白い十字架に紅い薔薇 | ナノ
白い十字架に紅い薔薇



骸×山本 十年後



浅紫の空が何処までも広がる夕刻。白い十字架の下に一輪の紅い薔薇。
俺は十字架に縋りついていた。此の世界で一番愛した男が此の下に眠っている。失う事が何れ程のものか、今自分に差し迫ってくる。今、俺の中で思い起こされるのは彼の赤と青の瞳、彼の藍色の髪、彼の眠りに似た低い声、彼の優しげな笑み、微かな甘い匂い。全てが酷く懐かしく思えた。

彼は任務へと出掛ける前日にこう言った。

「僕は明日、死ぬかもしれません。…それでも決して泣かないで下さい」

俺にはどうしてこんな事を言うのか分からなかった。いつもと変わらない、心を読ませない不思議な笑みを浮かべていたから。その日、俺は彼に抱かれた。激しい様な、優しい様な、其の曖昧なものに包まれて、抱かれてから不思議な感覚に陥った。いつの間にか意識が揺らいで、白い大きなベッドに身を沈めて眠りに落ちてしまった。朝にはもう彼がいないと分かっていたのに。
窓から白い光が射し込んだ朝、隣にやっぱり彼は居なくて、代りに真紅の薔薇がベッドのサイドにあった。其の薔薇から、微かに柔らかな匂いがした。

「…骸、」


彼が任務へ行ってから一週間後の事だった。獄寺から骸が任務先で銃弾を受けて倒れたと聞いた。そして墓の場所を書いた紙を渡された。俺は到底信じられず、何度も何度も聞き返した。どんなに聞き返しても答えは同じだった。もうどうしたら良いのか分からず、途方に暮れた。


空は浅紫から深紫へと移ろいゆく。外灯がほんのりと橙の光を灯した。

「骸…戻ってきてくれよ、」

情けない声がした。声が震える。目元が熱い。泣かないなんて到底無理な話だ。どうして良いか分からない位悲しいのだから。此の時、悲しみに限りは無いのだと知った。終に俺の目から涙が溢れた。大の大人がしゃくり泣きをするとは。呼吸が出来なくて窒息しそうだった。何れだけ泣いていたのだろうか、空は深い青に、否、闇の様な色に染まっていた。星は見えない。涙が到頭枯れてきて目の淵がひりひりした。


「泣かないで下さいと言ったのに」

不意に背後で声がした。
胸が高鳴る。
此の眠りに似た低い声は、

聞き間違える筈が無い。

俺が振り返った先に立つ影は…

嗚呼…、



end





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