キスがしたい | ナノ
キスがしたい



山本×獄寺



俺は極単純にキスをしたいと思った。勿論獄寺と。でも獄寺はそれを嫌がる。怖いものみたいに。お化けみたいに。そう思うと自分も何だか怖いお化けみたいな存在に思えてくる。こうして俺はキスしたい願望が溜まっていく。

午後の授業。二時くらいで一番眠くなる時。窓際で、しかも良い陽気。小鳥がちゅんちゅんと鳴いている。眠くなる条件が見事に揃ってしまった今、先生の声が段々と遠くなっていく。でも起きていなきゃと思い必死になる(じゃないと獄寺に怒られる)。でも睡魔に耐えきれず、俺は呆気なく眠りに支配されてしまった。





目の前に獄寺がいる。翡翠色の目が俺をじっと見て、ほんの僅かだけど笑った。形の整った艶やかな唇が目の前にある。生唾を飲み込んだ。

「お前さ、そんなにキスしてぇのかよ」

綺麗な唇は、はっきりと発音する。そして唇は綺麗な弧を描く。いつもの眉間に皺を寄せて俺に突っ掛かる獄寺とは違い、噎せ返りそうな程の色気を出す獄寺だ。まるで夢みたいだと心の奥底で思った。

「そ、そりゃな」

「んー…でも条件を満たさねぇ奴とはキス出来ねぇな」

「…どんな条件、」

「一つ、優しくある事。二つ、食べ物をくれる事。…三つ、一緒にいてくれる事」

獄寺の言う三つの条件を考えてみた。一つは確実。だって毎日獄寺に優しくしているから。俺ほど獄寺に優しい人間はいないって思ってる。自慢じゃないけど。二つ目は…これも大丈夫。しょっちゅう獄寺の食べ物奢っているし、夕飯も一緒に食べるし。昼飯も獄寺が持ってきてなかったら半分あげるし。最後三つ目…、ずっと一緒にいる、か。俺としては獄寺とずっと一緒にいたい。でも獄寺はずっと一緒なんて嫌そう…。

「獄寺は、俺とずっと一緒にいたいの、」

「…他の奴といんの見てるなんて…嫌だ」

獄寺は本当に悲しそうな顔をする。これで、三つの条件は満たした。獄寺がこんな事を思っているなんて、凄く嬉しい。胸が高鳴る。
俯く獄寺の顎を取って、潤んだ獄寺の目を見詰めて、段々と近付く唇にキスをし、て、





「んんんうっ」

俺は目を醒ました。唇に温かな感触。気付いたら目前にツナ。驚いてがたりと立ち上がって身を引く。寝惚けてキスをしてしまったらしい。何たる失態…。

「ごごごめんッ」

ツナは顔を真っ赤にして状況を把握出来ていない。獄寺はといえば、わなわな震えている。やはり恋人でありながら他の奴とキスしているのを見るなんてきっと許せないに違いない。多分。

「獄寺、その、ごめ…」

「てめぇ、十代目に何してやがるッ、失礼にも程があんだろッ、」

獄寺は起きたばかりの俺の胸倉を掴む。ツナが慌てて獄寺を止めようとする。

「ま、待って、お、落ち着いてってば。山本は寝惚けてただけで、」

「山本、てめぇ、許さねぇからな」

獄寺は俺の胸倉を掴んだまま動かない。きっ、と獄寺は俺を鋭い目付きで睨む。あ、何かが光った。それはただの目の光じゃない。

「だからいいってば、獄寺君。俺キス初めてとかじゃないし」

獄寺は俺を突き放して教室から出て行く。俺は開け放たれた扉とツナの顔を見た。頭があんまり回っていない。申し訳ないけれど、俺は恋人を追い駆ける事にした。

「…獄寺探してくる」

「う、うん、それが良いよ」

ツナは困った様な表情で俺を見送る。ツナに聞きたいと思った事があったが、俺はまず獄寺を追い駆けた。いつもなら獄寺にすぐ追いつく筈が今日は見付からない。俺がよく獄寺を追い駆けるから鍛えられて早くなったのかもしれない。取り敢えず探した。校内を走り回ってもいないから(途中で雲雀に怒られた)、屋上ではないかと考えて、屋上に向かう。が、屋上には鍵が掛かっていて開かない。

「獄寺、そこにいる、」

暫く屋上のドアをどんどん叩いていたら、扉越しに返事が聞こえた。

「来るな。お前はやっぱり俺といない方が良い」

「な、何で、」

「嫌だろ、俺みたいな男。俺なんかより十代目の方がよっぽど良い」

「ち、違う、さっきは本当にほんとに寝惚けてて、」

「俺はキスも嫌がれば触られんのも嫌がる。…付き合ってんのに。…早く他の奴探せよ。俺じゃお前を傷付けるだけだ」

「…、獄寺は、ほんとに俺に触られんの、嫌いなの」

「…………嫌い」

「嘘、」

「ほんと」

「……俺な、さっき獄寺にキスする夢見て、それで寝惚けてたまたま目の前にいたツナにキスしちゃっただけであって…、本当は獄寺とするつもりだったんだよ」

扉の向こうでがたりと音がした後、かちゃりと音がした。鍵が開いた。俺は急いで扉を開ける。そこには蹲っている獄寺がいた。

「ごくでら?」

「…ばか…恥ずかしい奴」

言われてみると恥ずかしいものだ。俺は不意に顔が熱くなるのが分かった。これじゃあ獄寺にキスをする余裕すら無い。同じく獄寺も顔を真っ赤にして蹲っているのだからどうしようもない。
獄寺はすくっと立つと俺の方へずかずかと歩いてきた。不意に手を挙げるもんだからてっきり打たれるのかと思ったら、頬に当てられて、キス、された。ほんの一瞬唇が触れると獄寺は俺からばっと離れた。俺の頭は回らない。真っ白。

「び、びびってんぢゃねぇよ。ほ、ほんとは嫌じゃ、ない。触られんの、も。き、キスされんの、も」

「…え、」

獄寺と俺の変な空間。

「う、嘘ッ、今の無しッ」

「え、聞いちゃったのにっ」

俺は獄寺をぎゅうって抱き締めたくなって獄寺に腕を伸ばしたら、俺からするりと抜けて屋上から出て行ってまた駆け出して行ってしまった。俺は慌てて追い駆けた。
次こそは追いつかなくちゃ。追いついたらぎゅって抱き締める。それで、今度は俺からキスするんだ。



end





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