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山本×パティシエ獄寺

DK様宅から



それは、立ち並ぶビルの間の少し奥まった所にある小さな店だったが、落ち着いた雰囲気の、お洒落な店だった。ショコラ専門のスウィーツ店である。有名ではないものの、味は確かなことから常連客が多い。加えてオーナーである獄寺の容姿が端麗で、目に余りあるため、口コミでこの近辺では評判になっている。
特にここ最近は、バレタインという製菓業界の巧みな陰謀のおかげで、獄寺が一人で切り盛りする小さな店はてんてこまいだった。

「ありがとうございました。」

獄寺の接客は全く愛想がないが、おそらくそれを気にする人もいないだろう。
今日はバレタイン当日、早朝から大にぎわいだった。
しかしさすがに昼頃には空いてくる。ほっと一息つくのもつかの間、獄寺は奥の厨房に向かった。

「そろそろ準備始めねぇとな…。」

ショーウィンドウに並ぶスウィーツたちは昨晩必死に用意したものだ。だからこれは売物用ではない。

(山本、のケーキの方をな。)

山本は、この店の常連客の一人だった。お客さんは圧倒的に女性が多いスウィーツ店だが、意外と男性も珍しくはない。
ただ、山本は、店に入るなり

「ここってケーキ屋さんだったんだな!」

と言ったのだ。どうやら知らずに入ったらしい。山本はお洒落な店があるなー、という程度で入ったのだが、それ以来しょっちゅう通っては長々と喋っていくものだから、すっかり仲良くなって終いには告白された、というわけだった。勢いで頷いてしまった獄寺も満更ではなく、今日は彼らにとって初めてのバレタインなのだ。
今日のケーキは、何日もかけてレシピを考えたものだ。仕事の合間を塗って試作品も何度も作った。

チョコレートが冷えるには少し時間がかかるから、閉店してから作ったのでは帰りが遅くなってしまう。途中でお客さんが来るかもしれないが今のうちに下準備はしておかなければいけない。

「まずは、ビスキュイ・ショコラだな。それとムースとプラリネとクレーム・ブリュレ、」

人が少ない昼間の間に、どうにかそれぞれパーツを作り終えることが出来た。組み立てるのは閉店してからだ。

夕方になると、再び客が増え始める。レジに追われているうちに、あっという間に閉店の8時になってしまった。
これからはケーキの組み立て作業とデコレーションだ。下準備で作ったものを組み合わせ、土台のアントルメが出来たら、デコレーションのグラサージュを作る。ナパージュを多く入れれば光沢は増すが、そこはやっぱり味重視。チョコとのバランスが大切だ。それからチョコレートを天板に薄く敷いて、冷ます。これをスパチュラで削り、くるくると巻いた小枝状の棒を作るのだ。一方、フィルムにのばしたチョコレートはセルクルに貼り付けて冷ます。すると三日月型に湾曲したチョコレート細工の出来上がりだ。
アントルメにナパージュを流しかけパレットナイフで綺麗にならす。チョコの小枝は周りに並べ、作ったチョコレート細工は上にのせて、先端に金箔をちょこっと乗せれば完成だ。

「…できた。」

ふぅ、と息をついて汗を拭う。
大切な人を思いながら作ると美味しく出来る、というのは真実だ。

(ってどんだけ山本にいれこんでんだよ…。)

獄寺はケーキを前に一人赤面する。
出来栄えに満足すると、次は早く帰りたくなるもの。時間が経つのは早くて、時計を見るともう10時になろうとしていた。

「やっべ!早くしねぇと今日が終わっちまう。」

慌てて片付けと支度をすると、ケーキを崩さないようそっと持ち、急いで帰った。



「ただいま。」

「…! 獄寺、おかえり。遅いから心配した。」

部屋に入ると、山本が抱きしめてこようとしたので、獄寺は慌てて待ったをかけた。

「…獄寺?」

山本はちょっと残念そうな顔をするが、この傑作を台無しにされてはたまらない。獄寺は手に持った箱を指差してにやりと笑う。

「お土産。」

山本は何かを察したのか急にわたわたし始めた。

「え、うそ、あの、それってまさか…」

「そのまさかだぜ。悪ぃな思ったより時間かかっちまって。」

ケーキの箱を開けた山本が息をのむ。それを見て、獄寺は満足そうに微笑んだ。

「すげぇ…。っていうかこれ、見たことねぇよ。もしかして、今日のため?」

「おぅ。有り難く食えよ。お前のため、だけに、作ったんだから。」

「ご、ごくでらあぁ〜。ごめん、オレ何も用意してない。獄寺がくれるなんて思わなくて…、しかも職場でチョコいっぱいもらって来ちゃった。」

感激して涙ぐみながら、しかし謝る山本に、獄寺は呆れながら返す。

「お前はショコラパティシエのオレにチョコ送る気か?」

「はは、そっか、それはそうだな。」

「で、オレというものがありながらチョコ、もらって来たんだ?さぞかしおモテになったことでしょうねぇ、山本さん?」

「う、わ、悪かったって、拗ねんなよ、みんな義理チョコだからっ。」

(義理じゃないだろお前の場合…。)

獄寺はため息をひとつ。山本がびくっと体を強ばらせた。

「オレ以外のやつからもらったもん、食うわけ?」

「食べません!!」

山本が即答する。獄寺が吹き出して、

「許す。」

と言ったので、山本は、今度は獄寺が何も持ってないことを確認してから、ぎゅっと抱きしめた。



end



おまけ

「あのー、獄寺。せっかく『オレのためだけ』に作ってくれたとこ大変申し訳ないんだけど、」

「何だ。」

「…ケーキより獄寺食いたいなぁ…なんて、思ったり、思わなかったり…。」

獄寺は山本の腕の中から、上目遣いで顔を見上げる。心なしか山本の顔が赤くなった。

「…だぁめ。そうだな…、…ケーキ、食った後なら、」

(好きにして、いいぜ?)

耳元で囁くと、今度は耳まで真っ赤になった。





090213
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