熱 | ナノ




山本×獄寺 十年後

鷲津玖様から



咬めよ。
俺はそいつに云った。

今俺には獄寺しか見えない。
同じく獄寺も、俺しか見えていない。

「なん、で」
「気持ちよくなる為」

悩ましげに寄せられた眉。
そこに訝しさを含んだ皺が一筋入る。

「お前マゾ?」
「多少は」
「まあ、昔からそんな気はあったな」

くすりと笑うそいつはまさに淫靡。
惑わすそいつも惑わされる俺も罪はない。
罰はあるけれど。

「じゃ、遠慮なく」

口の端をくいと上げて笑う彼はこの世の終わりを司る死に神。
俺は魂を喰われる、哀れな人間。

死に神は俺の肩口に歯を立てる。

「っ……まじ遠慮ねぇな」

当たり前だと笑う彼に彼である所以を感じた。

「気持ちいいんだろ?」

その言葉に俺は笑った。
何も云わず腰を進めれば、獄寺は首を反らす。
首筋に喰らいつけば今度は俺が死に神にでもなった気分だ。

「てめぇも咬みたいか」
「……うん」

いいぜ、と彼は云った。
恍惚の笑みの中、涙で滲む瞳の奥には確実的な期待。

それでもその白い躯に傷を付けることは躊躇われて、力を入れることはできなかった。
歯がすべらかな肌に拒否されて通る。

「力入れろよ……」

不満げな彼は背中を預けていたベッドに肘付き、少しだけ躯を浮かす。
態とか、そのとき腰も動かし俺を深くくわえこむ。

「気持ちよくなるんだろ……?」

淫らな体制で俺を見るそいつは淫魔のように俺を誘う。
確かに喰らいたいのだ、この悪魔を。

更に俺の肩を押し、自分を犯すやつの太ももに座るように躯を起こした獄寺は、先程自分が咬んだ傷をなぞるように舌を這わす。
赤くなっているそれは、今は熱に気を取られている所為かあまり痛みを感じない。
しかし、過敏になっているような、粘膜のような感じがした。

「おら、一人で気持ちよくなってんじゃねぇ」

再び同じ部分に歯を立てるそいつは己に手を伸ばしていた。
その淫らさに眩暈がする。

「早く、」

催促の言葉に俺の飼う狂暴が顔を出す。
命を奪うときに必ず現れる奴は、時折最中にも檻を破る。
獄寺はわかっていて、その上檻の鍵を外す。

薄暗い中、獄寺の肌は白すぎて、目が眩んだ。
すっと線の見える無防備な首に歯を立てる。
「んっ……」

息を詰める音がした。
薄く柔らかい肉の感覚、滲む汗の味。
甘い、と思った。
このまま喰いちぎって、その血潮を浴びたい。

「たけ、し……いてぇって」

頬を軽く叩かれ歯を離す。

「本気すぎ。 喰らうな俺を」

苦笑するそいつは母親のような慈悲深い顔をして、俺の髪を撫でた。

「ごめん」
「ふ、まあ俺は美味いからな」

しかし気付けばそれはどこかへ消え失せ、口を歪めた彼はまた腰を揺らした。

「ん……ほら、明日早いんだろ」
「……ああ」

自ら俺を深く呑み込もうと動くその痴態は云いようもなく、俺を興奮させる。

「だぁ、もう……まだ、大きくなん、のか」

息を吐く姿も妖艶で、どうしようもなくそそられる。

「隼人がエロい、から」
「そりゃ、どーも……っ」

下からの突き上げでは物足りなさそうに揺れるそいつを再びシーツに縫い付けた。
瞳だけでなく、顔すらも期待をたたえて上気している。

「こい、よ」

穿つ熱がまるで甘いお菓子かのように悦ぶそこは、淫らに収縮する。

「わざと?」
「おかげさまで」

優雅に微笑む彼は絵の中のように美しい。
そして、それ以上に安らいでいるように見えた。
否、実際そうなのかもしれない。

昔に比べて、想像もつかないくらいにこいつは積極的で淫らになった。
何もかもを忘れて没頭するこの行為に救いを感じているのは獄寺だけじゃない。

それを正しいとは思わない。
しかし、違っているとも思わないのだ。
それが俺らの形であるから。

「はっ……ん、」

段々と言葉がなくなっていく。
高みにのぼるそれに、余計なものは要らないのだ。
ただ好くなることだけを考え、求めて。

俺は咬み付いたその白い肌を味わった。
満足そうに吐くそいつの息が耳を撫ぜる。

「確かに、」

気持ちいい。
恍惚の吐息に俺は得も言われぬ熱を感じるのだった。



end





090204
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