短編小説
その刹那(1)「殺される前に殺した・・・。それだけよ。」
机と椅子が置かれただけの簡素な狭い部屋。真っ赤な服を着た女性は、目の前の男にそう語った。
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鐘が鳴る。
リンゴーンと綺麗な音を響かせる。白い教会の裏手には、十字架のいくつも並んだ墓地。そこのとある一画に、花を供える一人の女性の姿があった。
「貴方がここへくるなんて珍しいわね。」
女はやって来た男に声をかける。
男は、女とは対照に真っ黒の服を着込んでいた。目に見える荷物はなく、墓参りに来たにしては花の一つも携えてなかった。
「あら、なあに?その格好?久しぶりに姉さんの前に現れたと思ったら、花の一つも用意してないなんて。」
男は何も答えない。ただ真っすぐ女性を見て、悲しげに眉を潜めるだけだった。
「こんな男に殺されて、姉さんもさぞかし死に切れない思いをしていることでしょうね。」
男は固く口を閉ざしている。その様子に苛立ったのか、女性は男につかみかかった。
「ねえ、何とか言いなさいよ!・・・あんたが、あんたさえいなければ・・・!姉さんは、姉さんは・・・貴方を愛していたのに・・・っ」
消え入るような声でそう言うと、男を押し倒した状態で女は涙を流した。
肩が小刻みに震えている。けれど男はその肩を抱きしめることもしなかった。ただ、悲しげに彼女を見ていた。彼女が泣き止むまで。ずっと彼女が泣いてる様を見ていた。
「・・・ごめんなさい。今のことは忘れてちょうだい。」
その時男がようやく動いた。立ち去ろうとする女の手を掴み、こう言った。
「今日は、君に話があって来たんだ。」