聴いてほしいことがのこってる | ナノ
聴いてほしいことがのこってる



山本×獄寺

彼と彼さまに提出



俺は、情事の後の山本の話が好きだ。
突拍子も無くて、何処か不思議で。

シャワールームに二人で入る。二人だといつも窮屈だといつも思う。其れはきっと山本が俺よりも背が高いから、と決め付けている。


ざあざあとシャワーの音が滴る中、山本は口を開いた。

「此の間さ、朝練に行く時にな、ある動物を見たんだ。何だと思う、」

竹寿司の前を通り縋る何かを想像した。
不意に頭の中に鵺が過ぎる。
猿の顔に狸の胴、虎に手足に蛇の尻尾。此の何とも言えない奇妙なものを日本に来て知って、気に入った。

「鵺」

「いや、其れ動物じゃねぇだろ、」

あれは…、動物では無いのか…。

「てってってって茶色の猫っぽいのが走ってくんだよ」

「んで、」

「猫にしては大きいし、狗にしてはちょっと違うんだよ」

猫でもなく、狗でも無い。俺の頭の中をジャッカルが走っていく。ジャッカルが見られたなら、すげぇ珍しいと思っていた。

「其れ、ジャッカルだろ」

「いや、ジャッカルじゃねぇって。其れがさ、狸なんだよ」

「procione、」

驚いて思わず母語が零れた。此の辺りで狸が見られるとは思ってもいなかったからだ。

「プロチョーネ、」

「わりぃ、狸の事」

「ふぅん…。あんま見掛けねぇからびっくしてさ、その狸って若しかして、人間に化けてたって思わねぇか、」

「何で、」

「何となく。一晩化けてたから、疲れて朝戻っちまったとか」

半信半疑だったが、何となくそんな気がしてきた。

「俺も狸見てぇ」

「今度はうちに泊まって早起きするか、」

「おう」


きゅっと蛇口を止める。浴室に静けさが戻る。

二人で浴室を出て躯を乾かすとベッドに入った。触れ合う肌が心地良い。窓は開け放たれていて、夏の夜の風が部屋を巡廻する。

「此の間まで冬だった気がしねぇ、」

「そういや、そうだな」

何時の間にか冬も終って、春も過ぎて夏になっていた。

「俺な、雪で寿司を作ろうと思ったんだ」

「え、いつ、」

「小さい頃」

よく思い付いたものだと感心する。俺はと言えば、小さい頃は雪に足跡を付ける程度で寿司を作ろう等、というよりそもそも寿司という食べ物を知らないで生きていた。

「で、」

「でな、雪をぎゅって握って固めるだろ、」

「ああ」

「それに醤油を付けてみたんだ」

「え、」

何となく薄まった味気の無い醤油を思い浮かべて顔をしかめる。

「したらさ、醤油を付けた所から溶けちまって食えなかった」

山本は無邪気に笑った。でもきっと、小さい頃の山本は泣きそうになったに違いない。

「食わなくて良かったじゃねぇか、」

山本は曖昧な表情を浮べた。

「ちょっと食ってみたかったか、も…」

苦笑混じりに言うとそのまま眠ってしまった。


俺も山本に聞いて欲しい事があった。

山本だから、こそ。でも明日は土曜日。

沢山俺の話、聴いてもらおう。



end





080608
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