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「えーっ!?別荘ってそんなに広いんですかあ!」
「父が勝手に建てたものですけどね」
「うはー……もぉ次元が違う……」
「諦めろ怜、俺も庶民派」
「はっそうだ…剛がいてよかったあ………」
ちょっとした事務作業をこなしながら、みんな…といっても三人で、夏休みのことなんかを話した。
副会長はやはり家柄が違う…金持ちに憧れたことはないけれど、話を聞く分にはやはりすごい生活をしていた。
「そーいえば、今日は美山先輩きてないですねぇ?」
「ああ…彼は僕たちよりも年上ですし、勉強も忙しくなるでしょうからこれからはあまり姿が見られなくなるかも知れませんね」
「そういや、美山先輩は受験生か…」
副会長と剛の言葉に、そうだったと思い出す。やはり、三年にもなるとぼーっとはしていられないか。しかし先輩は部活も入っているし、生徒会役員だし、推薦がもらえるのかもしれないが。
「そういえば、」
副会長が思い出したかのように立ち上がり、未だ未分類の書類の中から数枚を取り出した。
「先輩はいないですが、先に説明しておきますね」
「説明?」
「お二人とも、来週くらいから放課後の予定は開けて置いてくださいね?」
それは仕事が増えるからという意味だろうか。綺麗な副会長の笑顔が一瞬有無を言わせないものに見えた。
「もしかして…」
「もしかするとぉ…」
「ええ、年に一度の学園祭です」
副会長に修斗を起こすように頼まれたので、それを俺がまた剛に頼んだ。
俺はなんでもないようにソファに背を向けてイスに座り、必死で書類を読んでいるふりをした。
「ほら、会長起きてください仕事っすよ」
「……あぁ?うぜえ、ブッ殺すぞ…」
「酔っ払いじゃないんすから早く起きろよ…」
「……んだと、てめえ誰に口聞いてんだ……」
後ろで火花が散る音がするが聞こえないフリをする。修斗の寝起きが最悪なのは承知なので、できるだけ関わりたくない。
面倒くさい役を剛にやらせて申し訳ないが、こればかりは嫌だ。
「お二人ともケンカはやめてくださいね」
「…すいません」
「ッチ…」
二人とも返事は幾分不服そうだったが、副会長の鶴の一声で定位置につく。修斗も怠そうな体を起こして、ほかの机より一回りほど大きい会長席にどかっと腰を下ろした。
視線を感じた気はしたが、俺が目を合わさないようにしているのに気づいたのか気づいていないのか、声をかけてくることはない。
「神谷はだいたい分かっているでしょうし、お二人に説明しますね」
副会長からの話を完結に纏めると、こう。
まず、学園祭の模擬店記入用紙を各クラスに配り、集めたら全部確認。かぶったところは再提出させ、残りは予算案などを大体だして、クラス側に提示。
講堂のステージ部門の数も決め、その音響や照明も映画部と演劇部に協力してもらって土日にチェック。
野外ステージでなにをするか企画立案。
その他にも後夜祭をどうするかなど、正直全部はとても覚えきれない。
「これ、五人でするんすか……」
「ええ、まあ食品やステージは風紀も協力してくれますよ」
「そう考えても多くないです、かあ…?」
「毎年忙しいながらもこなせているので、大丈夫ですよ、ね、神谷」
「知るか」
副会長にそんな投げやりな返事を返し、顔を見ようともせず紙に目を通す修斗。睨みつけたい衝動にかられるが、何度かの教訓があるので、気持ちを押さえて口を閉ざす。
副会長も慣れているのか特に気にもしていないようだ。
「今日は取り敢えずまだ決めることもないので、追い追い細かい説明はしますね」
「はぁーい」
なにやらすごく面倒臭そうな学園祭準備だが、基本的に行事自体は嫌いじゃない。
文化祭としても中学時代とは桁外れに自由だし、最近はタブーのところの多い食品の模擬店も出せる。クラスの手伝いも出来たらしたいが、今の感じを聞いていると忙しさでそれどころではなさそうだ。
色々と考えを巡らせていると、時計の針は5時50分を刺していて。
俺はひなちゃんとの約束の時間を思い出す。
「あっ、あと10分しかない…!!」
6時に俺の部屋の前にきてくれることになっているのだが、いくら親衛隊隊長とはいえ生徒会フロアを長い時間うろうろさせるのはよくない。
基本的に他学年もしくは生徒会のフロアは行き来禁止だし、暗黙の了解はあるが見つかればあまりよいこともないし。
「す、いませんちょっと約束があるので、きょーは帰りまぁすっ!」
急いで荷物を纏め、挨拶だけして鞄を持って出ようとした時、声をかけられた。
「おい、」
修斗だ。
今日は話しかけることもなくこのまま帰れると思ったのに。
しかも急いでるっつーのに、そんなことを思っている俺に、修斗は言った。
「そのぶっさいくな顔、なんとかしろ。なんかあったんなら早めに手打っとけよ」
そういわれ、思わず固まった。一瞬どういう意味かわからなかったが、すぐに理解した。
「あ、りがとう、ございます」
隣に座っていた剛もすこし目を丸くしていた。
勿論修斗にはここ数日の出来事について話したりなんかしていない。自分でも顔に出やすい方なのかと思ってはいたが、副会長ですら気づかないように、完璧に隠したつもりでいたのに。
生徒会室を出て、靴箱に向かう。すこしだけ間を置いて、かすかに震える手でゆっくりと自分の下駄箱を開けた。
「…なにも、ない……」
安堵と同時に、精神的な疲れがいっきに肩にかかる。急いでいたが走る気力はでず、まだ比較的明るい夏の空の中、一人とぼとぼと帰路についた。
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