湿気を孕んだ風が頬を撫ぜた。
雨が降るのだろう。

深く息を吸って、吐く。
土の匂い、風の匂い。
大地を潤すやさしい薫りが鼻孔を満たす。

目を閉じてもう一度、ゆっくり息を吐く。
頭を、頬をあたたかな水滴が滴うのを感じなから目を閉じる。

木が、草が、花が、小さないのちたちが、潤い、大地の恵みを歓迎しているかのように感じてしえみも嬉しくなる。

ふと、上から何か降ってきたのを感じて頭に手を置いた。少しかたい感触のそれはしえみの頭からほぼ全身をすっぽり覆っていた。

「…コート?」

見覚えのある、黒い布の持ち主はすぐに姿を現した。

「進んで雨に打たれるとはキミは馬鹿ですか」
「…アマイモン?」

そう言うアマイモンも傘など持ってはいない。いつも身につけている黒いコートをしえみにかぶせて雨粒が頭から降りてくるのも構わずにただしえみを見つめていた。

「いいの。私、雨はすきだもの。」
「…ボクも雨はすきです。物質界の中で唯一、雨は大地にやさしい。」
「………そうだね。」

雨は勢いを増して降ってきた。でも少しも冷たさは感じない。
唐突に土のぬくもりを感じたくなって、しえみは足袋を脱いだ。続いて草履も脱いで素足になってしまう。
素足に濡れた土はやさしく貼り付いた。

「何をしているのですか。」
「気持ちいいよ。アマイモンも靴脱いだら?」
「…キミのすることは予測がつかない。」

ふうっと大仰に息を吐いてアマイモンはブーツを脱いだ。そのまま腕が伸びてきてしえみは捕らえられてしまう。

「あ、あの。」
「そうですね。キミの言うとおりだ。これは気持ちが良い。」
「……」

捕らえられた腕の中、しえみは動けずにいた。
雨の音、湿った土、彼の匂い。
目を閉じると一層強く感じられる気がした。

どこからが大地の匂いでどこからがアマイモンの匂いなのかもわからない。
そっと両腕を彼の背中にまわすと頬の雨粒を掬い取るようにあたたかな舌が降りてきた。

「しえみは甘いのですね。それに、いい匂いがする」
「…あなたも、いい匂いがする。やさしい匂い」


雨はまだ止まない。

ひとつになったふたりのシルエットを
やさしく覆い隠すように。




thanks:透徹





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