まっちんぐどき


帰りのHRが終ると、教室は一気に騒がしくなる。掃除をするために机を下げ始めれば、それを合図に人口密度が低くなっていった。部活動に行く者、委員会活動に行く者、帰宅する者。残念ながら三郎はどれにも属していなかった。一週間置きに訪れるかったるい事この上ない掃除当番だ。班単位で行われる掃除は大体いつも適当にやってお開きになる。比較的楽である箒が取り合いになるのはどこの班でも同じ事だった。そんな箒を勝ち取った三郎は早々に床を掃き始めた。さっさと掃除を終わらせて帰りたいのだ。テキパキとゴミを集めて班員に机を前に出す様指示を出した。教室にはガラガラと机を引っ張る音がでしゃばりだす。そこに聞き慣れた声が飛び込んできた。

「鉢屋いる?」

隣のクラスの尾浜勘右衛門だ。前方の扉から顔を出して手招きをしていた。良い所に来た。三郎が、お前が来い、と声をかけると勘右衛門はひょこひょこと教室に入って来た。

「勘右衛門、机手伝って。暇だろ?」
「ああうん、いいよ」

ちゃっかり勘右衛門に手伝わせる事に成功した三郎。それで?と本人も忘れかけた話を振ってやるのも忘れない。

「そうだよ!帰りゲーセン寄ろうって言いに来たんだよ俺。なんか掃除手伝わされてるけどさ」

勘右衛門は文句あり気に三郎の机を引きずり、前まで持って来ると容赦無く机に座った。三郎も床を掃く手を止めて近くの机に寄り掛かった。

「ああゲーセンか。いいな、行くか」
「なめこ欲しいよなめこ」
「なめ子か」
「違うよスタンダードなめこだよ」
「そんなお前にはマサルしか取れない呪いをかけてやろう」
「やめて!かばんにもケータイにもマサルばっかり付いてる俺の隣歩きたいの!?」
「私はほら、雷蔵の隣歩くから。お前は変人仲間の兵助の隣歩けば?」
「やだよう!鉢屋の横が良いよう!」

勘右衛門は、鉢屋のばかあ!とわざとらしい泣き真似をして見せた。対して三郎は、はいはい、と流して止めていた掃除の手を再び動かした。何だかんだ言いながらも掃除には協力的な勘右衛門だ。三郎に倣って率先してちり取りを手にした。そのちり取りで遊び始めたのは想像通りだった。

勘右衛門の協力もあってか、掃除がいつもより少し早く終わった。三郎は勘右衛門に急かされてあくせくと荷物を纏めている。帰りはいつも、勘右衛門、兵助、雷蔵、八左ヱ門、三郎のお昼のメンバーで時間が合えば一緒に帰る事が暗黙の了解になっていた。しかし今日は雷蔵は委員会、八左ヱ門と兵助は部活、部活も委員会も無い暇な人間は三郎と勘右衛門だけだった。ハイテンションの勘右衛門にファイルやら筆箱やらをかばんに投げ込まれて、三郎はやっと教室を後にした。勘右衛門は三郎の手を引いてぐいぐいと足早に昇降口に向かう。この際三郎の、痛い離せ引っ張るな、は無視の方向だ。結局三郎は電車に乗るまでその状態のまま、手を離してもらえる事は無かった。
三郎と勘右衛門が電車を降りたのは、二人が利用している乗り換えの大きな駅のひとつ前だった。乗り換えに使う駅のゲームセンターは人口密度が異様に高く、上級者のたまり場となっている。それに引き替え、ひとつ前の駅のゲームセンターは、ガラガラな訳ではないがそこそこ空いていて、所謂穴場という所だった。クレーンが中々充実していて、三郎達が良く利用している場所だ。入口の前の客引き用クレーンにはすでになめこストラップがみっちりと敷かれていた。勘右衛門の目が輝きだす。勘右衛門は再び離していた三郎の手を掴んで、建物の中へと足早に入り込んだ。

「鉢屋!なめこいっぱいあるよ!どれから行こうか、これは悩むな」
「とりあえずその辺のストラップから入ったらどうだ。マサルが山積みになってる事だしな」
「やだよ!隣の台のノーマルなめこ狙うよ!」

どうやらクレーン界は今なめこを全面的に押しているようで、なめこグッズのクレーンは沢山並んでいた。勘右衛門は早速なめこを取るべく100円玉を投入した。アームを動かしてぬいぐるみの山に突き刺せば、途端にいくつかのストラップが落ちて来た。勘右衛門はクレーンに関しては鬼の様な才能を発揮する。彼に1000円渡せば大量の戦利品と共に帰って来るだろう。落ちて来たなめこを回収してみると、見事にすべて別の種類のものだった。普通のなめこ、枯れなめこ、白なめこ、大なめこ、そしてマサル。

「よかったな、マサル取れたじゃないか」
「ま、マサル…。お前どこから落ちて来たんだ」

どうやら勘右衛門が狙いを定めた所にマサルはいなかったらしい。さすがホラー系なめこと言えよう。

「もうこの台はいいかな。うん、ね、鉢屋ぬいぐるみ取りに行こうよ」

身を翻した勘右衛門が向かったのはすぐ後ろにある一回200円の大物が取れる台だった。三郎は前にどうしても欲しかったフィギュアを3000円賭けて狙った事があったが取れず終いだった苦い経験があった。それ以降は200円の台はどうにも警戒してしまうようになった。しかし勘右衛門は鼻歌混じりに200円を投下しクレーンを動かし始めた。狙いは少し大きめな猫なめこだ。最初の200円でアームをタグに引っ掛けてズルズルと手前まで引きずって来る。そして二度目の200円でひっくり返す様にポケットに放り込んだ。ちなみに三郎は400円で取れた事など一度もない。

「よーし乗ってきた。三郎、向こうのデカイ黄金なめこなめこ取りに行くよ」

向こうの、と言うのは大きなぬいぐるみがひとつひとつ並べられていて、アームも特別に大きい台だ。アームの弱さは相変わらずで、やはりこの台も一回200円のものだ。

「おい隣にデカイマサルがいるぞ。黄金なめこでいいのか?本当にいいのか?」
「鉢屋なんでマサル押しなの!マサルが好きなの?俺よりマサルを選ぶって言うの?」

この浮気者!と勘右衛門は涙を拭うふりをして、黄金なめこに200円を入れた。

「いいじゃないかマサル。あれで中々可愛いぞ。少なくともお前よりはな」
「鉢屋の馬鹿!そんな事言う鉢屋にはマサルプレゼントしちゃうんだからね!」

またしても400円で手にした特大黄金なめこを取り出し口から引き出した勘右衛門は、隣のマサルが横たわる台に200円を投入した。三郎に、王様持ってて、と黄金なめこを押し付ける。アームが背中で白い虚ろな目をした菌類を押すとゴロンと頃がって出口に近付いた。もう200円でもう一度出口に向けて転がす。そして最後の200円でマサルの傘部分、いや、頭をアームで突き刺し見事マサルは取り出し口に落ちてきた。三郎は抱えていた黄金なめこを小脇に挟み取り出し口からマサルを引き抜いた。ズルッと出て来たマサルはやはり隠しきれないホラー臭を漂わせていた。

「うわあ本当にマサル取っちゃったよ。夜中目が合ったら固まるよそんなの」
「なんだよ。この何を見てるかわからない目がいいんだろ」
「それ鉢屋にあげる。お菓子取りに行こう」

勘右衛門は三郎に預けた黄金なめこを受け取りお得用菓子類の方に歩いて行った。心なしか足取りが軽く、足を踏み出す度にいつもより髪がぴょこぴょこ跳ねている様に見えた。その後ろ姿に三郎は背を向けて入口方向に向かった。
三郎が足を止めたのは、先程勘右衛門が取ったぬいぐるみストラップの台の隣の台だ。比較的簡単であろうその台なら、クレーン下手な三郎でも今なら取れる気がしたのだ。
財布から100円を取り出し、投入口に飲み込ませる。狙うはコシカケに寝そべったなめこである。上手くすれば近くにあるなめこモドキも落ちて来るかも知れない。期待を胸にボタンに力を込めた。先ずはアームを横に移動させる。ここまではいいのだ。問題は縦の移動だ。三郎はいつもここで手前過ぎたり奥に行き過ぎたりと、狙った所に止められない。そして空振りしてアームが帰ってくるのだ。緊張で高鳴る胸を感じながら問題の縦移動ボタンを押した。横からは見えない様になっていて己の勘を信じるしかない。自分のタイミングでボタンを指から離した。アームはゆっくりと真下に向けて降りて行く。三郎は落胆した。思っていたよりもアームが手前過ぎたのだ。アームはコシカケの足元を掠ってホームポジションに戻ってきた。あともう少しだったのだ。三郎は再び100円玉をクレーンに与えた。横移動には緊張など皆無だが縦移動になると指先が震え出す。先程の失敗が三郎の頭にこびり付いて離れない。ボタンに指を添えてはいるがどうにも押すことが出来なかった。

「あ、鉢屋ここにいたの。探しちゃったよもう」

背後から現れた勘右衛門は貰ったビニールの手提げからはみ出る程の菓子類を詰め込んでいた。左手にはこれぞと言わんばかりのペロペロキャンディーを持っている。あの量は一週間持たないな、というのが三郎の最初の感想だった。台に近付いて来た勘右衛門は、どれ狙ってるの?とぬいぐるみの山を凝視する。

「あれ、あの、左手前のコシカケ」
「あああれね。おっけおっけ」

よーし、と勘右衛門は三郎の真後ろから左腕を台に付き右手を三郎の手ごとボタンに沿えた。三郎は勘右衛門とその両腕に閉じ込められている状態だ。勘右衛門の手から圧が掛かり、アームが進んで行く。その圧は思ったより早く離された。これでは先程と同じ結果になってしまう。勘右衛門は手をボタンから離すと、両側から腕を三郎の胴に巻き付けた。顎は三郎の左肩に乗せている。

「おいこれは手前過ぎないか」
「大丈夫大丈夫。アーム真っ直ぐは落ちないから。あれちょっと曲がるから平気だよ」

言葉通りアームは広がりながら落ちる際にほんの少し角度を変えた。そしてなめこの胴と傘の継ぎ目に刺さった。アームが内側に閉じて行くと自然に幾つかのなめこ達が出口に向かって落ちて行った。三郎は勘右衛門を払い落とすと、嬉々としてしゃがみ込み戦利品を引きずり出した。酷いよ鉢屋、と言う声は完全無視の方向だ。落ちてきたなめこは、狙っていたコシカケと三郎イチ押しのマサル、そしてなめこモドキがふたつ。三郎はふたつのなめこモドキを一拍見詰めて、片方を勘右衛門に差し出した。

「やる」
「いいの?やったーお揃いだ!」

勘右衛門は早速ケータイをポケットから引き出すと、大量のストラップの中になめこモドキを取り付けた。ストラップにしては大きななめこモドキはケータイ本体よりも大きくて、却って邪魔に思えた。それを勘右衛門に伝えると、勘右衛門は、いいの!、と満足気に笑った。
両手が戦利品の山の詰まった袋で塞がり、目当てだったなめこも菓子類も手に入れた為、勘右衛門は満足したらしい。帰ろっか、と三郎にペロペロキャンディーを差し出した。三郎も巨大なマサルと、その他勘右衛門から貰った諸々で大荷物になっていた。キャンディーを受け取ると、勘右衛門が思い出した様に声を上げた。そして三郎になめこモドキを出す様に要求し三郎のケータイをかばんから抜き取った。何も付いていなかった三郎のケータイは勘右衛門の早業でケータイより大きななめこモドキが取り付けられた。

「おい、邪魔だろ流石に」
「外しちゃダメだからね」

勘右衛門はなめこモドキのぶら下がった自分のケータイを見せた。三郎は思ったよりも嫌だと感じなかった自分に少し驚いて、自分のケータイのなめこモドキを見た。ふてぶてしいその顔は三郎を笑っているかの様だった。

三郎は家に帰ると先ず勘右衛門に貰ったマサルをベッドの枕元に座らせた。残りの小さいものは机に並べる。三郎の部屋はすでに、雷蔵や勘右衛門が持って来たぬいぐるみや、兵助が持ち込んだ四角く白いアレのぬいぐるみが大量にあった。予定外のファンシーさに時々嫌になるが良心が痛み処分できず、またぬいぐるみが増えていった。猫や熊の中に混じるマサルは異様な空気を発している。三郎はそのギャップに小さく頷くと手元の重くなったケータイを見た。お揃い、お揃い、と何度か口にしてみると恥ずかしさが込み上げて来た。思わずベッドに倒れ込み枕に真っ赤になった顔を押し付ける。そしてまた、お揃い、と小さく呟いた。


END


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