カリカリカリ・・・

勢いよく走るペンは止まることを知らないかのごとく、ノートを数式で満たしていく。難しい数式がゴールに辿り着こうと姿を変えていく様は何とも言わんばかりに美しい。

全ての事象は論理的思考に基づいている。

とある数学者はこういっていた。
ブレることなく定められた方程式、無駄を省いた論理的解法、数々の数学者によって導きだされた有無を言わさぬ数式。
私はこのように端的に美しい数学が大好きである。
それは、平安時代をはじめ何百年も昔から築き上げられてきた日本文学に代表される婉曲表現や修辞法のように日本人が古くから好んできたものとは正反対の美の意識であった。


シャ、と証明終わりのマークをしるし、一旦走らせていたペンをとめる。
 
「ですから先生、私は国語を好きになれそうにはありません。」


日の傾きかけた静かな放課後の教室で、国語担当であり担任である坂田銀八を目の前に私はぴしゃりと言い放った。

苺牛乳を片手に、いつも通りの気怠そうな表情を浮かべていた筈の先生が少し困ったような表情を見せた。
 
「いや、お前が数学を好きなのは物凄くよくわかった。俺が数学が苦手なようにお前が国語を好きになれないのもよくわかる。わかるけどなぁ・・・、だからってテストを白紙で出されちまうとこうやって呼び出さざるを得なくなっちまうんだよ。」


先生が出席簿の間に挟んでおいた白紙の答案用紙を私の机の上に出した。名前のみ記入されているそれは紛れもなく私の答案用紙である。


「これが本当に問題が解けなかったことでの結果なら追試を受けさせるまでだったんだけどよ・・・生憎お前がこれぐらいの問題を解けないような頭脳の持ち主じゃないってことが解ってるんだな、コレが。」

「解けませんでした。」

私が間髪入れずにそう言ったら先生は苦笑い混じりのため息をついて一言・・・
その、嘘はダメだぞ、って言葉に重なって私の言葉は発せられた。


「確かに国語は苦手ではありません。記述式でない限り選択肢はあるのだから正解は必ず決まっているし、それを導き出す工程は苦にはなりません。でも、テスト中に少し変なことを考えてしまったんです。」

「変なコトってアレか、例えるならアレ的な雑誌の袋綴じのよう、
「違います。」

このかなり変り者教師のペースに乗せられないように私はすぐさまズレかけた話の軌道を修正する。


「きっと、いつもみたいに機械的に問題を解くなんてことは出来たんです、でもふと思っちゃったんです。ちょうど古文の問題に目を通しているときでした。この問題がどうこうではなくて、本当の作者はどんな気持ちでこの文章を書いたんだろうって。作者の気持ちなんて、ましてや何百年も昔の古文の文章から読み取ることなんてできるのか、もしかしたら作者の本当の心の奥底の気持ちは誰にも伝わっていないのではないかって。
そんなことを考えだしたら論点が捕まえられなくて急になんだか嫌になっちゃって、ましてや恋愛モチーフの古文なんて論理も何もないじゃないかって思って、全く美しくない、論理にかなってないって。そのままただ頭の中に身を置いてしまっていました。」


私の持論がましい、けれども事実な、白紙の答案用紙の理由を淡々と聞いた先生だけれども、きっと私の言いたいことの半分も理解できなかったような気がする。まぁ私の持論なのだから、それは当たり前なわけで。
先生はくるくると広がるふわふわの天然パーマをがしがしと掻いて口を開く。


「ぁー・・・まぁ、アレだ。テストはもういい、見逃してやる。そんなコト真剣に考えてる生徒なんてある意味天然記念物ものってことだ。
その代わり、せめて少しは考え方に幅を持たせて国語も受けとめる覚悟はしなさいね。じゃないと銀さん、寂しいから。一応国語教師として。
お前は何事にも論理論理って固すぎるんだよ。だから柔軟に対応できない。そんなんじゃ疲れっからな。いいか?世の中には論理だけじゃ対処できないものってのが沢山あるわけ。そりゃ論理だけで全てのものが片付けられたらすっげー世の中だわな、でも今のところは無理なわけよ。
それはお前がさっき言ってたよーに大昔の古文にだって表れてる。人の感情、特によく古文でもある恋ってのは論理的にはいかないの。いいか、ここ大事だかんな。」
 
 
相変わらず声や話し方は、あの"変り者教師"のままなのに、初めて聞く真面目な教師らしい言葉に私は変な感情を覚えた。


「・・・美しくない」


私のその小さな呟きに先生の眉がぴくりとあがる。


「その発言は駄目だな、0点だ。お前の大好きな論理的思考に基づいてないぞ。」


先生の目と口が弧を描いていた。―してやったり。揚げ足をとってやった。―と、言わんばかりの子供のような、イタズラな笑顔。


「そーやって感情をへつらって、恋も知らないようなやつに古文の美意識はわからないだろうな。」


完全に見下したような含み笑いと、その言い方に持論と自尊心をぽっきりへし折られた気分になった私は少しばかり声を荒げる。


「じゃ、どーしろって言うの」


そのとき、完全にオレンジ色に染まった教室の中で先生は少し眩しそうにレンズの奥の瞳を薄めた。ちょうど光を背にした私にはその光源の様はわからず、先生が照らされて眩しく映った。

少し首を傾けた先生の影が揺れる。

 
「そーだなぁ・・・お前は学生らしく恋をしろ」

「なんだそれ」


あまりにおふざけな回答に私は思わず拍子抜けした声をあげた。ははは、お前にはハードル高すぎかぁ。なんて一人笑ってる先生はやっぱりいつもの先生で、先程、多少なりとも教師らしいとこあるんじゃん、と感心してしまった私が悔やまれる。


「ぉ、もうこんな時間か・・・って俺会議じゃん!」


ふと後ろを振り返って時計を見た先生は会議の存在を忘れて私と話していたらしく、慌てて椅子にかけていた白衣を羽織った。一体何故国語教師が白衣を着るのかは生徒間での消えぬ謎である。

じゃあな、って残して教室から出ようと足早に便所サンダルを鳴らして歩きだした先生に、ペコって頭をさげた。そのとき視界の端に映った苺牛乳―それは先生が白衣を着るときに置いたものに違いなかった。


「‐―先生、これ、苺牛乳」


ガタンって音をたてながら私は苺牛乳を片手に椅子から立ち上がった。それに合わせて先生がこちらに顔を向ける。


「ぁー、残り少なねぇけどやるわ、それ。丁度いいじゃねぇか、固ぇ頭には。糖分をとれ、糖分を。」


そういった先生の顔は、先程からの眩しい夕陽の妨げによって、私が表情を伺うことを拒んだ。ただ、だんだんと遠退く先生の独特な足音の中、私の脳裏には笑顔を浮かべた先生の顔が焼き付いていた。


一人残されたオレンジ色の寂しい教室で、私は苺牛乳を片手に、それを見つめる。


「・・・甘いモノは苦手なんだけど・・・」


そう呟きながら飲んだソレは、意外にも好きになれそうな味がした。



・・・あぁ、

どうしよう。



論理的思考
糖分補給

初めての恋が教師だなんて



2011.01.14
D=LOVE
 
藍羅愛美
 
 
 
お久しぶりです、約一年ぶりですね;
相変わらずわたくしめは元気でございますが、最近は誰を一番好きなのかはっきりしないので中々書く気になりませんでした。が、尊敬しているサイト様が次々と閉鎖なされてしまい、悲しく、また寂しくなって、ふと小説を書いてみようと出来たのがコレです。コレ、実は元ネタはわたくしめでございます。私もテストをわざと白紙で出した経験があるのですね、はい。それを使ってみました。私も数学は好きです、でも国語も嫌いじゃないです、そこはこの主人公とは違うな!←
はぁ・・・私がこの世界(創作活動)に入り浸るようになってから結構経つのですが、その当時同じ時期によくランキングで見かけていたサイト様たちが皆様サイトを閉鎖していて、なんだかポツン、な気分です。って言ってもまだまだ新参者のよーなものですが;
私はサイト閉鎖は考えておりませんし、これからも小説を書いてると思います。またちょくちょくアップしますんで、お暇つぶしにでもしたってください!では、あでゅ*


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