彼は釣りがお好き | ナノ
彼は釣りがお好き



獄寺×ハル



「アホ女」

「ハルはアホじゃないです」

「三百六十度どっからどう見てもアホだろ」

どうもこうも獄寺さんは酷い。ハルが好意を露にして見せてもあらゆる手を使って丁重に跳ね除けてくる。どうにかこうにかして獄寺さんを自分のものにしちゃいたいという願望がある。抵抗はされるだけ惹かれていく。もしかしたらこれは獄寺さんの罠かもしれないと何度となく疑ったけれど、やっぱり惹かれるものは惹かれるからアイラブユーと言ってみたり、スカートを短くしてみたり、後ろから抱きしめたりする。上手くいかない。獄寺さんはゲイだから異性の私には振り向かないのかもしれないと思ったけど、そうでもないみたい。もしかしたら性欲ってものが全く無いのかもしれないと思ったけど、ベッドの下にエロ本もあったから、そうでも無いらしい。じゃあ、何がいけないのかって考えた。原因はハルにあるみたい。でもハルは最善の努力をしているから、もうよく分からない。

今日の獄寺さんは、ハルが家に来たというのにコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。ハルはそれを立ちながらじっと見詰めた。あまりに静かな空間で、時計の置いていないこの家ではどれだけ時間が経ったのかは分からない。足がちょっと痛いくらいだ。床と足がくっついてしまってそう。暫くして獄寺さんは私に向かって手を伸ばした。手の平と上に向けてじっと私を見ている。私はその手を見詰めた。血が溜まった重たい足を動かして傍に行く。手をもう一度見詰めた。指輪がいくつも嵌めてある。その手を見て私は思わず口を開けた。がぶり。思いっきり獄寺さんの手に噛み付いた。歯が肉に食い込む。美味しくは無い。新聞の匂いがした。

「釣れた」

「んぐ」

「ずっと、機会を待ってたんだよなあ。…お前を釣る機会」

口を離して、獄寺さんの手に付いた赤い歯形を見た。

「釣るとは、何ですか。失礼ですね」

「好きだ」

「釣りですか」

「お前が」

「ハルをですか」

「そうそう」

きょとんとして獄寺さんを見詰めた。あまりにあっさりしていて拍子抜けも良いところ。こうしてハルの恋の奮闘記は終わった。もしかしたら、これから始まるのかもしれないけれど。



end





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