「はい、燐」
箸を持ってこちらを向いてくるしえみは真剣そのものだ。
「お、おう」
どう見ても食べ物にはみえない真っ黒なそれに恐る恐る鼻を近づけてみる。
おそらく大丈夫そうだ。うん、多分大丈夫だ。いや大丈夫に違いない。
自分に言い聞かせながら意を決してそれを口に入れた。
「どう?」
もぐもぐと噛み砕きながらごくんとそれを飲み込んだ。
「悪くないぜ、このコロッケ!見た目は悪いけどちゃんと食い物の味がすんし。」
「……それ唐揚げ」
「…そ、そうか。」
「はあっ…いくら練習しても燐みたくうまくできないな」
大きな溜め息をついて肩を落としたしえみの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
そんな顔はして欲しくない。
「何度も言ってんだろ、しえみは料理なんか出来なくていいんだよ、俺ができるんだから。」
「だって!私だって燐に美味しいご飯つくってあげたいんだもん」
ぷうとしえみが頬を膨らませる。
小動物のような仕草が可愛らしい。
「気持ちは嬉しいけど無理すんな。人間向き不向きがあるんだからよ。あ、お茶くれよ」
「うん」
水筒からコポコポと湯気をたてて琥珀色の液体がカップに注がれる。
良い香りが漂って燐の鼻孔を満たした。
ふうふうとしえみの桜色の唇がそれに息を吹きかける。
「はい、熱いかもしれないから気をつけてね。」
「おう…やっぱりうまいな。しえみのハーブティ」
「ホント?」
「ああ、しえみはこんな美味いお茶が淹れられるんだからそれで十分だよ」
「…うん。」
「ほらこれ食えよ、俺特製の肉巻きおにぎり」
「わあ美味しそう!いただきます」
大きく口を開けてしえみがおにぎりを頬張る。
「うーん、美味しい!やっぱり燐はお料理上手だねえ」
「まあそれほどでも、あるけどな」
「あはは何それ」
誰かの為に、それもすきでたまらない相手の為に特技を生かせるなんてなんてしあわせなことだろう。
「おい、米粒ついてるぞ」
「え、どこ?」
「そこだよ、そこ、ああ、違う違う、ちょっと、動くなよ」
燐の手がしえみの後頭部に伸びた。
「え、燐?」ぐいと引き寄せられたしえみは一瞬何が起こったのか分からなかった。
燐の唇がしえみの頬に寄せられて彼の舌がそこに軽く触れて。
離れた。
「……取れた」
「り、燐!な、何して」
ぼっと、火がついたように真っ赤になってあたふたするしえみを見て燐も顔が熱くなってくる。
「別にこれくらいいいだろ、俺たち、その、なんだ、つきあってんだから、よ…」
「そ、そうだね、燐は私の彼氏、だもんね……」
「何やアレ、見てる方が恥ずかしいわ」
「ええなええな、めっちゃ羨ましいわ」
「志摩さんは涙と鼻水を拭いたほうがええよ」
「すっかりふたりの世界やな、入り込めんわ」
「ここ、教室なんですけどね」
「ええなええな俺も出雲ちゃんにしてもらいたいわ」
「…絶対にお断り。それより顔拭きなさいよ」
互いに気恥ずかしくて、俯いてしまったふたりを遠巻きに眺める影があることを知る由もない燐としえみだった。
thanks:徹透