しえみが知らない男に抱きしめられていた。
頭に血が昇った。彼女に触れた腕を粉砕してやりたくなった。
教師たちが止めに入らなかったら、本当にそうしていたかもしれない。
相手はかなりの深手を負い、自分は一週間の停学処分になった。
「あー、暇、だな、チクショー」
ベッドに寝ころんでひとりつぶやいた。
親は仕事、弟は学校、家の中にはひとり。
停学・謹慎をくらった身では外に出ることもままならない。
あれっきり、しえみは顔を見せていなかった。
暴力を振るうような男には会いに行くなと言われているのかもしれない。
ひどく投げやりな気持ちになって宙に拳を振り上げた。
「…どうしてんかな」
目を閉じても開けても彼女の顔が浮かんでくる。
寝ても覚めても逢いたくていつでもそばにいたくて、
すきですきでたまらない彼女なのに。
きっとしえみは怒っている。悲しんでいる。
自分が暴力を振るうことを彼女は何よりも嫌う。人を傷つけることも。
嫌われたかもしれない。
もしかしたら終わりになるのかもしれない。
「馬鹿だな、俺」
「そんなことないよ」
「ふっ、とうとう幻聴が聞こえてきたか、って、し、しえみ!?」
「インターホン押しても出ないし、鍵開いてたから、お邪魔してます。」
「お、おう、でもお前学校は?」
「早退してきちゃった。」
「どっか悪いのか!?風邪ひいたのか?」
「ううん……燐に、逢いたかったから」
曇りのない瞳で見つめられて心臓が早鐘を打つ。
大きな翡翠の瞳は少し潤んで燐を映していた。
「……怒ってんだろ」
「ううん。怒ってないよ。」
「本当か?」
「うん。ごめんね、ごめんね、燐」
「何謝ってんだよ」
「だって、私のせいで!」
「お前が悪いんじゃねえよ、手を出した俺が悪い。しえみに悲しい想いをさせたのは俺だ。」
「私が優柔不断な態度とってたからいけないんだよ、ちゃんとはっきり言えばよかった。私は燐がすきだって!」
「お、おまえ…」
唇を噛み締めて小さな手を握りしめてしえみはぽろぽろと大粒の涙を流した。
雫はしえみの白い頬を濡らし滴り落ちる。
「何泣いてんだよ。泣くなよ…」
丸い肩を引き寄せて腕の中に閉じこめた。
絹糸のような髪を梳くとあまい花の香りがした。
「燐、すきだよ」
「俺も」
やわらかい躯、あたたかなぬくもりに先ほどまでのささくれ立った感情が一気に溶けていく。しえみがいるだけでこんなにも。
「しえみ」
抱きしめていた腕を緩めて顔を見ると微笑んで目を閉じてくれた。
そっと口づけるとおずおずとキスを返してくれる。
飽くことなく何度も唇を合わせた。
「……んっ」
うっとりと融けた瞳、艶めく唇、熱い吐息。
(これは、やばいかも)
考えるより先に躯が動く。
気がつけばしえみを抱きしめてふたりベッドに倒れ込んでいた。
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