きいてダイゴくん。気づいてしまったのだけれどね、パパとママも、パパとママじゃなかったいつかがあったのね。もしかしたら今もそうなのかもしれないのね。この際あたしとダイゴくんの存在は一度深宇宙の彼方に追いやって想像してみてほしいのだけれど、あたしたちが介在しない二人は一人の男と一人の女どころか人間がただ二人いるってだけなのかもしれないのね。

 深宇宙、という響きに引っ張られて、無限の星海に二人で投げ出されたような心地がした。うっとりするような無音の幻は一瞬。ダイゴの前には目にも耳にも騒がしい現実がまた広がる。
 煌々としたシャンデリアに毛足の長い絨毯に沈む足裏、カチャカチャと囀る食器はいいとして、人々にライトを当てれば透けそうな胸算用にうんざりする。リーグの自由なパーティにしばらく慣れていた身には、実家絡みのあれこれはやや苦痛だった。

 薄紫のカクテルドレスに瑞々しい十代の体躯を包んだ傍らの妹は美しい背中をしていた。髪に飾った真珠よりも白くなめらかで淡く発光しているように見えた。今だからこんなの着られるのと淡々と言ったリユを相手に、その背中の真の危険を説くような真似はできず、ダイゴは妹の美しい背中を庇うようにさりげなく立つことしかできないのである。

「でもね、あたしの目にはパパとママは世界が始まるより前から一緒にいたようにしか見えないのね。それってやっぱりあたしの器が二人の遺伝子で出来てるから?」
「ボクの見解では環境がそう思考させているのだと思うけど」
「ならただの重篤な刷り込みなのかしら。まあそんなことはいったんどうでもいいのだけれど」

 親密の証左とばかりに転々と話題を変遷させる気侭さにダイゴは小さく笑った。後片付けなど顧みず次々と別の玩具に手を伸ばしていた幼い頃の片影に、安堵すら感じる。ふっと訝しげな眼差しを向けるリユに「なんでもないよ」と優しく言ってやって話の続きを促した。

「…つまり、実は兄弟っていうものは金剛の何十倍も牢固たる関係なのじゃないかしら。友人関係は心ひとつ、婚姻関係は紙一枚で様変わり。でもあたしたちの共通項は肉体が朽ちるまで消えないのね。そんな存在がこの世にいることがとても不思議だと思って」
「また突飛なことを考えたね」
「褒めてくれていいのよ。今朝天気予報を見ているときに思い至ったの。…とっても嬉しかった。ダイゴくんほど心強い味方は世界のどこを探してもちょっと見つからないもの」
「味方?」
「ダイゴくんはこれまでもこれからもずっとリユの最高の理解者で味方でしょう? 違う?」

 期待を微塵も隠さず浮かべる瞳も、美しい背中にかかる後れ毛も、ダイゴが鏡を覗いた時にいつも見るものと同じ色をしている。リユが言うところの同じ遺伝子で作られた器。

 急に、今まで気にも留めなかった事実が愛おしく感じられた。綺羅綺羅しいパーティを思い思いに過ごす人々との繋がりを希薄な順に外側から削り捨て、最後まで残るのがこの心地良い妹であるというのは悪い気はしなかった。たとえその裏にどんなわるだくみを潜ませていたとしても。

「…そうだね。ボクはきみの一番の味方だよ」

 ジュース入りのグラスを傾けていたリユは、今日一番嬉しそうに微笑んだ。

「素敵。あたしもいつだってダイゴくんの味方なのよ。向けられた矛先だって肩代わりしてあげる。今日はあんまりお愛想する気が起きないダイゴくんの理由になるくらい朝飯前なのよ」
「…まあそれもあるけど」

 美しい背中をしたきみが心配だからとは、やはりダイゴには言えなかった。リユは肩が触れそうなほどさらに距離を詰めると、内緒話をするようにくすくす笑う。

「このグロテスクな現実社会を一緒に乗り越えましょ。…ふふっ、パパがこっち見てる。パーティが終わったらお説教かしら」
「それで? ボクを味方につけてなにをするつもりかな」
「話が早くて助かっちゃう。詳しいことはまた話すけれど、ちょっとパパに反対されそうな案件があって」
「リユの肩を持てばいいの?」

 ダイゴが腕を組むと、倣うようにリユも腕を組んで「いいえ」と言った。

「最初はパパと一緒に反対してほしいのね。そうしたら優しいママは可哀想にって気の毒がってあたしに付くから、そのときにダイゴくんもこっちに寝返って…」
「…女の子だね。随分したたかになって」
「可愛くて仕方ないでしょう?」



∴深宇宙には真珠の背




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