闇は光を恋う | ナノ
闇は光を恋う



山本×獄寺←六道

獄寺と骸がヴァンパイア



獄寺side



重い体を引き摺りベッドから抜け出し、顔を洗おうと思い洗面台の前に立った。いつも通りの自分が見えると思っていたら、其処には自分ではない自分がいた。
左目は翠から緋に変わっている。驚きで開いた口から覗いたのは尖った犬歯。



まるで、ヴァンパイア



此が夢ならと思い、目を擦っても変わらない姿。急いでベッドに戻る。其処には骸がいる筈だと思ったもののいない。確かにさっきまでいたのに。骸が寝ていた跡と紫の薔薇だけが残されていた。
昨晩は、骸が珍しく酒を持って来たから部屋に入れた。それから酒を飲みながら夕飯を食ってそれから…それから思い出せない。次の記憶は、骸に抱かれている時だった。何の抵抗も無く、寧ろ自分から骸に抱いてくれと言った気さえする。記憶に靄がかかっていた。
ベッドの前に佇んでいると、朝が来た。先程までは薄暗かったのに。カーテンの隙間から朝日が射し込んだ。それはあまりに眩しくて、俺は目を瞑る。頭が、痛い。すぐにカーテンを閉めたが、目眩がして俺はベッドに倒れた。



次に目が醒めたのは携帯の着信音が響いた時だった。恋人の山本からのメールだった。ぼんやりとしながらメールを見る。「獄寺、今日学校来なかったけど、どうしたの?」と書かれていた。涙でぼんやりとして文字が霞む。言えない、山本には。そう感じた。
俺は何日も学校を欠席した。その間、誰に頼るでもなく自分の変貌について考える。いくら考えても見付からない答え。結局骸に問えば答えが、と思い携帯の電話帳を漁る。しかし、俺は骸の連絡先を知らなかったので、リボーンさんに電話を掛けた。十代目にご迷惑は掛けたくなかったからだ。

「リボーンさん、」

「何だ、獄寺」

「その…骸が…何処にいるか分かりますか…、」

後ろで十代目のお声が聞こえた。「もしかして獄寺君じゃないの、ねえリボーン、」そう言っている。リボーンさんが俺と話したとは言わないだろうが、ひやりとした。

「…イタリアに帰った、かもな」

「……イタリア、」

「イタリアだ。…分かったんなら切るぞ」

「はい、有難う御座いました」

「じゃあな、吸血鬼」

ぶつりと切れた電話。虚しい音。リボーンさんの最後の言葉に心臓が止まった気がする。もしかして、もう何もかも分かっているのだろうか。俺は唇を噛んだ。



急いでミラノ行きの便をとった。骸が夕飯をとっていた時にミラノの話をしていた気がする。イタリアも広い。もしかしたらローマかもしれない。それでも俺はミラノだと確信した。



俺は十代目にも、山本にも何も告げずにイタリアへと発った。外の景色を眺めながら日本に来た時の事を思い出していた。あの頃は一人だったなあとぼんやりと思う。家を出る前に左目に眼帯を付けてきた。其処にそっと触れる。痛みなんてないのに痛みを感じる。目が疼くのか、其れとも心が痛いのか。


久々にイタリアの地を踏む。日本とは違う、イタリアの空気。行く先も分からないのに俺の足は動いた。頭の中に骸の歩いた道が浮かぶ。まるで骸が見たものをそのまま見ているみたいに。
タクシーに乗り、骸を追う。目的地は街から離れた場所らしい。変な場所で俺はタクシーを止めて、降りた。高い料金とチップを払う。金は、もしもの為に貯金していた。本当は、山本に指輪を買うつもりでいたのだが、今は其れを本当の事を知る為に使っている。其れを心苦しく感じた。
何もない道を歩き続ける。何が其の先に有るのか分からない。微かな不安に駈られる。其れでも歩いた。



やっと辿り着いた、其処は、大きく寂れた屋敷だった。綺麗な晴天にはまるで似合わない其処。そっと扉に手を掛けた。きしりと音を立てて扉は開く。暗い屋敷。蝋燭が揺れている。居心地の良い場所に思えた。

「…おやおや、まさか此処まで来るとは」

闇の奥でオッドアイが光る。其処に現れたのはやっぱり骸。虚しい笑みを浮かべて俺を迎える。

「…俺に、何をしたんだ」

「ただ、抱いて欲しいと言ったから抱いただけです」

「…嘘、だろ」

確かに骸にそう言った気がする。其れでも信じたくない事実であって、否定したかった。

「僕は、ヴァンパイアです。エストラーネオファミリーが実験体として僕に其の種を植え付けた。ヴァンパイアとして目覚めたのはつい最近で、其れについて詳しく知ったのもつい先日。エストラーネオファミリーのボスが住んでいた此処でヴァンパイアについて書かれたものが見付かりまして、其の時貴方をヴァンパイアとしてしまった事に気が付きました」

「俺が、ヴァンパイア…、」

「体を交えた相手は自分と同じ吸血鬼になる、ただし吸血鬼自身が受身の場合相手は吸血鬼にならないと、書いてありました。貴方を抱いた時はまだ知らなかったんです。…自分がヴァンパイアと分かったのでもう貴方と会うのも最後にしようと思ったんです。だから、貴方の血を少しだけ吸った」

ふと気が付いた。首筋に噛まれた痕が有る事を。

「血を少量吸われた相手はどうやら性的快楽に陥るそうで…だから貴方は自分でも嘘だと思う様な事を口走ったわけです。…これで、分かりましたか、」

「………、」

沢山の物を飲み込んで、沢山の物が喉に支えて何も言えなくなる。やっとの思いで嚥下した。その途端涙が浮かんだ。蝋燭赤いの火が霞む。

もう唯の人間ではない。吸血鬼になった。

「其の赤い目は僕の一部です。せっかくの綺麗な翠を僕は…台無しにしてしまいましたね…」

山本の言葉が蘇る。

「獄寺の目、凄く綺麗で大好き。勿論獄寺自身もな」

翠と緋の目から涙が溢れた。ぼろぼろと。まるで涙腺が壊れてしまったみたいに。骸の腕に抱かれた。低い体温。でも熱くて。



俺はクラシカルなベッドで目を醒ました。泣き疲れて骸の腕の中で眠ってしまったらしい。目元が少し痛い。ベッドの脇にある紫の薔薇を幾本も挿した花瓶をぼんやりと見詰める。厚いカーテンは窓を閉めきり、朝か昼か、夜かさえ分からない。

「お目覚めですか」

「……さっきは悪かった…」

「…いえ」

重い沈黙。俺には何も話す事が出来なかった。話す事もなかった。

「…此処で、ずっと一緒に暮らしませんか、」

「…、……無理だ」

俺には山本がいる。山本とはもうこれから一緒にいられないのかもしれない。其れならば、同じ吸血鬼である骸といる方が俺にとっては良いのかもしれない。だが俺は今時分頷いたら二人の男を裏切る事になると知っていた。山本と骸を。骸には頷いても否と言っても傷付ける事になる。だからこその、答えだ。

「…分かっていた答えです…。それでも貴方が好きで、愛していて、だからそばにいたい。隼人に恋人がいるのも勿論知っての上で、考えているんですよ」

「…馬鹿か」

「馬鹿です」

骸はクローゼットを開け、燕尾服を着る。それをぼんやりと眺めた。

「今夜、パーティーが有るんですよ。…隼人も一緒に如何です」

燕尾服の胸ポケットに紫の薔薇を挿す。俺は何となく頷いた。するとベッドに燕尾服が置かれ、其処に赤い薔薇が添えられた。

「着替えましたら、一緒に行きましょう」

「…ああ」

「マフィアの集まるパーティー、まあ表向きには社交パーティですがね」

「…だろうと思った」

「明後日には日本に帰りましょう」

「…は、」

「あんまりイタリアにいると帰れなくなりますよ」

骸は一言残して部屋から出ていった。俺はベッドから這い出て燕尾服を手にした。似合うか似合わないかもよく分からずに着て、胸ポケットに赤い薔薇を挿した。ベッドの元に置かれた靴を履いて、俺は部屋を出た。

「準備は出来たようですね」

「…ああ」

「誰の血でもいい。血を、吸ってくるんですよ…。じゃないと、死んでしまう」

本当のことを言うと俺の体の限界がそろそろ来そうだという事がよく分かっていた。ヴァンパイアとなったその日から何も食べていない。食欲が湧かないから。



パーティーはとても華やかだった。それでも、男達の話の内容はどれもこれもマフィアらしい話ばかりだ。うんざりして隣にいる骸を見た。骸は俺を見て小さく笑うと「見つからないようにして下さいね」と一言残して人混みに飲まれた。

「今年は次期ボンゴレも来ているそうだな、」

「ああ、そうらしい。しかし何故かあのスモーキン・ボムはいないらしいな」

「あの悪童、ボンゴレを追い出されたんじゃないのか、」

「はっははは」

ボンゴレの噂をする男達。俺の噂も気にならなかった。冷や汗が滲む。もしかしたら、山本も来ているかもしれない。俺は内心焦りながら適当な女を探した。ふと目に留まったのは綺麗なブロンドの女だった。少し躊躇いながらも話し掛けようとしたら、相手が俺に気付いて柔らかな笑みを浮かべる。

「あら、貴方見ない顔ね。初めて、」

「ええ。初めてです」

「どうりで見ない顔だと思ったわ。私はフェデリーカ。よろしく」

「どうぞ、宜しくお願いします」

手の甲にキスをする。フェデリーカは気さくで明るい女で、簡単に打ち解ける事が出来た。フェデリーカは酔いが回ってくると俺を夜の庭園に誘う。夜空には無数の星。月は見えない。

「…貴方、左目はどうしたの、」

「……実はオッドアイで此方の目だけ緋なんですよ。気味が悪いでしょう」

「いいえ、素敵よ。…見せて欲しいわ」

フェデリーカの細い指が眼帯に触れ、するりと眼帯を外される。赤い瞳を彼女に向けた。彼女はうっとりと俺を見詰め、軈てキスをする。柔らかな唇。白い首筋が目に入ると、不意に体の奥底が疼き、唇を離した途端その首筋に噛み付いた。彼女は驚き叫ぼうとする。其の口に指を突っ込む。彼女の甘美な血を吸う。満たされなかったものが満たされていく。彼女の血を有るだけ吸ってしまいたかった。



其の時だった。

「獄寺っ…そうだろ、」

山本の、声。牙を抜いて、青ざめて気を失ったフェデリーカをベンチに寝かした。俺は眼帯を付けて振り返る。すぐに山本に抱き締められた。

「獄寺ごくでらごくでら…どうして今まで連絡も無しにイタリアに行っちまったんだよ。凄く心配してたのにっ…俺の事嫌いになっちゃったの、女の人といたし…それに目、どうしたんだ…なあ…獄寺…」

どうしようもなく虚しい心。俺を必要とする山本が愛しいと思える。それでも、もう人間ではない俺が山本に答える事が出来るのか。その上吸血鬼の俺を許してくれるのだろうか。

「………、」

「俺には、話せないのか…、」

山本は珍しく悲しみと怒りの隠った目を俺に向ける。そして俺の手首を強く握り、俺を何処かへ連れていく。強く引っ張られ、人混みを縫っていく。人混みを抜けた先の廊下にある部屋に俺は入れられた。

「ボンゴレには一人一人に控え室が用意されててさ…ちょうど良かった…」

山本は俺をソファーに押し倒す。身動きを取れなくされると口付けられる。もし山本の舌に尖った歯が当たってしまって、傷付けてしまったら、もし俺の牙に気が付いたら、考えるだけで不安が満ちてくる。不意に山本が怪訝そうな顔をした。

「…獄寺、口開けて」

自ら口を開ける事が出来ず、無理矢理口を開かされる。もう、終わりだ。絶望的な気持ちに陥った。

「歯…どうしたんだよ…」

山本は驚きを隠せずに俺に聞く。そしてゆっくりと左目の眼帯を外す。息を呑む山本を目の当たりにした。翠はもう、右目だけだ。山本が好きだと言っていた場所を一つ失くし、山本が好きだと言った獄寺隼人は俺じゃない。

「あ、赤に……」

何て説明をしたら良いのか分からなかった。俺は唖然としている山本の首筋に噛み付く。甘い、甘い血を吸う。誰の血よりも甘く、美味だと思った。どれだけ吸血したのか分からない。牙を抜くと青ざめた山本は力無く笑って、ソファーに倒れた。

「…山本、愛してる」

涙が一つ溢れた。これ以上山本を見てはいられずに、部屋から出て駆け出した。パーティー会場から脱け出す。其処には骸がいた。

「…見つからないようにと言ったのに」

涙でぐしょぐしょに濡れた俺の顔を見て寂しく呟く。俺の涙をそっと拭った。行き場の無い切羽詰まった表情が目の前にある。

「…今日はもう帰りましょう」



夢の中にも山本は出てきた。山本は俺の首を茨で締める。其の度に目が醒めた。眠るのが嫌になり、起き上がると隣には俺を見ている骸がいた。骸は優しく俺の手を握る。

「眠れませんか…」

「眠れるわけねぇだろ」

「僕も眠れません。隼人の泣き顔がリフレインして」

骸はするりと部屋から出ていくと、少ししてからワインの瓶を片手に戻ってきた。グラスを二つ丸テーブルに並べてワインを並々と注ぐ。一つを俺に渡す。其れをゆっくりと口へ運んだ。

「眠れるまで飲んで下さい。苦し気に魘される隼人の隣にいる僕も辛いですから」

ワインは血の様に身体を廻り、いつの間にか俺は眠りに落とされた。深い眠りは深海の様に安らかだった。夢の中の山本も、首を締めてくる事も無く、額にキスをしてくれた。



朝だろう時に目が醒めた。骸は身支度と荷造りをしている。そろそろ日本に戻るのかとぼんやりと考えた。俺はベッドから出て、脇に置かれていたワインをグラスに注いで飲んだ。淡い苦味が広がる。

「…なあ、骸」

「何ですか」

「昨日血を吸われた女は俺を覚えているのか、」

「…いえ、少し記憶が欠けているでしょう。隼人と同じで」

確かに俺の記憶は欠けている部分があった。骸に血を吸われたのを覚えていない。

「この赤い目は、吸血した時の記憶を少しではありますが消してくれます。ただし自分は吸血した事を覚えていますがね」

其れなら山本の記憶からも少し俺が欠けているのだ。少しだとしても俺に会った時の記憶を残してしまった。それなら会わない方が良かったのに。時は戻らずに進み続ける。自分の知らない道へとゆっくり、しかも速く。



山本side



俺は控え室のソファーで目を覚ました。外はやけに騒がしい。

「フェデリーカ嬢を早く医務室に運べ」

誰かに何かあったらしい。俺は獄寺に会った事をぼんやりと思い出した。尖った歯、赤い左目。それに驚いてからの記憶が無い。貧血気味でまた俺は立てなかった。

「…フェデリーカ嬢は気を失う前の記憶が無いらしい…。銀髪の男といたとは言うが…」

獄寺が何か仕出かしたのだろうか。血が上手く廻らない頭で獄寺の事を考えた。小僧なら何か知っているかもしれない。そう考えて、また俺はソファーに倒れた。



獄寺side



俺と骸は日本に帰った。並盛に戻ってきた。大して日は経たないのに酷く懐かしく感じられる。陽射しの眩しさに黒いフードを被った。商店街をふらふらと歩く。ふと目に留まったいつも行くディスカウントショップ。何となく入ってみる。気だるい音楽。暗い灯りの下に服やら靴やら。
ふと指輪が目に入る。今は指輪を買う金もない。山本といつだったか…そんな話をしたのに。
俺は店を出た。太陽を嫌う真っ暗で闇によく似た部屋に帰る。何をするでもない俺は生きる意味を失った。其れでも血を吸って生きようとするのは、本能なのだろうか。そうして俺は夜を待つ。



夜、繁華街へと出掛けようと部屋から出た。マンションの暗い廊下。ふと足元に人が踞っている事に気付いた。

「…や、山本ッ」

慌てて揺すり起こす。山本はぼんやりと起きて俺を見た。泣きそうな顔をして、俺を強く抱き締める。

「…獄寺、吸血鬼になっちゃった…の…」

山本の言葉に背筋がぞくりとした。山本が怖かったわけじゃない、自分というおぞましい存在に恐怖したんだ。

「骸から、聞いた。…全部。悲しいけど、やっぱり獄寺は獄寺だから…俺は獄寺とずっと一緒にいたい」

「…今まで通り普通にはいかねえんだぞっ…、今じゃ太陽も嫌いで真っ暗な中にいて、何をして生きるでもない。ただ血を求めているだけだ。…生きるために」

矛盾した答え。

「…それでも、いい。俺の血を吸えばいいだろ…、俺も吸血鬼になったっていい。それで一緒にいられるなら」

「…駄目だ。お前は…お前だけは…そのままでいてくれ…」

生きる意味、生きる価値も分からなくなった俺の、唯一の願い。

「それが、俺の最後の願いだ」





夜は長い。朝が来るなんて夢にも思えない程に。
夜は深い。朝が来るなんて夢にも思えない程に。
陽を忘れ、月を恋う。
白を忘れ、赤を恋う。

闇に生きて、光を愛した。
吸血鬼と人間は誓えもしない永遠を誓う。

永遠は永久に訪れないと知りながら。



end





「なあ、獄寺…、」

「ん、」

「愛してるよ」

「…俺も愛してる」

「ずっとずっと、」

「……そう、ずっと」





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