向いたままだ。
「うるせえぞ。」
「ユウキ…。」
「はあっ…はぁっ…行かないで…くださ…お願い…ですから……はぁ……っ……、」
かなり走ったからか呼吸が乱れる。だけどユウキは必死に訴えた。団がバラバラになるのが嫌だからなんとか引き留めようとした。
「納得行かねえ事だってあるんだよ。行くなと言われてもオレは行く。」
「みんな……大事な家族……だから……家族が欠けるのは……嫌です……嫌だ……っ……。」
「家族なんかじゃねえよ。オレの事にいちいち構うんじゃねえ。」
「シノンさ……、」
シノンの言葉にユウキは目を見開く。ガトリーは申し訳なさそうな顔でユウキを見る。
「ユウキ、ごめんな。」
ユウキの訴えは届く事は無く、二人はまた歩き始めた。
「いや…っ、いかないで……!いやだっ……いやだぁっ!!」
子供の様に声を上げて泣き喚く、だがシノンとガトリーが再度振り向くことは無かった。
見えなくなった二人の姿に向かってユウキは叫んだ。
「いやあああぁぁぁぁっーーー!!!」
心の拠り所だった家族が引き裂かれてしまった。ショックでユウキはその場に崩れ落ちる。
「うっ……うっ、いやだ……いやだ……っ、……ああぁ…っ…!」
「ユウキ!大丈夫かよ?!」
「ユウキ!しっかりするんだ!」
追いついたボーレとオスカーに身体を起こされる。
「みんな……いなくなって……いや……うう…っ…!」
「君の気持ちは分かっている、城に戻ろう。」
「ユウキ…。」
オスカーとボーレに肩を借りながらユウキは城に戻った。
「オスカー、ボーレ、ユウキ、戻りました。」
「どうだった?」
「振り返りもせず行っちまいましたよ!まったく薄情な奴らだぜ!」
「…………。」
ティアマトの声掛けにボーレは怒りを顕にする。隣でユウキはぐったりと項垂れて動かない。アイクはボーレの言葉も気になったがユウキの様子が気掛かりだった。
「ボーレ?何があったんだ?それにユウキ…大丈夫か?」
「今はそっとしてやろうぜ。それよりアイク!おまえ、もういいのか?」
ボーレはユウキの肩をぽん、と叩く。
「ああ。それより、何があったのか説明してくれ。」
「え、あ、その…なんだな…えーっと……。」
「シノン、ガトリーが出て行きました。」
「セネリオ!」
どう伝えたものかとボーレは言葉を探すがセネリオにきっぱり言われてしまった。思わず声を上げる。
「二人が出て行った?理由は?…いや、そうか。俺のせいだな?」
「アイク……。」
ティアマトは眉を下げる。
「…ティアマトさんが、次の団長をアイクにするっつって。それにシノンがキレて……さっき出て行ったんだ。」
「後を追って説得してみたが無駄だったよ。ユウキも説得してくれたんだが…結局駄目だった。」
「元々、グレイル団長の跡を継ぐのはアイクだと決まっていたじゃないですか。それが予定より少し早まっただけのこと。納得できないという者を、無理に引き止める必要はありません。戦力の低下は、新団員を募って補えばよいでしょう。」
「そこまで言うなよ。ずっと一緒に戦ってきた仲間じゃねえか。」
冷たく言うセネリオにボーレはおいおい、といった様子を見せる。
「ごめんなさいね、アイク。私の力が及ばなかったばかりに…。」
「…ティアマトのせいじゃない。シノンたちの行動は当然だ。こんな新米が団長じゃ、命がいくつあっても足りないからな。」
「アイク!自分のことをそんな風に言わないで。」
自分を卑下する様に話すアイクをティアマトは諌めた。
「卑下して言っているんじゃない。これは事実だ。だが、俺は…それでも、この団を守る役目を自分から放棄する気はない。」
「アイク! じゃあ…?」
「親父の遺志を継いで団長になる。ここにいる皆が認めてくれるなら、そうしたい。」
「もちろんだわ!!」
アイクの決意にティアマトは喜びから思わず声が弾む。
「元より、そのつもりだよ。」
「いきなり差がつくのはしゃくだけどな。まぁ、認めてやるぜ。新米団長!」
オスカーとボーレも笑顔になる。
「僕も、賛成です。」
「キルロイ!」
アイクが振り返る。声の主はキルロイだった。
「ミストは眠ったよ。それで、ここに来たんだけど…話はだいたいわかった。新団長はアイク。うん、しっくりくるよ。」
キルロイは俯いているユウキを見つめる。
「ユウキも、そう思うよね?」
「………」
話す気力が湧かないようでユウキはこくりと頷いた。
「そうか」
アイクはユウキからセネリオに目線を移す。
「セネリオは?」
「……アイク。
僕は、あなたの力になれますか?
あなたの傭兵団に…僕の居場所はありますか?」
「…変なやつだな。俺はいつでも、おまえを頼りにしている。これからも助けてくれるんだろ?セネリオ。」
セネリオの言葉にアイクは笑みを向ける。
「はい…!お側で、お守りします。」
「みんな、ありがとう。頼りない団長だが、当分は大目にみてやってくれ。」
アイクはティアマト、セネリオと今後の方針を話し合う。ユウキたちは先に休むことになった。キルロイに寄り添ってもらいながら部屋に戻る。
「ユウキ、おやすみ」
「おやすみなさい…」
振り絞るように声を出す。
キルロイはユウキが心配だった。
「眠れなくても…横になるだけで違うからね」
そう言い残し、キルロイはユウキの後ろ姿を気にしながら部屋に戻った。
あの時、グレイルを引き止めていれば。
ユウキの中にそんな考えが巡る。
いつものように、何事も無く帰ってくる、そう思っていたのに。
シノンとガトリーを引き留められなかったことも、悔しくて、どうしようも無くて、涙がぶわっと溢れてきた。
横になって眠れるわけもなく部屋の外に出る。
廊下から外を見つめる。嫌なぐらい月が綺麗で、息が詰まりそうだ。
誰かに聞かれないようにただ静かに涙を流し続ける。
何故、こんなにも残酷なのか。
「…ユウキ?」
はっと声の主に振り返る。アイクだった。
「………ッ、う……ぅ……」
「ーーーー、」
涙をぼろぼろ零し言葉を詰まらせるユウキを見て、アイクも言葉が出て来なかった。
「……」
アイクは、意識せずにユウキを抱き寄せる。
「へ………」
その行動にユウキは戸惑う。抜けた声が漏れる。だがアイクの温もりを感じて余計に涙が溢れる。
「う………ひ…ッ…………う、ぅ…………」
「ありがとな…」
弱々しくアイクは言葉を発してた。
「親父のために…泣いてくれて…」
「あ…………いく、………ごめ、………なさ………」
「なんで、あんたが謝るんだ…」
「だっ………て……….、わた、し………グレイルさんが…出ていくとき、…引き止め…られなかった……風に当たるって……言ってて…………」
「あんたが責任を感じる必要は無い…。親父は…覚悟を決めて出て行った。それに…俺も親父と話して…結局………ああなってしまったからな…」
「う、う……ぐすっ、………シノンさんたち、だって……おいかけていった…のに………聞いて、……もらえなかっ………えっ、………ふ………」
「ありがとな、ユウキ。あんたが俺たち傭兵団のこと想ってくれてるのはよく分かった」
「………ひ、……っく………」
アイクはユウキの背中を優しく撫でる。
ユウキが泣き止むまでずっとアイクは抱き寄せたままだ。
自分の服が涙と鼻水で濡れても気にしなかった。
「………す……ぅ……」
「……泣き疲れたか」
自分にもたれかかってユウキは小さく寝息を立てている。
そっと抱き抱えて部屋まで連れていき、ベットの上にユウキを乗せた。
翌朝、ユウキは目が覚めて、若干目が腫れてるなあと目元に触れた。喉も若干痛む。
昨日の事を思い出すと、小さな子どもみたいに泣き喚いて、少しだけ自分を恥じた。
「…アイク」
アイクが昨日自分を抱き寄せて泣き止まむまで傍に居てくれた事を思い出した。
顔が熱くなる。ユウキはまだ男性に抱き寄せられた経験がない。思い返すだけで胸の鼓動が高鳴る。
「ーーーっ!」
顔をぶんぶんと横に振り考えを振り切った。
「ユウキちゃん…?」
「み、ミストちゃん!起きたの?大丈夫?」
隣で眠っているミストも泣き腫らして目が赤かった。
「うん…ユウキちゃんは?」
「平気じゃないけど、うん、大丈夫」
ミストを安心させる為に笑みを向けた。
部屋の外から慌ただしい足音が聞こえる。ユウキとミストは顔を合わせる。
「あれ…なんか騒がしいね。行ってみよう」
皆の元へ駆け寄ると空気が何処か張り詰めていた。ユウキもミストも嫌な予感がした。ミストは真っ先にアイクの元へ向かう。
「ユウキ…!」
声を掛けられユウキは振り向く。キルロイが不安げな表情でデイン王国軍がこの城を囲んでいることを教えてくれた。
「そ………んな」
まだ気持ちの切り替えなど出来ていない。もうここはガリア王国内だと言うのにまだ追ってくるというのか。
ユウキはミストが気掛かりだった。戦闘前に声を掛けようとしたがアイクが奥に隠れさせたようで見当たらなかった。
「早く応戦するぞ!」
「ッ!」
ユウキはアイクの気迫に怖気付いたが急いで魔道書と杖を取りに走った。
「みんな、準備はいいな!?グレイル傭兵団、出撃だっ!」
雨の中、デイン兵に応戦する。
グレイル傭兵団の長い一日が始まるのだった。
ユウキはアイクと城の右手を守ることになった。アイクが壁になり、後ろからユウキが杖と魔道で援護する作戦。ティアマトはセネリオと左側、正面はオスカーとボーレで敵の侵入を塞ぐ。
デイン兵に城に入られたら全員助からない。
雨が降る中、戦闘態勢に入る。
ユウキは雨の中での戦闘は初めてだった。軽装なので雨のせいで肌寒さを感じる。
「ユウキ、無理に魔法は使わんでいい。まだ扱いに慣れてないんだろう?」
「気に掛けてくれてありがとう。でも、いざと言う時は任せて」
アイクの声掛けにまた胸が高鳴る。デイン兵が城に入ろうと攻め込んでくる。アイクは片っ端からデイン兵を倒す。
ユウキはアイクが怪我をする度杖を振る。
作戦は上手くいっている。デイン兵が手薄になった。
「!」
アイクの動きが止まる。ユウキは何かと覗き込めば儚げな顔をした少女がアイクに攻撃をしたらしい。しかもユウキと同じく雷魔法を扱うようだ。
「…あんたはここに居ろ」
「うん…」
ユウキを待機させ、アイクは少女に向かって話し掛けに向かう。
暫くすると少女がユウキの方に向かってきた。
「……あの…」
「は、はい」
「怪我を…あなたに治してもらえって…アイクさんから…聞きました….」
「も、もちろんです!え、と…あなたは…」
「イレースです…。仕方なくデインについて戦っていましたが…アイクさんに助けられました…」
「じゃあ、今は私たちの仲間…?」
「はい…」
「イレースさん、よろしくね。私はユウキ」
ユウキはイレースの怪我を杖で治した。
イレースはユウキの荷物にあるトルエノの魔道書を見つめる。
「……ユウキさんも私と同じ魔道士ですか?」
「え、あ……、魔道士というほどでは…。まだこれは使いこなせてなくて……」
「その本、貸してもらってもいいすか…?雷の魔道書なら多少は扱えるので…」
「お、お願いします」
おずおずとユウキはイレースにトルエノの魔道書を渡した。セネリオは扱えなかったが彼女はどうなのだろうか。
「………重たいですね、この魔道書」
「はい…。どうですか?」
イレースは魔道書を開こうとするも反応が無い。
「………。この魔道書は私には扱えないみたいです…」
残念そうな声でユウキに魔道書を返す。
「イレースさんでもだめですか…。味方にもうひとり魔道士が居るんですけど…その人も使えなくて…。どうして私にしか使えないんだろう…。でも重みで上手く扱えないし…どうしたら……」
俯くユウキをイレースは見つめる。
「ユウキさん…。この魔道書…使えそうですか?」
「え……」
イレースが手渡したのはサンダーの魔道書だった。
「見習いから扱える魔道書です…。私にはこちらのエルサンダーの魔道書があるので…良かったら…」
「いいんですか?!」
ユウキは受け取ったサンダーの魔道書を手に取る。重みはあるがトルエノに比べたら全然軽い。
「軽い…これなら扱えそうです!イレースさん、本当にありがとう…!今度お礼させてくださいね」
「お礼…美味しいものがいいです…」
「はいっ!」
ユウキはイレースの手を取り笑みを向けた。イレースも小さく微笑んだ。
「アイク!」
「なんだ?」
「まだ、そっちに敵は居る?」
「あぁ、イレースから聞いたがまだ複数潜んでいる。どうかしたか?」
「イレースさんに扱いやすい魔道書を借りたの。だから、使ってみたいの!」
「わかった。無理はするなよ」
「よし…集中して……」
ユウキに緊張が走る。恐る恐る魔道書を開けば魔道書は反応を示した。
『サンダー!』
デイン兵に落雷が落ちる。狙いも上手く定まった。
「いいぞ、ユウキ!とどめは俺に任せろ!」
「う、うん!」
ユウキとアイクは上手く敵を減らしていった。
雨は止むことを忘れたかのように振り続ける。
「は……ッ、『サンダー!』」
杖で皆を回復しても、何度魔法を放っても終わりが見えない。
長いこと雨に当たったせいか、冷え切った身体は熱っぽくなっていた。
うまく思考が回らないというか、熱で視界が歪む。
だがユウキは熱が出た自覚が無かった。
「…ぁ……れ………」
「…ッ、まだ敵がいるのか……ハァッ……」
流石のアイクも、息を切らしていた。
「全員、場内にもどるんだ!!」
「…ぅ、ん」
ユウキはふらふらとした足取りで城の中に入る。
「ユウキちゃん?!」
入ってきたユウキを見るなりミストが声を上げた。額に手を当てられる。
「やだ…凄い熱じゃない!」
「え………」
「……どうしよう、みんな…死んじゃう…わたしたち…」
ミストに言われて自分が熱っぽいとやっと自覚した。
頭もクラクラして、もうーーー。
「お兄ちゃん…!」
ミストは状況をどうにかしようと城の外へ走り出す。
「み、すとちゃ、まっ、て」
よろよろとミストを追い掛けるも熱でうまく歩けない。
「ぁ………………」
ユウキはまた、倒れ込んでいた。
城に入ってきた大男がユウキを抱き上げる。
「モう、大丈夫ダ」
「………?」
常人離れした大きな手、顔を見れば空色の耳が生えている。つぶらな瞳をした大きな顔の男がユウキを見ていた。
「オマエ、熱ある。モゥディが助けル」
「は………い………」
感謝を述べる前にユウキは熱に耐えきれず意識を失った。
2019.03.12.
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