足跡は残さないまま | ナノ
足跡は残さないまま



山本×獄寺 20年後 獄寺の死後



俺は一年前に死んだ。任務中に撃ち殺された。俺も銃を構えていたのだから、仕方なかったといえば、そうだ。呆気なく俺は三十三という若さであの世に逝くことになった。未練はあった。十代目をもっともっと長くお守りするつもりでもいたし、山本とも連れ添うつもりでもいた。世の中は上手くいかない。

死んでから知ったけれど、未練があるとあの世からこの世に来ることができる。境目に扉があり、そこを開けることができる。未練がなくなると開けられなくなるらしい。未練がある俺はその扉を開けて度々この世に出掛けた。

向かうのはいつも山本の元だった。山本は俺が死んでから暫くは荒れていたが、今はもう落ち着いて俺の写真を眺めたりしては笑みを浮かべたりしていた。時々広いベッドに一人寝転んで寂しげな顔をすることもあった。俺は人や物に触れることができないから、山本に触れようとしても透けてしまうし、相手がそれを感じることもない。それが何より悲しくて虚しかった。

ある日のことだった。山本の家に十代目が訪れた。十代目は言いにくそうにしながらも口を開いて、そろそろ結婚をしたらどうかと話していた。山本はそれを聞いて複雑そうな表情を浮べながらも、そうだよな、と呟いた。胸が痛む。三十四になっても未だ独身でいると、きっと色々と訊かれるに違いない。俺もそうだな、と呟いた。誰にも聞こえないけれど。山本は酒を注いだグラスを傾けながら、話し出した。獄寺のことが忘れられない。本当に恋してたんだ。男は子孫を残そうとする本能が、女は子孫を存続させようとする本能がある。結局恋なんてしねえんだよ。俺は、違った。不毛な関係だと分かっているけど、アイツが好きだった。恋をしてた。本当の、恋をしてた。そう、山本は言った。そして続けた。今でも、これから先もアイツを愛している。でも、もうそろそろ獄寺を楽にしてやろうと思ってんだ。まだアイツは成仏してねえ気がする。まだすぐ傍にいる気がすんだよ。そろそろちゃんと成仏して、楽になってもらおうって。山本は真っ直ぐに十代目を見詰めていた。十代目は頷いた。何か言おうとして口を閉じた。そろそろ帰るよ、また明日ね、そう言って十代目は出て行った。山本は黙ってそれを見送って、俯いた。

「やまもと」

俺は山本に呼びかけた。聞こえないのは分かっている。そう思っていたのに、山本は驚いた様に振り返った。

「獄寺…、」

「愛してる」

姿が見えないし、触れないと知りながら、山本の頬を撫でて軽くキスをした。山本は一瞬動きを止め、感触を確かめるかの様に自分の唇に触れては目を瞑った。俺はそれを最後に見て、あの世へ行く扉を開けた。




もう、その扉が開くことはなかった。



end





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