恋の始まりと終わりと | ナノ
恋の始まりと終わりと



山本×獄寺 女装



部活が終わると、もう空は真っ暗で夕方というより夜になっていた。野球部の仲間と途中まで歩いてきて、途中で別れた。その途端に何となく寂しくなる。これから家に帰って夕飯食ったら宿題済ませて早く寝ようとかぼんやり考えていた。そういえば、帰る途中に友達の一人が隣の組の女の子に惚れたとかなんとか言っていたな。俺も誰かしら好きな人が出来るかな、とか漠然と考えていたが一向に出来ない。女の子によく告白されるけど断ってしまう。いつか、こう素敵な女の子と巡り合えたら良いなって心の中で思ってちょっと笑った。
その時だった。きらりと青白い街灯の下で光った。女の髪だった。プラチナみたいに綺麗で。肩までのさらさらとした髪、白くて細い足が短いスカートの下から二本。思わず立ち止まった俺に気付いたのかちらりと振り返った。同じく銀色の睫毛と翡翠色の目。振り返ったものの、すぐにまた歩き出して、街灯の光の下から消えた。
まるで幻のようだった。一目惚れとはこのことだ。俺は恋をした。あの女の人に。また会いたいと俺は切望している。さらさらとしたその髪に触れたい、白い肌を撫でたいと思ったのだった。
その夜から俺はただただぼんやりとしていた。ツナがぼんやりしている俺に気付いたらしく、凄く心配そうな顔をしている。獄寺はあんまり気にしていない。素っ気無い顔をしている。

「ど、どうしたの、山本」

「…実は、俺…、恋をしてんだ」

「こ、こいッ、」

ツナが非常に驚いた顔をする。その上顔を赤らめる。どんな人かと聴かれたから、部活から帰った時に擦れ違った、あの女の人の事を話した。ツナはちらりと獄寺を見た。

「銀髪と緑の目って…、獄寺君と一緒だね」

「お、俺じゃないッスよ。だいいち肩までの髪じゃねぇし、さらさらもしてないし」

「わ、分かってるって。それにスカートだしね」

俺とツナと獄寺、三人で神妙な顔をしていたら、授業開始のチャイムが鳴ったからツナと獄寺は自分の席に戻って行った。授業中もツナは色々と考えているみたいで、眉間に皺を寄せたり首を捻ったりしていた。俺はといえば、ぼんやりとまた彼女の事を考えている。どんな素顔なのか知りたい。想像が出来て横顔。あんなに綺麗な人はそうそういないに違いない。もしかして、もう彼氏がいたりするのかな。あんな綺麗な人、誰もほっとく筈が無い。俺は、また今日の部活の帰りにその道で彼女を待ってみる事にした。

擦れ違ったその道は人通りが少なくて待っていて凄く寂しい気持ちになった。切なくて胸がぎゅっと苦しくなった。また会えるかどうかも分からないで此処で待っているのは心苦しい。それでも待ち続けようと思った。会える可能性に掛けて俺はずっと待っていた。
すると、こつこつと足音が聞こえた。それはゆっくりで。でも俺の心臓がどくどくとなるテンポは速くなって。徐々に近付いてくる。心臓が止まりそうになった。
街灯の下に照らされたのは、やっぱり綺麗な銀髪の女の人だった。細身で、約170cm位で、スタイルが良い。声を掛けようか迷った。でもこれを逃したあとにチャンスはない。

「あ、あのッ」

女の人は歩みを止めた。ゆっくりと俺の方を振り返った。俺はくらくらしてその女の人の顔がよく見えない。頭の中が混乱している。

「…その、俺、や、山本武っていうんですけど…、その、あ、貴方の事が…き、気になって、いて…あ、の、す、好きですッ」

女の人は、俺を見上げている。俺は顔が熱くて汗を掻きそうなくらいだった。それに勢い余って告白してしまった俺に気付いて俺はまた混乱する。答えを聞くのが恐過ぎる。顔もまともに見る事ができていないのに告白だなんて。

「…私なんかで良いのかしら」

「も、もちろん」

初めて聴いた声はちょっと低い声だった。でも高い声も似合わなかな、とか頭の片隅で考えていた。彼女の答えが拒否ではなかった事に驚喜している俺。単純馬鹿だからそれが嬉しくて、何を考えているのだかも分からなくなってきた。

「……山本」

暫くして聞こえてきたのは獄寺の声。ハッとなった。目が醒めたようだ。よく、その女の人の顔を見ると、獄寺。口紅がうっすらと塗られているし、綺麗な化粧をしている。短いスカートを穿いて、そして俺を見上げている。正しく獄寺。でも獄寺だとしても何で女装をしているのがろうか。

「ったく、見つかっちまったんなら仕方ねぇな。お前と擦れ違った時冷や冷やしちまったよ。その上恋をしただなんて。まあ、分からなくもねえがな。金ねえからカマバーで働いてんだよ。なかなか人気になって客も増えるし、まあそこに知り合いも来ねぇから良いかなってさ。…お前誰にも言うなよ、黙ってろよ」

獄寺の言っている事を何とか飲み込んだ。なら、俺が恋をしたのは女装した獄寺、という事になる。ちゃんと顔を見れば良かった(見えなかった)なんて今頃思った。でも、俺は獄寺が断ったところに頷いたわけで…、

「ま、お前が好きって言うんなら付き合ってやるよ。これからよろしくな」

俺が混乱しているところに獄寺がキスをしてきた。顔から火が出そう。

「良かったな、山本」

そう言って獄寺は肩までのさらさらとした鬘を取って俺に投げた。顔面にぼふっと当たる。そしてさらさらと手の中に落ちた。
ピンで髪をひっつめている獄寺は凄く男らしく見えた。スカートを穿いているけれど。口紅を付けているけれど。
俺は失恋した様な、でもこれから恋が始まる様な、もどかしい気持ちで触れたいと強く望んだプラチナの髪を握った。



end





090610
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