六道→獄寺 十年後 或る寒い冬の日の夜に、獄寺はタクシーを拾った。これから恋人とカフェで会う約束をしている。歩くには少し距離があるし、夜風がとても冷たく感じたのでタクシーに乗り込んだ。 「三番街のカフェまで」 「はい」 ドライバーは帽子を被っていて顔はよく見えなかった。乗り込んだタクシーから外を眺める。暖かそうな格好をして、寒そうに歩く人々、夜の闇に消えていく何台もの車の灯りを眺めた。 「誰かと待ち合わせをしているのですか、」 不意にドライバーが獄寺に問い掛けてきた。恋人の顔を少し浮かべては小さく笑みを浮かべて獄寺は答えた。 「ああ、」 「…そうですか」 ミラー越しにドライバーはちらっとこちらを見れば、また行く先を眺めた。沈黙が流れる。獄寺は、これから会う恋人に渡すつもりでいる指輪の入った小箱を指先で撫でた。驚くか、喜ぶか、どうだろう、そんなことを考えながら目的地に着くのを待っていた。 「幸せそうですね」 「え、」 「顔に出ています」 ドライバーは小さく笑った。獄寺は少し顔を赤らめる。外を眺めれば、もうすぐで目的地に着きそうだった。しかしタクシーは減速しない。獄寺は少し不審に思い、ドライバーに声を掛けた。 「もうすぐそこだから、」 「…逃がしませんよ」 ドライバーは少し帽子を上げて、ミラー越しに獄寺を見た。獄寺は目を丸くした。ミラーに映るのは赤と青の目だった。 「骸、」 「僕は、今の貴方の幸せを望みません」 「タクシーを止めろ、俺は彼女のところに行く」 タクシーは走ることをやめない。獄寺は無理矢理にでもドアを開けようとするも開かず、唇を噛んだ。どうにかしようと窓を叩く。 「形になろうとする幸せを僕は壊す。…僕が貴方を愛しているから」 「俺は、彼女を愛している」 眉間に皺を寄せてミラー越しに骸を睨んだ。指輪の小箱をぎゅっと握りしめた。どうか彼女に会わせてくれと、普段なら信じてもいない神に祈った。 「愛なんて所詮エゴですよ。…僕は僕の愛を貫くだけです」 「…俺はお前を死んでも愛したりしねぇ」 骸は一瞬傷ついた表情を浮かべた。それはすぐに冷たい表情に戻った。段々とタクシーのスピードは落ちていく。暗い道の端にゆっくりと止まった。獄寺は開かなかったドアを引いた。するとそれはすぐに開き、刺すような冷たい風が滑り込んできた。骸はハンドルに額をつけて項垂れた。獄寺はタクシーを降りた。ちらりと骸を見て俯く。 「……悪い」 一言呟いて、獄寺はドアを閉めた。足音は遠ざかって行った。 「……僕には、愛が何なのか、分かりません」 一人になった車内で嘆いた。骸は小さく、自分を嘲るように笑う。くつくつと笑う。はははと笑う。笑えば笑うだけ涙が出た。 ぼやけた世界を見つめて、骸はタクシーのエンジンをかけて走り出した。そうして、夜に消えていった。 end 101230 main |