あの月だけが知っている | ナノ
あの月だけが知っている



山本×雲雀



真夜中、珍しく月が綺麗に見える。屋上にはひんやりとした風が優しく吹いていた。僕はフェンスを乗り越えて、山本が飛び降り様とした場所に立つ。下を見下ろせば全てが小さく見える。上を見上げれば空が近い。怖いなんて思いもしない。寧ろ気持ちが昂っていく。彼の立った場所に立っている。彼が生と死の境にいた場所。

僕は、山本が屋上から飛び降りようとするところを廊下で見た。澄み切った青空と、彼の深刻な表情はあまりに不釣り合いだった。いつも笑顔を見せていた彼が初めて見せた顔に僕は惚れた。今まで垣間見る事すら出来なかったその表情。

彼の様に飛び降りようとしても止める人はいない。もう飛び降りてしまおうか。でも死にたいわけではない。生きていたいわけでもない。何がしたいわけでもない。
彼に叶いもしない恋をした僕は、どうしたら良いのだろうか。
彼は受け止めてくれなくても、何か有るかも知れないこの闇なら受け止めてくれそうだ。

飛び降りようか。

迷いなんてなかった。飛び降りようとした瞬間屋上の扉が開いた。

「雲雀ッ、何して…」

「…やま、もと…、」

幻を見たのかと思い何度も瞬きをする。彼が何故ここに来るのだろうか。彼はずいずいとこちらに来る。嬉しい筈なのにふと怖くなって闇に逃げたくなった。一人なら怖いものなんて無いのに、二人だと怖くなるのは何故。

「…飛び降りるつもりか、」

「…さあね」

「……飛び降りるなら、俺を置いていかないで」

生まれて初めて人に抱き締められた。彼に、抱き締められた。冷やされた身体が体温に包まれて、やっと彼が幻では無いと確信する。

「…好きだ、雲雀」

「……うそ、」

「嘘じゃない。…なんて言って…嫌われ」

僕は彼の唇を塞いだ。自分の唇で。嫌いになんかならない。嫌いになんかなれない。ただただ好き。何も、言えないけど。言葉じゃない何かで、彼に伝わると良い。

「…雲雀、雲雀?ひばり…」

名前を呼ばれる度に体の奥が熱くなり、苦しくなる。近付く程怖くなり、闇に逃げたくなる。
それを阻む様に彼の腕がきつく体を抱き締める。

「…一緒に落ちるか」

「…もう僕は堕ちてるよ」

僕はフェンスの内側に戻された。変な安心が心に訪れた。山本はいつになく優しい表情をしている。

「…好きだ」

確かに僕はそう彼に伝えた。


これは彼と僕の秘密。
他に知るのは、あの月だけ。



end





090829
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