これのつづきのような)



 宝石箱の指輪になった夢をみていた。紺碧のビロードの波間の中でまどろんでいたところを、外から蓋を開けようとする音に起こされる。その解錠音は夢のなかに留まらず、小さなアパートで休んでいた本当の耳も揺さぶった。

 深夜の襲来者がまるで心を砕くみたいに慎重にドアを開ける気配を、私はベッドの上でじっと感じ取っていた。彼のいつもの物言いとは裏腹な配慮も、残念ながら限界があって、ギイィとドアが鳴る度ミシミシと床が鳴る度に彼が途方に暮れてつい今しがた侵入した入り口を振り返る様が目に浮かぶようだった。

 眠気をちかくてとおいところに佇ませたまま、そうしてじっと待っていると、ついに一番近くのドアが開く。こんばんはぁ、ビート。声をかけると、ビートの足元の床がまたミシリと鳴った。

「……起きていたんですか」
「うんまあ、ちょっとね」
「…………」

 …言葉を間違えちゃったかもしれない。
 ビートの手元で山盛りに用意されていた言い訳を、籠ごと足にひっかけて全てひっくり返してしまったような過失をおぼえて私は苦笑いを浮かべる。暗い部屋の中、お互いの確かな表情は見えない。刷り込みのせいか、乳白色の癖毛がオパールのように時折きらめいている気がした。

「…リユ」
「うん?」
「…………」
「…………」

 迷う気配、というのが伝わってきて、私もなんとか「待っていない気配」が伝わらないかと念じてみる。そうして、まったく、へんてこな未来が待っていたものだと、来た道を振り返るように考える。
 施設にいた頃の彼が迷っていた姿をどうにも思い出せない。協調の文字とはかけ離れていたけれど、ビートはいつだって自分に正直に生きているようにみえた。そのことがすこし、委員長を気取っていた昔の私には不満だったからよく覚えている。

 あのビートがなにかに迷うなんて。心細げに立ち尽くすだけなんて。そうして誰かを頼ろうとするなんて。その誰かに、私を選ぶなんて。
 だってこのこ、お別れ会にも出てくれなかったのよ!? と、ミニスカートの裾を握りしめて愕然とする昔の私が目に浮かぶようだった。苦い思い出が相対的に現実を愛おしいものに感じさせる。

「ビート」
「……ぼくに謝れって?」
「そうじゃなくて。テーブルにね、ちょっと良いお菓子あるんだ。食べていいよ。冷蔵庫にあるのも、プリン以外なら全部食べてもいいよ」
「……」
「ピンクのクローゼット、分かるでしょ。あれの下の方に……ふぁ、……ごめん。下の方に、ブランケットあるから、必要だったらどうぞ。風邪ひかないでね」

 合間に混ぜ込んだあくびはわざとらしすぎて困ってしまう。顔を見られなくて良かったと思いながら毛布に潜りなおした。
 すると、まるで糸で繋がってるみたいにビートがベッドのそばに近寄ってくる。よく見えないながらそこにビートの手があることが分かって、私の中のお節介焼きな少女が抑えられなくなって、投げ出された彼の指をちょっと掴んだ。掴んで、満足と恥を覚えた頃に、離した。

「出て行くときになったら起こして。見送るから。それじゃあおやすみ、ビート」

 もぞもぞとビートに背中を向けて、私は目を閉じる。

「…おやすみなさい」

 いきものの気配がそう喋った。しばらく、ベッドのそばにいるつもりのようだった。好きに過ごしてくれたらいい。合鍵を渡して、受け取ったときから、私たちはようやく家族の真似事ができるようになったのだから。

 昔からこんなだったらもっと人生変わってたかな。あんまりさみしくなかったかな。頭の浅いところを小舟のようにすうっと過っていった考えがあまりにも可笑しくて「ふふ」と笑いがもれた。言っても仕方ないし、私は案外これで幸せだし、なによりあの頃の私がこんなふうに振る舞えたとは思えないし。

 ベッドの縁に頭をあずけたビートが、懐かしい子守唄を途切れ途切れに口ずさんでいた。たぶん今からでも私たちこうやって、大切なお互いになれるよ。



∴アジュールとオパール




221019
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