なまぬるいもうじゅう



何故なのか嫌な予感ほど当たるものはない。
カツカツと踵を鳴らし、足早に長い廊下を歩く。




所用で出掛けていたところ、子電伝虫に連絡が入った。
電伝虫先から聞こえたのは屋敷にいるはずのナナシの声だった。


「外出中にすみません。今こっちに王下七武海の1人だっていう人がクロコダイルに会いたいって来てて…」

クロコダイルは眉間にシワを寄せ考える。
事前連絡のない訪問をするような奴は数えるほどしかいない。


「なんかピンクのふわふわした」

ピンクのと聞いたところで、とある人物が思い浮かび、クロコダイルは盛大に舌打ちをする。


「いいか、おれが帰るまでそいつに近付くんじゃねェぞ」

クロコダイルはまだ何か話しているナナシの電伝虫通信を一方的に切ると、これからの予定をキャンセルし足早にレインベースの屋敷に戻ることにした。




屋敷中の部屋という部屋の扉を開けながら歩く。
寝室、書斎、ゲストルーム、ラウンジに差しかかったところで、薄く開いた扉から何やら人の声が聞こえてきた。




「ドフラミンゴ!!」


バタンと勢いよく扉を開けると目に入ってきたのは、ソファーに座るピンクのふわふわ野郎と、何故かその隣に座るナナシの姿だった。


「あ!クロコダイル!」

おかえりなさいと呑気に笑うナナシの姿を確認し、クロコダイルは安堵の息を漏らした。

ああ、と短く返事をすると、ピンクのふわふわ野郎から距離を取らせるべく、ソファーに座るナナシの腕を掴み引き寄せた。

ナナシは何事かと驚いた顔をしてクロコダイルを見た。


「フッフッフッ…!客人に挨拶もねェとは」

そしてピンクのふわふわ野郎ことドフラミンゴは、ナナシを後ろに隠す様に立つクロコダイルに、にやにやと笑いながら話しかける。

「随分とお早いお帰りじゃねェか!」

「フラミンゴ野郎…なぜてめェがここに居る!」

「噂でワニ野郎がなんだか面白いものを飼ってるって聞いてな」


ドフラミンゴは立ち上がりわざとらしく手を広げながら話しを続けた。

「見にきてみれば、それがこんなに可愛いらしいお嬢ちゃんとはな…!」

ドフラミンゴはクロコダイルの後ろから顔を覗かせるナナシをしっかりと視線で捉えたまま一歩ずつ近付いてくる。

「てめェの用事とやらを聞いてやろう。まさか、そんな事を言うためだけにわざわざ来たんじゃねェだろうな」

「フッフッフッフッ…まさか、そんなことのためだけじゃねェよ」

そう言うとドフラミンゴは、スッと指先を動かす。


「ッ!?…えっ?」

ふわりとナナシの身体が宙を舞い、きゃあと言う悲鳴と共に、ドフラミンゴのコートの中に引き寄せられた。

「このお嬢ちゃんにワニ野郎を夢中にさせる、どれほどの魅力があるのか知りたくなったのさ!」

ドフラミンゴは煽るように、より一層ナナシを自分の胸元に抱き寄せた。


「このッ…フラミンゴ野郎!」

血管がブチリと大きな音を立てて切れるのと同時に、金属製の左腕を振り上げた。

ドフラミンゴはさっと身を翻し、ナナシを抱えたままクロコダイルの左腕をかわす。

ドフラミンゴに抱きとめられているナナシは必死にその腕の中から逃れようともがいているが、ナナシ程度の力ではびくともしない。

クロコダイルは右てのひら上に、ヒュルルと砂嵐を起こす。


「フフ!どうする?お嬢ちゃんもろともおれを吹き飛ばす気か?」

「そうされたくなけりゃ、さっさとナナシを放しやがれ」

クロコダイルは手のひらの砂嵐をそのままに、再度ドフラミンゴに殴りかかった。

「砂嵐…!!」

ドフラミンゴの懐に入った瞬間、左の鉤爪はドフラミンゴではなくナナシを捉え、そのまま右の手のひらで大きくうねりだす砂嵐を放った。

爆音と共に激しい砂煙が巻き起こる。

ナナシは砂嵐に巻き込まれるすんでのところでクロコダイルに抱きとめられた。


「おれ以外の野郎に簡単に触られてんじゃねェよ!」

クロコダイルは右腕でナナシをしっかりと抱き寄せ、砂嵐から軽やかに逃れたドフラミンゴを睨みつけた。


「フフッ!なかなか面白ェもんを見せてもらったぜ!」

ドフラミンゴは盛大に破壊された窓から、ふわりと外に飛び降りた。

「鰐野郎!ナナシのことが、そんなに大事なら肌身離さず連れ歩くか、人目に触れねェようにしっかり閉じ込めておくことだな!」

ひらひらと手を振りながら去っていくドフラミンゴの背中に、今一度特大の砂嵐をお見舞いしてやる。

強い風とともに砂が吹き付けてきた。
かろうじて吹き飛ばされなかった部屋半分が、地震のようにガタガタと揺れる。

砂煙が収まり視界が開けてきた時には、ドフラミンゴの姿はどこにも見えなくなっていた。




「フラミンゴ野郎…」

クロコダイルは短く舌打ちをすると、咥えている葉巻をぎりりと噛み締めた。

すると胸元からナナシがもぞもぞと顔を出し、何があったのかおおよそ理解できないという様な表情でクロコダイルを見上げていた。


「おい…おれが帰るまで、あの野郎に近付くなと言っただろうが」

クロコダイルの声は思った以上に低く怒気を帯びており、ナナシの表情は一瞬で凍りついた。

「クロコダイルと同じ王下七武海だって言うし、お客さんだと思ったから…」

「おれが帰るまでに何かされたら、どうするつもりだったんだ!」

こんなに声を荒げるクロコダイルを見るのは初めてで、それが自分の失態のせいだという事実にナナシは頭の中が真っ白になった。

クロコダイルは抱き寄せていたナナシの肩を掴み突き放した。

パラパラと天井が落ちてくる。

クロコダイルがくるりと背を向ける。

それは、完全なる拒絶の表れのようで、何か言わないとこのままクロコダイルとの関わりが終わってしまう気がして

「……あっ…」

それでも喉から出てくるのは嗚咽にも似た音だけで、ナナシは飛びつくようにクロコダイルの背中に抱きついた。




これは紛れもなく嫉妬という感情なのだろう。

ドフラミンゴの隣で笑うナナシを見た瞬間、無事だったという安堵感と共に、ドフラミンゴとの距離の近さに怒りを覚えた。

その怒りは、明らかにナナシに興味を持って近付いてきたドフラミンゴに対してなのか、はたまた自分の忠告を破ったナナシに対してなのか。
どちらでもあったのかもしれない。

なんとも言えない気持ちに気付き、居心地の悪さからクロコダイルはくるりとナナシに背中を向けた。





短い沈黙の後、背中に纏わりついているナナシがやっとのことで言葉を絞り出した。

「…ごめんなさい…言われたこと、守らないで…」

その言葉と自分の胴回りに回されたナナシの細い腕が目に入り、怒りにも似た嫉妬心が薄れていくのを感じた。
しかし、すぐに寛容な態度を示せるほどの余裕を持ち合わせていないクロコダイルは、まるでナナシを試すかのように自分の身体から引き剥がした。

ナナシはクロコダイルの態度にショックを受け動けなくなりそうになった。


「や…」

ぽろりと言葉がこぼれた。

「いやだよ!…クロコダイル」

もう一度今度はクロコダイルの正面に回り込み、行ってしまうのを阻止するように身体にしがみつく。

「ごめんなさい…今度から訪問者には気をつけるから!…こんな風に危険な人を招き入れたりしないから…」

クロコダイルの怒りの正体に気付いていないナナシが、コートに顔を埋めてごめんなさいと呟く。

その一生懸命な姿に、ひねくれた気持ちがほだされてゆくのと同時に、ほんの少しの罪悪感もあいまり、自分に縋り付く小さな身体にようやく温かい指先で触れることができた。


腕の中にいるナナシの頭を数回撫でてやれば、遠慮がちに顔を上げてみせた。



「クロコダイル…」

「なんだ?」

「部屋…壊れちゃったね…」

「ああ、誰かさんのおかげでな」

部屋の中を見回してから、わざとらしくナナシに視線を戻すと、私のせい?とハッとしたように息を飲み込んだ。

「しかも、お前のお陰で予定をキャンセルして戻ってきてやった」

「えっ!」

「さらに、お前のお陰で仕事が増えたしな」


焦る顔が可笑しくて思わず笑いが漏れそうになるのを誤魔化すために、わざと大袈裟にため息を吐いてみせれば、ナナシは眉毛をへの字にして、再度ごめんなさいと呟いた。





「あまりおれを振り回してくれるなよ」


え?と聞き返したナナシに、なんでもねェよと答え、そのままその肩口に顔を埋めた。




この小さな女は都合の悪いおれの感情になど、いつだって気付いちゃいねェようだ。

そのせいでか、おれのどんな感情も結局はナナシに生温く絆されているという事実には目を伏せよう。



ーー図らずも、フラミンゴ野郎のせいで気付かされた事実だなんて、死んでも認めはしねェ。






2019.11.14


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