たとえばそれは正義のヒーローへの憧れとか、楽しい童話の「いつまでもしあわせにくらしました」とか、いつもいつも一緒に遊んでた幼馴染みとか。…とか。
気づかないうちに失ったものっていうのが意外と多いことに気づいたのは、いつ。



「レッド」
「なに」
「くっそ寒いんですけど」
「女の子なら言葉遣いに気をつけなよ」

「…いみじう寒うございます」
「じゃあ下山すれば?」
「やだ。ていうかスルーしないでよこっちがはずかしい」


レッドー、レッドーって。何度も何度も呼びかける。寒い寒いって引きこもった洞窟から見える彼の背中はなんにも教えてくれなくて、がっかりした。
そして、ふと気づく。すっかり広く大きくなっちゃったなーって思ってたレッドの背中は、白に晒された世界の中ではそんなに大きくなかった。むしろちっちゃい?うん、ちっちゃい。ちっぽけで、ぽかんとしてて、つんけんとしてて、…ほっといたらくしゃって潰れそうに見えた。

そんなの見つけちゃったら、ほっとけないじゃない?なおさら下山なんてできないじゃない? この洞窟にいれば雪からは守ってもらえるからせめてここからは動きたくないんだけどなぁって思いながらコートの襟口を握りしめて、後ろ髪を引かれまくりながら洞窟を出た。
つたない足跡を雪の上に残しながら彼のところまで。ちっぽけな彼は、それでもわたしより背が高い。
3歩分の距離をあけて立ち止まったらレッドの肩に乗っていたピカチュウが逃げていった。あれれ、悲しいな。わたしに見向きもしなかったぞ。


「…レッド、せめていっかい洞窟にもどろうよ。吹雪の中でつっ立ってるのはレッドの自由だけど、わたし冷凍されたレッドなんて見たくないよ」
「…もうちょっとしたら、そうする」
「ん、それじゃあわたしも付き合う。ほれ、リユ様の愛のマフラーじゃ。巻いたげるから首伸ばしてー」


へらへら笑ってレッドの前に回り込んで、自分の首からはずしたマフラーをレッドの首に巻いてあげた。ただのおせっかい。知ってる。だけどそうしたかったから。
わたしのマフラーはものすごく浮いていた。そりゃあ女物だからレッドが巻いてるのに違和感がないはずがないんだけど、ほら、それでも妥協点みたいなのが見つけられるときがあるのに、そういうの、ぜんぜんなくて。どうやったってアンタのエゴでしかなくってよオホホホホってマフラーに高笑いされてる気分。ついさっきまでそんなエゴ押しつけのおせっかい女を暖めてたくせに生意気な。

自分の幻覚(ぜったいそうだ、この寒さにあてられたんだ)にちょっとムッとしていたら、レッドがくしゅんってかわいらしいくしゃみをした。言わんこっちゃない。


「ほら、レッド。いったん戻ろう?」
「…グリーン、来なくなったね」


グリーン。突然出てきたもう1人の幼なじみの名前に、ずっと口から吐き出されてた白い息が一瞬とまった。


「…グリーンはね、ヘソ曲げちゃったよ。下山しないってレッドがずっと譲らないから拗ねちゃった。グリーンも頑固だからしばらく来ないかもねぇ」
「そう」


そっぽ向いたままのたった一言に心がズキズキと鈍く痛んだ。ううん、がんばれ。レッドの無愛想なのは今に始まったわけじゃない。もしもグリーンとわたしの立場が逆で、それでもレッドにとって「そう」だけの存在だったら、なんて、ますます最悪なことは考えちゃだめ。どうせグリーンはまた来てくれる。グリーンが来なきゃわたしは下山できないんだから。

3人の中でたった1人、旅に出なかった。彼らが帰ってくるのを待った。そんなふうに受身だったのがいけなかったのかな。マサラタウンに帰ってくるたび3人のかたちはゆっくりと変わって、とうとうこんなことになってしまった。たぶん最初の頃は、みんなどうにかしたいと思ってたはずだった。だけどいつのまにかレッドは過去を切り捨てて、グリーンはそんなレッドを諦めてしまって、もうわたししかいない。

こんなことになってしまうならずっとずっとこどものままがよかった。見失ってしまうくらいならそのほうがよかった。独りよがりなエゴだってなんだって、切り捨てられたものを見捨てられなくて、わたしはずっと立ち止まっていた。






∴ひとりぼっちのパフ




置いていかれたわたしは、このこたちを置いては行けないの。








2013.12.13
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