「ハァイ、お師匠さま。こんばんは」

 イッシュリーグ北西の一室。シャンデリアがぐらっと揺れたかと思うとさながら空中ブランコの舞手のように宙吊りになった少女がわっと姿を見せた。数瞬、珍現象に呆然としていたギーマは我に返るとため息か笑いか判然としない息をついてびっくり箱の化身のような少女を見澄ます。逆さまのままのリユはひらひらと手を振った。

「危ないから降りろ」
「私にかかればこれくらいちょちょいのちょいですからご心配なく。えっへん」
「フフ…言葉が足りなかったようだ。きみではなくシャンデリアが危険に晒されている」
「それはごもっともですね。でもちょっとだけ待って、ええとここに…」

 腰にぴったりと携えた小道具入れをごそごそとまさぐったかと思うと、ぱっとギーマの頭上から金銀の紙吹雪が降り注いだ。シャンデリアのムードのある光に紙吹雪は原価以上にファビュラスに映える。そしてそのなかから、紫のバラが一輪。

「じゃじゃーん。愛弟子からお師匠さまにプレゼントです。お師匠さまが気に入らなくてお世話を放棄しても勝手に咲き続けてくれる、とっても良い子な造花ちゃんですよ」
「造花」
「造花です」
「…感謝する」

 いつの間にか重力に従って地に足をつけたリユからバラを受け取ると、少女は嬉しそうににこにこ笑ってぼさぼさになった髪に手櫛をいれた。ギーマは指先で造花の茎をくるくるまわして弄ぶ。彩色も質感も本物と見紛うつくりだった。花弁を数秒摘んで、萎れないのを見てようやくギーマは安心した。

「さて。今日はどういう日かな?」
「そろそろお師匠さまが私を恋しがってる頃だと思って。フショーながら、一番弟子にして愛弟子ですし? 寂しいって言わせる前に会いに行っちゃうのが愛され系の甲斐性的な?」
「つまりきみがわたしに会いたかったんだな。やれやれ…。それならそうと連絡を寄越せばいい。いくら腕に覚えがあるといえど、リーグに不法侵入するのは感心しないぜ」
「…ねえお師匠さま。説教されてるの承知でちょっと脱線しますけど、ここの警備大丈夫?おかげさまで、私現役じゃないんですよ? いくらポケモンバトルの強い人たちだからって手抜きすぎ」

 リユはちらりと天井―先刻使用した侵入経路―に目を向けると打って変わって立腹したように苦言を呈した。
 食うに困って泥棒稼業をしていた幼いリユを見かねて、日銭が稼げる程度の賭博の術と心得を仕込んでくれたのがギーマだった。勝手に踏破しておいて言えた口ではないが、こんなセキュリティに恩人を託していいのかと悩めばたちまち頭痛がする。

「面倒だなんて言わないでちょっと運営にゴネてくださいね。ここまでくると怠慢ですよ、怠慢! ほんと心配」
「忍び込んでくるような不届き者はきみくらいのものだと思うが。ここに用がある者は眩しいほど愚直に真正面から乗り込んでくるものだ。…あのように」

 言葉につられてリユが顔を向けると、動くレッドカーペットが低い音をたてて作動して、等間隔に配置された燭台に順々に赤い炎が灯っていく様子が見えた。リーグ公認バッジを八個集めてイッシュリーグに挑もうとする、想定されて歓迎される正当な来訪者の登場だ。

 肩を竦めつつ一時退散しようとシャンデリアを視界にいれたリユの行動を先回りするように、安全な黒革のソファの後ろを指差したギーマは、次いで紫のバラをリユの手元に返した。

「愛弟子から貰った大事なものなのでね。預かっていてくれ」
「…んふふ、りょーかいです。ついでにお師匠さまの勝ちにビレッジブリッジのビレッジサンドを二つ!」

 まるで賭けにならないとでも言いたげに、けれど了承の合図の代わりに後ろ手をあげた師の背中に小さく歓声をあげると、リユはソファのうしろにそそくさと隠れる。きっとギーマはデートの誘いに気づいただろう。紫のバラはギーマの香水が移って、本物よりも香り高くリユの手の中で咲いていた。



∴観賞




211217
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -