深い後悔は溶けて | ナノ
深い後悔は溶けて



山本×獄寺



耐え難かった。自分のいつも放つ言葉を山本から受けるのは。いや、山本からじゃなくても。自分が傷つくのを恐れて結局他人に傷付けられる前に自分を傷付ける。心を、ジェラートを食べるみたいに抉り取っていくんだ。滑らかに、ゆっくりと。でもその痛みはフォークで突き刺され、ナイフで切り取られる様だった。

「お前、死ね。近付くな」

「獄寺ッ、俺はそんなつもりで言ったんじゃ、」

情事の後に謝る山本。受け入れる場所は女の様に受け入れる為に有る訳では無いし、体に負担を掛けているというところから謝るのかもしれないが、腹立たしかった。其れが自分の妄想に過ぎないとは分かっているが。
山本が女を抱いている様子がはっきりと脳裏を過った。最中に。そうしたら自分が山本の只の性欲処理の為の道具に思えてきた。だって俺は山本に好きとか言われたわけでもないし、俺が山本を好きというわけでもないからだ。どちらかと言えば嫌い。こうなったのも成り行き。

「どうせ、性欲処理程度だろ。俺は女じゃねぇ」

「…。…分かりきった事だろ。じゃあお前が女に生まれてくれば良かったんだろッ。そうやって女じゃなかった事に固執して、いつも俺に当たって」

「…、」

「お前が死ねば良いだろ」

山本の目に何が映っているのかよく、見えなかったけど、間違いなく俺。自分の言った言葉程嫌いなものはない。自分の言った言葉程絶望に導くものはない。本当に死にたくなってきた。死んで女に生まれて山本に出会って、セックスしているのであれば、こんな事に、こんな風に思う事も無かったのだろうか。それはやっぱり違うかもしれない。でも、もし、生まれ変わって女になれるのなら死んだ方が良いのかもしれないと微かに思った。
俺は重い体をずるりと引き摺って山本から離れた。
一時的に、ではなく、





あの日以来獄寺は行方を眩ました。ツナに聞いても保健室のおっさんに聞いても居場所は分からなかった。ただ一つ分かったのは、獄寺が死んだ、という事だった。獄寺の部屋に一枚のメモがあった。

(お前が死ねば良いと言うなら俺は死ぬ。今度会うとき、俺が女であるか、また男だか分からないけど、兎にも角にも俺は死ぬ。)

変なメッセージだった。一枚の紙切れが俺を絶望に追い遣った。狂いそうだった。たった一言で獄寺は死ぬと言うんだ。そして現に獄寺はいなくなってしまった。多分だけど、死んでしまった。本当に取り返しようの無い事。人生は後悔の繰り返しだというが、この後悔程後に悔いるものは無かった。俺は絶望の紙切れを赤に染まるくらい強く握り締めて、獄寺の部屋を後にした。

獄寺がいなくなってから俺はさっぱり生きる気力が湧かなかった。今まで週に二回程獄寺と体を交えていたが、今は性欲も起きない。辛うじて食欲は何とかなっている。
そうこう生活しているうちに俺は一つ気付いた事が有る。

獄寺の事が好きだという事。

獄寺の事が好きだったという事。

気付かなければ良かったと、また後悔する自分。胸が焼けるように熱くなって、唇を噛んだ。
強く、強く、
出来れば、血が滲むほど。
それだけ、後悔しているという証。それだけ、獄寺が好きだという証。
真っ赤な血が、その証。





幾年も経って、俺はマフィアとなる道を選んだ。寿司屋、野球選手…。全部諦めて、色々なものを捨てて。俺等はイタリアへ渡った。勿論、何年経とうが何処に行こうが獄寺の事が忘れられずにいた。未練がましい男。

イタリアは日本とは全く違う。全てが新鮮で物珍しくて、くるくると見回した。獄寺が見付かる筈も無く。
俺は一人フィレンツェへと出掛けた。ドゥオーモに一度行こうと考えていたからだ。ツナも一緒に行こうかと声を掛けてくれたが、それを断って一人で来てみた。幸せそうに笑みを浮べながら行き交う人々。俺はどんな顔をしているのだろうか。のうのうと呑気に幸せそうに歩いている男にでも見えるのだろうか。俺は違うと思う。場違いな男に違いない。そう思うと途端に孤独な気持ちが押し寄せてきた。
そんな孤独も、自分で掴んだんだ。

その時、俺と同じ様に場違いな男と擦れ違った。幸せそう、ではない、


「ごく、でら…、」

長身で銀髪の青年。振り返ったその男は場違いにも程がある位、幸せから遠かった。俺を見て目を丸くする。ただただ驚いて瞬きをする。口をぽかんと開けて。

「…や、やまもと、」

間違いなく、獄寺だった。日本人の俺の名前を知っている銀髪の人間と言ったら、獄寺しかいない。
生きて、いる

「獄寺、ごくでら、良かった…、死んだのかと、思ってた。ずっと…」

「死んだよ、あの時の俺は」

「…え、」

「俺は、生まれ変わった。女にならなかったけど」

「生まれ、変わった、」

「お前の事が好きな、俺に」

獄寺は苦笑した。生まれ変わった獄寺を受け取るのに少々時間が掛かった。嗚呼、やっぱり獄寺だ。俺は安心しきって、気の抜けた笑顔を浮べた。

今、やっと分かった。俺の事を嫌いな獄寺でも愛せたんだ。でも、俺等は言葉を上手く使えない餓鬼で、おまけに不器用で。今なら、上手に、器用に、俺の事を好きな獄寺を愛せる。

そんな確信とも言えないものが俺の中で生まれて、


二人、フィレンツェの街並みに溶け込んだ。



end





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