君のいた3日前
「俺が、…死なせない。絶対、死なせないから」
抱きしめてから気付く。
ああ、こいつってこんなに小さかったのか。簡単に俺の手が涼の背中に回る。
すっぽりと俺の腕に収まるこいつを、絶対になくしたくないと思った。
ガラッと扉を開ければ、ベッドに寝そべってテレビを見てる涼がいた。
「外さっむい……ベッド入れて」
「来て挨拶もなしで早々それかよー!ま、こっちどーぞ」
ほれ、と言われて涼のベッドに潜り込む。固い、真っ白なベッド。
「マジ、重義の体冷てーの!俺が風邪引くわ!」
俺が涼に密着すると、そう文句を言いながらも前からひっついてくる。
生意気なのに、犬みたいにバカ正直。
「風邪だけは引くなよ」
「はいはい、まあ俺が今風邪引いたら確実にお前のせいだけどな!」
たしかに外から来たそのまま、病床に侵入した俺の言うことじゃねえけど。
それでも本人も分かってるのか、素直に返事をした。
「来週は外泊許可出るんだもんな」
にひひ、と笑う涼の笑顔は屈託なくて、本当にこいつがもうすぐ死ぬのか信じられない。
きっと次の機会が、涼が外に出られる最後のチャンスだという。
「どこ行くー?俺行きたいとこいっぱいあるっ」
こいつもそのことを知ってるはずなのに、悲しいそぶりなんて一切見せないで。
服買いに行きたいしー、見たいDVDもあるし、と指折り数える涼は元気だった少し前までと変わらなく見える。
変わったと言えば、少し細くなった首筋と、短くなった髪。
俺は涼の頬に唇を寄せた。
以前なら照れ臭くてできなかった。そんな俺を変えたのは、涼だ。
涼が俺に、死ぬまでベタベタに甘やかして、愛してほしいと願ったから。
それをするだけで涼が至極嬉しそうに笑うから、俺は毎回その笑顔を脳裏に焼き付ける。
「あっ久しぶりに酒飲みた…」
「絶対だめ」
間髪入れずに制止すると、やっぱダメかー…とケラケラ笑っている。
「人多いとこもダメだからな。DVDなら家でいっしょに見れる」
「はー………じゃあ服は諦めて家でゴロゴロしかねーじゃん」
家から出ないなら病院で寝てるときとあんま変わんねえな、と呟く涼。
「…どうしても行きたいところあるのか?なら親御さん説得してやるぞ」
そう言うとこいつは首を横に振る。
「変わんねえって言っても、此処よか100万倍マシだから!!それに久々に重義とえっちできんじゃん」
「……セックスするつもりかよ」
「なんだよ、重義はその気じゃなかったのかよ」
苦い顔の俺に目を丸くしてそう涼は言ってのける。
「……セックスは体の負担でかいだろ」
走るのもできないような今の涼の華奢な体では、そんなの無理だ。
期待もしていなかった。
それなのに、当の本人はあっけらかんと。
「そんなこといってたらなんにもできねーじゃん。俺も男だしそのくらい大丈夫」
「……大丈夫っつっても」
「何ヶ月ぶりだと思ってんだ!俺だって我慢の限界なの!!」
イラッときたのか、涼は布団の中で俺の股間を服の上から鷲掴んできやがった。
「ちょおま…っ!」
「病院では扱き合いもしてくんねーし」
「当たり前だろ!こんなとこで……」
「それに、」
涼の手が俺の股間を離れて、俺の手を握った。
「最後かもよ?俺とえっちすんの」
サラっと告げるその言葉はある意味自虐。
涼は、宣告に逆らって必死に生きようとはしなかった。
どうせもうすぐ死ぬから、ときつい点滴の投与を断り、やり残したことを後悔することがないように、と何か思いついた即日俺に伝える。
最近の涼の口癖だ。
『俺が死んだら』
『最後かもしれないから』
聞くたびに胸を締め付けられ、そんな風に言うなよという俺に、「事実なんだから、受け止めろ!」とまるで俺を励ますようにはっきりと言う。
逆だろ、バカ。
なんでいつも俺がお前に慰められてんだよ。
「…ほんとお前、最後かもとか言うのやめろよ……」
「…しーげーよーしー?もしかしたらまた泣くのかよ」
「うっせ……涼の所為だろ…」
「そーそ、泣かしてんのは俺ね」
二人で額と額をくっつけて、涼は笑って、俺は泣く。
「俺よりもでっけーやつが、ポロポロ泣くもんじゃねーよ?」
「お前はなんでそんな平気そうなんだよ…怖く、ないのかよ」
俺が涙声で訴えると、涼はまた笑うのだ。
「重義が俺の分まで泣いてくれんじゃん。だから、俺は生きてる間は重義の分まで笑うから」
変な関係だ。
普通なら涼を勇気づける為に俺が笑わなきゃいけないのに。
「死ぬなよ……涼…」
「…俺もできればそうしたくはないんだけど」
ごめんな、とそう本人に言わせてしまう俺は、本当に最低な奴だ。
「また怒られるかもだけど」
涼は情けなくうなだれる俺の頭に手を伸ばし、優しく髪に触れてくる。
「俺が死んだらちゃんと可愛い彼女と、結婚して子供作って」
「……なんで」
「なんでも!」
それは、もう涼がいない世界の話だ。
そんな話は俺は聞きたくないし考えたくもないのに。
そんな話は辞めろ、と思わず口先まで出かかった時に、でも、と涼が続けた。
「男は、俺を最初で最後にしてね」
思わず目を開いた。
ずっと、我が儘は言っても俺を縛ることはしなかった涼の口から、そんな言葉が出るなんて。
「…うん」
そういうと涼はうれしそうに笑い、つられて俺も笑った。
ちゃんと笑えたのは久しぶりかもしれない。
「好きだ」
「俺も、愛してる」
二人だけの真っ白な空間で、愛を囁きあう。
この日々があと何日続くか分からない。もしかしたら明日呆気なく終わりが訪れるかもしれない。
それでも、俺と涼が笑える今この一瞬が、二人の命の軌跡だと。
涼が笑ってくれる間は信じるから、出来るだけ長く笑っていてくれよ。
END
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