雲雀のママンを妄想してみた話です。 雲雀母は当時の並中の風紀委員長。不良の頂点に立っていた。 副委員長は草壁の父。 雲雀母はもう亡くなっている。 と、いう設定です。 ツッコミ所あれど気にしないで下さい。 雲雀side 応接室の窓に手を掛けて、外を見ると雨が降っていた。沢山の下校生徒が傘を差しながら歩いている。色取り取りの傘は見つめているうちに灰色に見えてくる。その中に見えた一人の生徒はまた煙草を吸っている。今すぐにでも咬み殺してやりたい。でも、今日は気が乗らない。今日はあの日に似ている。 ふとカレンダーを見れば、今日は、母の命日であった。 「委員長…、」 ふとノックと聞こえた草壁の声。次にドアが開いた。彼は似合わない花束を持っていた。毎年彼はこの日にわざわざ花を持ってくる。彼は、父に渡されたのだと言う。 「…行こうか、草壁」 二人で母の墓場に来た。髪が雨に濡れる。途中まで傘を差していたのだが、鬱陶しくなって捨ててきた。 母の墓には花なんか一つもなかった。草壁がそっと花束を添えた。今まで傘下にあった花束が雨に濡れる。 「…草壁、先に戻っていて」 「…はい」 草壁が墓場から立ち去ると不意に寂寥感が襲ってきた。墓前の砂利に膝をついた。雨粒によく似た涙が頬を伝った。あの日も、こんな風に泣いたんだっけ。やっと、もう帰って来ないのだと分かった夜。 僕は、母と二人きりだった。母は朝早く家を出て行って、夕方に帰って来る日々を繰り返していた。母が帰って来る夕方をいつも楽しみにしていた。沢山の事を聞かせてくれた。バイクを乗り回している時の気分、部下の失敗談、その日に食べたものの事…。それが聞きたくて、家に一人待っていた。 でも、ある雨降りだった日、母は帰ってこなかった。 雲雀母side 愛した人はもういないけれど、その人との間に生まれてきた恭弥は私の救いだった。健気にいつも帰りを待っていてくれて、遅くなった時は今にも眠ってしまいそうになりながらも「おかえりなさい」と言ってくれた。家に帰るのが初めて楽しみになった。 私は並中の風紀委員長をしていて、町の見回りもしている。私が、並盛の秩序。この町が何より好きで、危機があれば立ち上がっていた。ある時、隣町の不良集団がこの町で悪さをする様になった。それを見兼ねて私はそこの大将に挑みに行った。その人は強かった。今までに会った誰よりも。 不覚にも、私はその人に惚れた。それはまた彼も同じだった。 誰もが眠る夜、二人会って、愛し合った。 でも、お互いに敵同士であったから…、私は彼を咬み殺した。トンファーに付いた血を見て私は何度も後悔をした。絶望に浸っていたそんな頃、妊娠が分かった。副委員長である草壁にだけその事実を話した。 そして恭弥が生まれてくる。 初めて赤ん坊に接した。今まで小さい子なんて、嫌いだったのに凄く愛しかった。 「おかえり、母さん」 「ただいま、恭ちゃん」 私によく似た切れ長の目。不愛想だけど、笑うと可愛くて。帰ったら必ず抱き締める。その小さな存在を確かめる為に。 「恭ちゃん、恭ちゃんもいつか並中の風紀委員長になるでしょ、」 「なるよ、ぼくも」 深い黒い目は強い意思を表している。その黒い瞳までも愛している。私は持っていたトンファーを彼の手に握らせた。私は、息子にもこの血腥い道に進ませるべきか一瞬迷った。でも、きっと彼はその道で生きているに違いない。 「…まだ、先だけど…、これで並中の風紀を守って、ね」 「当然でしょ、母さん」 思ったとおりの答えだった。 この雨、嫌い。湿った空気と倦怠感が纏わり付いている。 機嫌も悪くて、今日は何人も咬み殺した。久々に部下を連れて町の見回りをすれば下らない奴等ばかりうろちょろする。トンファーを強く握った。 そんな見回りを終えて、私はバイクに乗って帰宅をする事にした。草壁がバイクに乗る時は気を付けて下さいと念入りに言う。確かに雨の日は滑りやすい。 早く帰って、恭弥に…会いたい。そうだ、今日の夕飯は恭弥の好きなハンバーグにしよう。 交差点を曲がろうとした時だった。草壁の言った事が再び頭に過った。上手く曲がれずに勢い良く曲がってきたトラックが目の前にきた。派手な音と共に体は吹っ飛んだ。どさりと交差点の中央に落ちて激しい痛みが全身に襲う。 「…っ…、」 嘘、ここで終わりなの…、 いや、違う…恭弥がいるもの…恭弥が並盛を守ってくれる。 バイクの事故だなんて、自業自得って言われるんだ、きっと。私は並盛が大好きで、精一杯守っているのに、何も分かってはくれない。 結局、私小さな人間だったわ。 …一人にして、ごめんなさい…、恭弥… 雨がセーラー服を濡らして重みが掛かってくる。出血をしている部分が痛い。目の前が霞んできた。遠くで委員長って呼ばれた気がする。でも、答えられない。 あれ、まだ私の名前を呼ぶ声が聞こえる…誰だろう… …この声は…、貴方、なの…、 子雲雀side 母さんは、もうこんな時間になったのに帰って来ない。今日は忙しいのかもしれない。 少しお腹が空いた。でも我慢しよう…。きっと母さんもお腹を空かせて帰って来る筈だから。 僕は時計をぼんやりと眺めてから金魚に餌をやった。ぱくぱくと本能的に口を開けて餌を喰らう。すると、玄関がノックされる音がした。 「誰なの、」 そこに立っていたのでは、待ち望んでいた母さんではなく、草壁さんだった。母さんの知り合いで、並中の副委員長。委員長の次に偉い人。 「…草壁です。…その…、」 「…母さんは、」 草壁さんは俯いた。眉を寄せて拳を握り締めた。片手には母さんのトンファーが握られていた。草壁さんは、それを僕に差し出した。それをそっと握る。冷たくてひんやりとしていた。指先が微かに震える。 「さっき、バイクの事故で…、亡くなったんです」 「……だ、誰が、」 「……委員長…、」 目元に腕を宛てて肩を震わせる草壁さんは、きっと、泣いている。こんなにも強そうな人が、泣いていた。 母さんが、死んだ 嘘だろ、あんなに強い人が…、朝行ってきますって言っていて、夕方には帰るねって言っていた。 嘘に決まっている…そんな筈は… 深夜12時になった。こんな時間まで起きているのなんて初めてだった。まだ帰ってこない。 もう、ああ、本当に、死んだんだ…母さんは… 僕は、初めて大きく泣いた。泣いていたら、ぼやけた視界に朝陽が射した。 雲雀side トンファーを上手く使える様になってから、僕は血の匂いを知った。 母さんがいなくなってから、僕は一人で生きてきた。誰よりも強くなる為に生きてきた。強いものを求めて。 「…母さん、僕は今日も並盛を守っているよ。…母さんと同じ様に」 墓前でそう小さく呟いた。幼い頃の母の記憶ももう大分薄れてきた。でも、あの笑顔は鮮明に覚えている。心を明るくする中心だった。 僕は立ち上がって墓の前から立ち去る意を決めた。そっと雨に濡れた墓石を撫でて、僕は歩き出した。 雨は先程より弱まった。少し空も明るくなってきた気がする。 僕は母さんよりも、強くなるよ。ずっとずっと強く。 そう願っているから、僕は強くなれる。 雨は、まだ止まないけれど、僕の心に晴れ間が射した。 end 120408 main |