抱きしめたからだは、とてもやわらかい。
あたたかくてふわふわしていて、ちょっと力をこめればすぐに壊れてしまいそうだ。
大きく息を吸えばやさしいあまい香りが燐を満たす。
その香りは燐の心を体をくすぐり、凶暴な本能を引き出すとともに、どこかなつかしいようなさみしいような哀しいような感情も引き出し、どちらも持て余す燐は、抱きしめたからだを一層深くきつく抱きしめるのだ。壊してしまわないように。
「燐?」
抱きしめられたまま、何も言わない、自分の胸に顔を埋めたまま止まってしまった燐に、しえみは訝しげに声をかける。頭をすりすりと押しつけてくる彼はこどもみたいに見えた。それがなんだかとてもかわいらしく見えて、しえみは燐の頭を軽く撫でた。
「なんだか今日の燐は可愛いね。」
「…おまえ、男に可愛いなんて言うんじゃねえよ」
「だって可愛いんだもん」
言いながらも髪を弄んで楽しそうに頭を撫でるしえみから燐は離れようとはしなかった。
このときばかりは悪魔のことも、サタンのことも煩わしいことを全部忘れて、彼女に溺れたい。
自分と彼女以外誰も何もいない、誰の目も届かない絶対不可侵の領域。この時間を邪魔出来る者など、ありはしないのだ。