ガチャリと、最愛が帰宅した音がした。フライパンから料理をお皿に盛りつけながら、上体をそらして「おかえりなさーい!」と呼びかけてみたけれど返事がなかった。いつもなら「リユー! 今帰ったぞー!」なんて目一杯に応えてくれて、気の早いやりとりにちょっとだけ気恥ずかしくなってお互いわっはっは! と笑い合うところである。

 なんだかとても心配になってしまって、エプロンを外す間も惜しくてぱたぱたとダイニングを出た。今日はなにがあるって言ってたっけ。公式戦の類いはなかったはずだけれど。なんだかんだ、彼にとって私は仕事のことを話す相手ではないので心当たりは少ない。
 「やっぱりオーバとポケモンの話をするには物足りない?」なんて、いつだったか冗談めかしながら面倒くさいことを訊いてみたことがあったけれど、「かっこいい背中を見せたい男心ってやつだよ」とちゃんと言葉で答えをくれたのでそのことについて不満はないのだ。女が面倒なことを訊けば男も「言わなくても分かれよ」と返すものだと思い込んでいたので、赤ペンで花丸つけてあげたいくらい。その役回りはデンジさんが全うしてくれるのだろうし。

「オーバ? …オーバ? おかえりなさい…?」

 おそるおそる角を曲がったところで、わあっと目に飛び込んできたのは原色のアフロヘアーではなくてパステルカラーの花々だった。…お花? 花束? 突然の出来事に驚いて静止してしまった私の手に、オーバは半分茶化すみたいに恭しく花束を手渡す。

「きれい…! …甘い香りがする」
「気に入ったか?」
「うん! この、カスミソウにちょっとだけ混ざってる青紫のお花…なんてお花だったっけ」
「ちょっと待ってくれ…店の人に花の名前書いてもらったんだ」
「ふふふ、みんなきれい。可愛い」

 ふわふわのチュールとつやつやのリボンで飾られた花束は、お姫様の小さなお花畑みたいだった。蕾もたくさんついていて、きちんと手入れすれば長持ちしてくれそうで、なんだかとても嬉しくなってしまう。ご飯が終わったら早速調べなくちゃいけない。
 オーバ、これなんてお花だった? 花束からオーバに目線を動かそうとしたとき、シャッター音が聞こえた。

「お兄さん、盗撮ですよ」
「あんまり嬉しそうにしてるから、つい。ほら、可愛い顔してるだろ?」
「どれどれ…よしよし、私は可愛いしお花はもっと可愛い。大切に保存しておくれよ」
「はしゃいでるなあ」

 自分のにこにこ顔を棚に上げてそんなことを言うので、私は彼のゆるんだ頬をかるくつまんだ。その手の上にオーバの手が重なって、優しく引っ張られて、肩を抱かれる。花束が潰れてしまわないようにうまく逃がしてあげながら、オーバに体を委ねるとさらにぎゅうっと抱きしめられた。

「本当にきれい。ありがとう、嬉しい」
「…うん」
「チュールもリボンもオシャレだねえ。お洋服みたい。…私の好きな色だ。さすがオーバさんですね?」
「当たり前だろ」

 オーバの口数が減っていくので、彼が満足と緊張をすっかり飽和させていることに気づいた。顔だけそっと振り返るとオーバはちょっと驚いてから照れたようにふにゃっと笑う。とてもかっこよくて、とても可愛い人なのだ。トクントクンと早い鼓動が私のせいだと思うと愛おしくってたまらない。

「あのさ、リユ。そろそろオレたち―」

 ぼわわ。花の香りに酔っちゃったみたいに視界が滲んだ。なんて言われるかわかった。爪先まで痺れたみたいに甘くなった。
 そうなれたらいいなって、ずっと願ってた。



∴そしてあなたの花になる




210807
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