「どうしてですか」

開口一番切り出した彼女の口調はまるで聞き慣れないものだった。そこに在るのは非難か批判か、裏切りへの悲しみか苦しみか。

「なぜあんなことをしたんですか」
「そううまくしたてないで、お茶でもいかがですか」

茶化すように両手を上げてみせる。
真剣な彼女を嘲笑うかのように。

「理事長!」

彼女から感じ取れる感情は
悲しみ苦しみ怒り戸惑い。
負の感情ばかりだ。

メフィストは声に出さずに笑った。

なんて悲劇だ。それとも喜劇か。

笑わずにはいられない。

いつも笑っていた彼女。
たとえ怒っても泣いていてもそこにはあたたかな、春の日射しのような優しさが常に感じられていた。
ふわふわと砂糖菓子のように、甘い、やわらかな、やさしいものだけで作られたような少女、それが杜山しえみだった。

なのに

この変貌ぶりはどうだ、
それはすべて、自分のせいなのだ!

残酷な悦びに支配されながら
メフィストは彼女を呼ぶ。

「こちらにおいで。」

桜色の唇を噛みしめてしえみはこちらに来る。

なんて馬鹿な娘。
なんて愛おしい娘。

彼女の愛しい者たちを壊し、彼女自身も壊そうとしているのはまさに今なのに!

「私を見なさい。」
「………」
「私が憎いですか。」
「…わかりません。でも」
「何です?」
「どうしても、わからないんです、信じたくない。」

メフィストはそっとしえみの背に手を回した。
一瞬びくりと彼女が震えたが逃れようとはしない。

「では信じなければいい。」
「…?」
「あなたは何も知らない、見ない、何も起こっていない。怖いことなど、かなしいことなど、何も。」
「嘘…」
「嘘ではない。私の眼を見なさい。」
「り、じちょう」

捕らえられた翡翠の瞳がとろとろと溶けていく。
今、彼女の中には自分しか映っていない、
自分のみが、彼女の世界なのだ。

「誰も何も、怖い目になどあっていない。ひどいことなど起こっていないのですよ。」
「…そうなのでしょうか。」
「そうです、疑わないで。私を見なさい。私だけを、見ていればいい。」
「…はい」
「そう。良い子だ」

脱力し、躯を預けてくるしえみを抱きとめその髪にキスをする。やわらかな感触、甘いにおい。
彼女には憎しみなど似合わない。すべて忘れさせてやるのだ。そして自分を焼き付けるだけだ。それだけいい。

「おいで。そう、良い子ですね」

ゆっくりと彼女を抱きながら椅子に座る。そのまま膝に乗せ額から頬を舐める。唇を軽く噛んでやるとびくりと震えた。

「さあ、あなたにふさわしい鳥籠を用意しましょう。」

美しい金糸雀は飛び立つことはない。


永久に閉じこめて自分だけがそのさえずりを、可愛らし鳴き声を堪能すればいい。



金糸雀はもう啼かない。





thanks:徹透



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