「二股かけられて捨てられた方」というのが世間様の私への評判である。様々な媒体で好き勝手に脚色され、その尾ひれの付き方に不満はあるものの、極限まで削ったこの言葉に関しては事実との相違は一切ない。週刊誌などに「真剣交際」などと嗅ぎ回られながら辛抱強く二年付き合った某俳優に裏切られ、別れた。二股告発をしやがった一般女性Aに興味は微塵もない。どうぞ、どうぞ。あんな男、差し上げますとも。
 私を悩ませているのは誓って失恋による感傷などではない。世間様の私を見る目がいつまでも変わらないのだ。「可哀想だけどそのわりには可愛げがなくて捨てられるのも納得っていうか〜」。じゃあなんだ、めそめそ泣きながら愛の難破船の歌でも歌えばいいのか!
 こんなときだけ敏感で繊細な反響を考慮すれば、歌番組で歌唱する持ち歌の吟味にさえ苦労する有様だった。芸能界の独身同士の破局スキャンダルなんて半年もすれば時効じゃないのか。こんなことのために今まで積み上げてきたキャリアに拠るアイデンティティも自由も放棄させられるのか。

「ねえどう思うネズ…」
「分かってはいましたがノイジーですね」

 私は楽屋にやってきたネズを捕まえて愚痴に付き合わせていた。なんでもジムチャレンジのスポンサーの関係で同じ歌番組に出演することになったらしい。最近では滅多に会うこともなくなったが共有した幼少期は伊達ではなく、開口一番に話を聞いてくれと乞えば「十分だけですよ」とネズの降参は早かった。

「ここ二年半の記憶なんてキルクスの入江に沈めてきたわ。あいつのことなんか心底どうでもいい。同情するなら仕事くれ。恋愛ソング歌ったところで『でもリユの恋愛ってあのアレだよね』とか言われるのはうんざり。そろそろ私の歌いたいものを歌わせて」
「中途半端にお似合いだなんだと言われていたツケがきましたね。お気の毒に」
「求めてもない賛辞の債務とかふざけんじゃないわよ」
「お前外面は綺麗でも内面こうですから、あんな爽やかな俳優とお似合いはないだろうと大笑いしていたんですが」

 ステージ上の激しさとは相反した屈託ない笑顔と共に投げかけられるのは励ましとは縁遠い言葉だった。ある意味私が一番求めていたものでもある。
 どれだけ理不尽だと喚こうが自分でどうにかするしかない問題だ。あんなつまらない男に躓いたせいでこれまでの努力を水泡に帰すのはあまりにも癪に障る。我慢比べだと言うのなら受けてたってやろうじゃないか。
 頑張るために、すこし瓦斯抜きしたかった私にネズは優しかった。

「はあ…。話聞いてくれてありがとう。ちょっとすっきりした」
「お前は自己完結するにせよ面白い荒れ方をするからキライじゃないですよ。無意味に泣きじゃくったりしませんし、時間は守るし」
「あははっ、やめてやめて。ネズみたいな旧知の人に優しくされると私すぐ泣いちゃうから」
「お前をぐしゃぐしゃに泣かせるのも一興ですけどね…」
「なにか言った?」
「いえ、なにも」

 ヤレヤレ…髪飾りズレてるよ。直しますけどいいですよね? はいはい、お願いしまーす。ぐっとネズが近づいて、目の前で彼のチョーカーが揺れた。

「…不安がってはいけませんよ。お前の輝きはなにも奪われてはいない」
「…そんなに弱ってるように見えてる? ごめんね、心配かけて。ネズに会って、話したからもう元気よ。今夜は私の歌でみんなのことくらくらさせちゃうんだから」
「いいえ、破局報道を聞いておれはホッとしていたって話ですよ。だが、まあ、その意気です。ほら、直せましたよ」

 髪飾りから手を離すついでのように、ネズの指がかすかに髪を撫でていった。ちょっと驚いてネズの顔を見るともう後悔が始まっているみたいなきまりの悪そうな表情をしていたので、分かってる分かってると笑い飛ばしてあげた。ずっと妹のマリィちゃんの世話を焼いていたから、癖でやっちゃったのだろう。私は気にしていない。

「ありがとう。その、色々と」
「どういたしまして。…ああ、いい顔してますよ」



∴ elastic star




210112
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