なにかおかしいなとは思っていた。数ヶ月前からスケジュールの空白が増えた。仲良しの男の子たちからのお誘いがめっきり減った。どころか怒り心頭の様相で泣き腫らした目に睨まれる日がくるなんて、誰が考えただろう。
『きみと付き合うのにチャンピオンに勝たなきゃいけないなんて、あ、あんまりじゃないか!』
「ダイゴくん!」
トクサネシティの彼の自宅に押しかけて問い詰めると、ダイゴくんはさも当然のように「うん、そうだよ」と認めた。
リユちゃんと付き合いたかったらまずはボクを倒してねって。
「…あまりにも酷な前哨戦では!?」
「リユちゃんの彼氏はそれくらいがんばれる男じゃないと相応しくないよ。軟弱な男ならボクも安心できないしね」
「ダイゴくんに勝てる男の子なんて……」
頭を抱えている間、ダイゴくんは機嫌が良さそうにコーヒーを淹れてくれた。モーモーミルクとお砂糖たっぷりの、あたしが喜んで飲めるやつ。
「ねえダイゴくん、ルネジムのミクリさん紹介してよ」
「…それ、ミクリならボクに勝てるんじゃないかって? ボクよりミクリが強いって? 聞き捨てならないね」
「すくなくともあたしの周りには勝算のありそうな人いないもん。やだやだ、花のいのちが終わっちゃう。実を結ばずして枯れちゃう。非・生産的人生の極み!」
「デートしてた時間の半分くらい勉強したらいいと思うな。本分なんだから」
「…はっ! たしかリョウマくんはカラテやってた!」
「そういう選び方でいいのか…」
格闘技でならダイゴくん相手でも勝機があるんじゃないかと取り出したポケナビはダイゴくんによって奪われてしまった。ちょっと呆れた顔をされながらだったので腹が立つ。
強いということは、たぶんリユちゃんが思ってる以上に大切なことだよ。バトルに強い人は稼ぎもいいなんて統計もあるし、ポケモンと向き合うことを通して自己研鑽を積んでいるし…。それ、特に自分自身のことを念頭に置いて言ってるんじゃないよね?
ダイゴくんはそれに対して返事をしなかったけれど、ただ「チャンピオンの弁だよ」と自らの正当性と頑強さを補強するように重ねて主張した。頂に君臨する肩書きをこんなことに使うチャンピオンはちょっと見たくないなと思った。
「えーんえーん。やだよぉ。ちやほやが足りない。無責任にちやほやされて甘やかされて、無責任に『可愛いね』って言われて無責任にギューってされたいよぉ」
「…そういう遊び方をしていたとはね。心配だよ。じゃあ当座はボクで我慢して」
「元凶〜!」
分かりやすい嘘泣きで閑古鳥な現状を嘆いたら、ダイゴくんの腕の中に誘われた。その場凌ぎなどおおよそ役不足な、勿体ない相手ではあるが、髪を撫でたり肩をぽんぽんとたたく調子は三才児にするそれと同じなのでときめけない。ああでもいい匂いがする。
「このままダイゴくんに勝てる男の子が出てこなかったらどうしよう…」
「そのときはボクが責任を取るよ」
「う、嘘だぁ。ダイゴくんは自分のときはすごく軽やかにゴールインする人だよ。たぶんあたしには事後報告だもん。独り身のあたしを残して花嫁とハネムーンに行っちゃう」
「そのボクは悪者すぎるね」
「…理不尽さでは今とさほど変わんない自覚がまるでないんだもん…」
しくしく嘆いてみたけれど、今、なにかとんでもないことを言われたような?
ダイゴくんの顔を見上げると最高級に綺麗な、髪とお揃いのアイスブルーの瞳にぶつかって、慌てて俯いた。急になにか、無性に、擽ったい恥じらいがダイゴくんに触れているすべての肌から心臓まで駆け上ってきた。ああ、違うったら、こんなものは気の迷いにほかならない。あたしは詳しいんだから。
「安心して。可愛いリユちゃんに相応しい相手はボクが選んであげるから。かならず幸せにしてあげる」
甘い声であやすみたいに言われる。あたしは不覚にも胸を高鳴らせながら未だ警戒していた。何年幼馴染をしていると思っているのか。ダイゴくんが「いちばんつよくてすごい」ことくらい、よーくよーく分かっている。
∴番人の謀り事
201228