ナイフとフォークとスプーン | ナノ
ナイフとフォークとスプーン



山本×獄寺



人間には、二つ手がある。その二つの手は決して手ぶらではない。必ず両手はふさがっている。それは何故か。ナイフとフォークとスプーンの三つのうちのどれかをどちらの手にも持っているからだ。それは何となく見えてくる。コイツはフォークを両手に持っている。アイツはスプーンとフォークを持っている。そうやって見えてくる。

食べることが生きることとはまさにそうで、人間は人間を心の中で喰らう。その為にナイフとフォークとスプーンは必要になる。人によって食べ方は違う。ナイフで切り刻んでからフォークで食べるヤツ。フォークで何度も突き刺してから、またフォークで食べるヤツ。スプーンでゆっくり潰して、それをすくって食べるヤツ。

俺はきっと片方の手にナイフ、またもう片方の手にもナイフを持っている。下手な切り方をして、そして切りっぱなしにして上手く食べられない。

色んなヤツを見てきたが、一人、異質なヤツがいた。ナイフもフォークもスプーンも持っていないヤツだ。山本は何も持っていなかった。丸腰で、無防備だった。本当は持っているんじゃないかと見ようとして、ずっとコイツを見ていても、やっぱり見えない。

俺の持っているナイフはいつの間にか山本の中に取り込まれていって、消えてしまった。俺も無防備で、山本も無防備で、俺は時々不安になる。喰われちまわないかと怖じ気づく。アイツはどうかと言えば、笑ってばかりいる。怖いものを知らないかのように。
山本の子供みたいに温かい手が、俺の手を握ると不思議と不安が消えていく。フォークに刺されないか、ナイフで切り刻まれないか、スプーンで掬われないか、そんな不安が溶けていく。

山本といるとあまりにも無防備だった。人間はものを食べている時はとても無防備だ。それに似ている。知っていた感覚、でも知らなかった感覚。生まれて始めてナイフを持たず、俺は人の群れの中に立つ。彼の隣で。



end





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