(幼少期捏造注意)
その日フツマヤを訪れた獅郎は望みの品が手に入らず少々落胆していた。
祓魔師御用達のこの店はほぼ年中無休で時間を問わないエクソシストには有り難い存在ではあるのだが、ほぼ女将ひとりで切り盛りしているだけあって不慮の事態には対応していないらしい。
「まあ、仕方ねーな」
ひとりごちて獅郎はふと庭に目を向けた。
色とりどりの植物が視線に入る。
この店の主が代々大切に守ってきた、うつくしい庭。
赤。青。黄。緑。
よく見る植物からあまり見たこともないような色の花々まで様々な種類の植物が咲き誇る様はなかなか圧巻だ。
ふと空を仰ぐ。目に痛いような澄み切った青空と白い雲にレンズ越しの目を細めた。
「こんな良い天気の日に寝込むとは、女将もついてねーな。…んっ?」
小さな何かの存在に気づいて身を屈める。
「よお、何してるんだこんなとこで」
それは女将の一人娘でフツマヤの大女将の孫娘でもある少女だった。体が弱く、まともに学校にも通えない少女。何度もこの店を訪れている獅郎にロクに会話をしてくれたことさえなかった。
「……」
びくりと顔を上げた少女は怯えたように頷いた。そしてまたすぐに俯いてしまった。よく見ると小さなその手は忙しなく動いて何かを作っている。
「何作ってるんだ?もしかして、お袋さんにか?」
「…………」
無言ながらもしっかりと頷いた少女の手には植物の茎と花が見える。どうやら花冠を作っているようだ。
「ああ、いいなあ、風邪なんてすぐに治っちまうぞ、そうだ、そうに違いない!」
大袈裟に両手を開いて言うと少女は初めてはにかんだように笑顔を見せた。
「お母さん、よろこんでくれるかな…?」
おどおどと問うてきた少女のちいさな頭にぽん、と獅郎は手を乗せた。
「ああ、こんなキレイな花冠、喜ばないわけないさ」
ぐりぐりと大きな手で少女の小さな頭を撫でる。
少女が声を上げて笑った。
「髪の毛ぐちゃぐちゃになっちゃうよ」
「…なんだお前、」
「……?」
「ちゃんと笑えるんじゃねえか」
少女を抱え上げて獅子郎は青空を仰いだ。少女も同じように空を仰ぎ見る。
「キレイな空だな。」
「…うん」
明日は少女と母親が揃ってこの空を見られればいい。
次に逢った時にはまた、曇り無き笑顔を向けてくれるように、願いながら少女を抱え直した。
明日もきっと晴れるだろう
thanks:Aコース