a witch-hunt ?



始まりはあの日、けたたましい音を立てて叩かれた扉の音から始まった。


「はい…?何の用です」

開いた扉の前に立つは、俺たち一般市民が大嫌いな役人どもだった。

「お前がハル=アトウッドか?」

「はあ、そうですけど」

名前を確認された後、上から下まで舐めるように見られ、吐き捨てられた言葉は。


「ハル=アトウッド、お前に魔女の容疑がかかっている。一緒にきてもらうぞ」

「………は?」


俺が素っ頓狂な声を揚げるまえに腕を捕まれ、強引に連行しようとするこいつらには笑ったよ。
俺はそのまま理由を聞くこともなく狭い牢に押し込められた。





「お前の順になるまでここにいてもらう」

そう一言兵士に告げられて鉄格子は閉められた。

父さんや母さんはどうしているだろうか。
自分の息子が魔女扱いされて、悲しんでるかな。それとも。
机もベッドも、毛布すらもない部屋と呼べるかすら疑わしいその檻のなかで、両隣から聞こえてくるのであろう啜り泣く声を子守唄にして俺は夜を明かした。





数日して行われた裁判でも、勿論俺の味方なんて誰一人いなくて。
半時間もかからなかったんじゃないかと思うほど簡単に、俺の実刑が確定された。勿論反論なんて受け入れられない。
俺は死ぬのだ。向かいの家のお嬢さんや、従姉の姉ちゃんのように、炙られて殺されるのか。



「……はは」

腐った世の中だ。






広場には怖いもの見たさからか大勢の市民が集まっていた。
近頃の見せ物は若い女性が多かったから、男は珍しいんだろう。狂った奴らめ。
人が死ぬのを見るのが楽しいか。肉が焦げる臭いは芳しいか。


後ろ手を縄で縛られ、槍で脅されながらゆっくりと中央の磔台へと足を運ぶ。
柱の下には怠そうに縄で遊んでいる兵士か騎士かも分からない男が一人。こっちに気付くと欠伸をしながらゆっくりと俺の前に立った。


「もう代わっていいぜ、ご苦労様」

「ああ、じゃあ頼むぞユアン」


ユアンと呼ばれたその男に後ろ手の縄を渡して、役人と槍の兵士が俺から離れていく。



「……………」

「さて、行きますか?ハル=アトウッドくん」


にこりと笑って俺の名を呼ぶ。行きますか、なんて導く先は炎の中のくせに、ヘラリと笑顔を浮かべている。


「なんで俺がお前の名前知ってるか聞かないの?」

「…別に、お役人様にでも聞いてたんだろ」

「うわ、そっけな……」


ペチャクチャと隣で煩い奴、最後の気休めのつもりか知らないが、はりつけるなら早くしてくれ。
俺はもう諦めてる。


そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、木でできた十字の前で腕の縄をシュルリと解かれた。


「……?」

いくら磔台のまえだからって先に拘束を取るか、普通。腹と柱でも括りつけてからじゃねえの。

要領の悪い奴、俺じゃなかったら隙見て逃げられてるぞ。


(ま、俺はそんなことしないけど……)


ふぅ、と息を吐いて荒縄の後がついた手首を摩る。


「ハル=アトウッド、お前隣の隣の町に住んでるんだろ?」

「…それがなんだよ」

「知ってるよ、あんたのこと」


俺が目を見開くと、そいつは俺を解放したまま悠長にお喋りを始めた。



「村一番の美人と結婚するはずだったろう」

「………」

「この前ここで亡くなった、あの一際目をひくような可愛い……」

「そんな話はどうでもいい、はやくしろよ」



その言い草からして、コイツは彼女が亡くなった瞬間もここにいたのだろう。
そうだ、だから俺は死ぬのはそんなに怖くないのさ。彼女も向こうで待っていてくれる。


全てに投げやりな様子の俺に、その役人は頭を掻いた。なにをしてるんだ。

「早く縛れよ」

そういうと、お前変わってるね、と俺を見ながら笑った。何をしたいのだろうこいつは。死刑人が死ぬ前に、お喋りでもしてあげる仕事なのか?


「……逃げちゃう?俺と」

「…何言ってんだお前、お前が火刑になるぞ」


物騒な冗談に、一瞬呆気に取られて思わず顔をしかめると、男は急に俺の手を握り、


「俺だって毎日毎日ここで人が炙り殺されるのを見るのはもう懲り懲りなんだよ」


賭けをしようぜ、俺達がここから逃げられるか、できないか。そう言って笑ったかと思うと、俺はコイツに手を引かれて走り出していた。




***




「っはぁ………はあ………」

「……っあー…疲れた………」




無理矢理引っ張られたとはいえ、一度逃げてしまえば次捕まったときにどんな仕打ちを受けるかわからない。どうせ死ぬのが決まっていた命だが、拷問を受けながら、ずっと苦しみながら生を終えることに恐怖を抱き、そんな気持ちだけに縋ってひたすらに走りつづけた。

追っ手の馬も通れないような狭い路地を抜けたり、今にも切れそうな吊橋を全力で駆け抜けたり。

上手く撒いたかは分からないが、夜になり外に人の声はなかった。




「あー、楽しかった!」

そんな俺の気持ちなど露知らず、俺を引っ張り出した張本人はあっけらかんとしてケラケラ笑っている。


「楽しいことなんか何一つねえよ」

「あれ、お前見なかったの?追ってくる奴らの形相!捕まえないと上に何か言われるって必死って感じ?」

「…………」

酷くお気楽な様子のこいつを睨みつけると、肩を竦めてうるさい口を閉じた。

「あー、その、悪かったって。でもいいだろ
、死ぬよりは」

「別に俺は死んでもお前は死ななかっただろ。こんなことして、もし見つかったら」

「だーかーら」

俺が早口でまくしたてるのを止めて、ユアンという名の男は立ち上がった。

「あそこでの仕事は、もう限界だったんだよ。そりゃあ給料はそこそこ良かったけど、目の前で人が死んでるの見て正気でいられる奴がいるか?」

「…」

「どうかしてるね」


この男は変わっていて、それでいて誰より正常な精神の持ち主なのか。
あの場から走って逃げる辺り肝はそうとう座っているけれど、毎日毎日あの場所で心を痛めていたのかもしれない。
まあ、お前を巻き込んで悪かったよ、といったこいつの顔は、暗闇で見えなかった。



「そういえば、お前の罪状ってなんだったの?」

「さあ、わかんねえ」

「わかんないって…」

「わかんねえけど、昨日うちの畑のことで隣のおっさんと揉めた」

「え?」

「恨みでも買ったんじゃねえの」

そういうと彼が呆然とした顔をしていた。
正確には俺もわかんねえけど、俺が連行される時に二階の窓から顔を乗り出してニヤニヤとこっちを見ていた、あのクソジジイの顔は忘れない。

「…そんな理由で?」

「だいたいみんなそんな理由だよ。法に掛かるような悪事しでかして火刑になったやつなんか1割もいねえんじゃねえの…」

「…そう、そっか……」

その風潮を知らなかったらしい彼は、酷く納得したような表情でなんども頷いていた。
一日に何人も、下手をすると十何人を一日で殺す場では、個人個人の罪状なんて聞かされないし、気にも留めないのだろう。


「なら、俺お前を助けてよかったんだよな」

「…は?」

「お前がどう思ってるかは知らないけど、俺はお前を殺さずにすんで良かったと思ってるし」

「…」

「お前が生きててくれてほんとに良かったと思ってる」

「…っ!」

俺を見つめる表情は、意外に真剣だった。じっと見つめられ、その表情に、少し、見惚れた。


「あれ?なに、照れてる?」

「うぜ、でも、……ありがと」

それが俺の精一杯。正直心のこもった礼とは言い難くて、それでもこいつには伝わったらしい。

「なんだお前、可愛いな」

「どっかいけ、ここまでありがと、消えろ」

「行くあてあんの?すぐ捕まるよ?」

「…….…」

「…ぶっ……」


もうちょっと、ほとぼりがさめるまで俺に付き合ってよ。その言葉には頷かなくとも答えは一通りしかない。

「ほら、ここは汚いから、ちょっと移動しようぜ」

そういって差し出された手を取るか戸惑ったが、こいつは俺がその手を掴むのを待って動かない。渋々手を出すとぎゅっと握られ、細い通路を小走りで出た。

これからこいつに行くあてがあるのだろうか。とりあえず信じるしかないか、と先のことを考えるのをやめる。


「そういえば、俺の名前まだいってなかったっけ?」

そう言われて、はてそうだったかと記憶を遡ると、確かに改めて言われたのは記憶にない。昼間兵士に呼ばれていたから知ってるが。

「俺の名前はユアン。ユアン・ボールドウィン」

「…ボールドウィン?」


聞き覚えのある、その名字に目を開く。別にめちゃくちゃ珍しいものではないけど、偶然か?だって、

「これからしばらくよろしくな」

だって、俺のこと知ってた。彼女のことも知ってたし、住んでるとこも。

『すごく優しいお兄ちゃんがいるの』


「ん、どうかした?」

俺の足が止まり、振り向いた際の笑顔。
彼女そっくりのその笑顔に、ちょっと固まって、すこし涙がでて、また、見惚れた。



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