獄寺→京子 十年後 或る春の夜は、未だ肌寒かった。俺は一人で飲みに行こうと思い、黒いベロアのジャケットを羽織って外に出た。 街灯の橙色の光が揺れる。光の下で肩を寄せ合う男女を横目で見た。幸せそうだ。銀の小さな光が二つ見えた。 俺に恋人はいない。つくらないというのが正しい。しょっちゅう受け取るラヴレターや告白はいつも面倒ながら丁重に断っている。仕事に専念する為だ、と。本当はそんなんじゃない。 並木道の街灯の下にブラウンの髪を靡かせている笹川がいた。一瞬、中学の頃の笹川と重なって見え、瞬きをする。 「こんなとこで何してんだ、」 「あ、獄寺君。ツっ君待ってるの。一緒に晩御飯食べよって」 無邪気に笑う。あの頃から変わらない。邪の無い彼女に俺は惚れた。でも何も言わない。何もしない。今までも、これからも。笹川は、今、十代目とお付き合いしているのだから、勿論どうしようもないけれど。 「獄寺君も一緒にどうかな、」 俺の気なんか何も知らずに俺を見る瞳。揺れる俺が映った。 「十代目と約束してんなら、俺はいねぇ方が良いだろ。それに俺はこれから飲みに行くし」 「…そっか。…一人で行くの、」 「ああ」 「獄寺君は昔から女の子に人気なのに、ずっと一人なのね…」 自分の事みたいに悲しい顔をする。あの頃から他の女なんか見ていなかった。ただ、お前だけを…。だから今も一人だ。 「んな顔すんな。気が付いたら結婚くらいしてるだろうよ。…お前、それじゃ寒いだろ、」 笹川の寒そうな肩に俺のジャケットを掛けた。少し不恰好かもしれない。俺は笹川に背を向けて歩き出す。 「獄寺君、寒いでしょ、」 俺がその肩を温める方法は、多分それしかない。 もう振り向かない。 もう振り向けない。 こんな感情、 殺してやる。 冷たい風が目に滲みた。 end 090221 main |