日だまりの若葉







「レイジ! レイジー!」
 どたどた足音とともにキッチンに駆けてきた陽太郎に、木崎レイジは無言のまま眉をひそめた。とりあえず料理の手を止めて一旦コンロの火を落とし、手にしていた菜箸をシンクに置く。そして膝を折ってかがみ込み陽太郎と目を合わせようとする……が、結局それは叶わなかった。陽太郎が俯いていたからだ。
「どうした陽太郎、何かあったのか」
 陽太郎の様子にただならぬものを感じた木崎は顔をのぞきこむようにして問いかける。ようやく見えた陽太郎の顔は、悲しいような、怒っているような、さまざまな感情がないまぜになった表情を浮かべていた。
(……こりゃ確実に一嵐くるな)
 木崎はそう確信し、「黙ってたら何も分からないぞ」と付け加えてさきほどの質問をもう一度繰り返す。のろのろと顔を上げた陽太郎に、何か違和感を感じた。それが何か分からないうちに、陽太郎は「ん」、と短く呟いてこちらに何かを突き出した。
 差し出された「それ」は、陽太郎を知る人間にとって――特に木崎にとってはなじみのあるものだった。
「……ヘルメット?」
 そう、陽太郎が差し出したのは陽太郎のトレードマークと言っても過言ではない愛用のヘルメットであった。そしてそれは怪我の絶えない陽太郎にいつだったか木崎手ずから作ってやったものでもある。壊しでもしたのかと思って差し出されたそれを手に取り確認するも、見る限りでは特に問題はなさそうに見えた。ますますわけが分からない。
 もの問いたげになってしまう木崎の視線に、陽太郎は唇を尖らせ、
「――んだ」
「ん?」
「ヘルメットが、ちぢんだ」
 もしかしたら、どれくらいの時間かは分からないが、自分はぽかんと口を開けていたかもしれない。少しの逡巡ののち、木崎は手に持っていたヘルメットをかぽりと陽太郎の頭にかぶせようとした。
 ――出来なかった。正確には、無理にやろうとすれば出来なくはないが、その場合は陽太郎の頭に負担を強いることになるだろう。陽太郎はつまり、ヘルメットがかぶれなくなったと言いにきたのだ。
 しかし、木崎には陽太郎がヘルメットをかぶれなくなった理由がヘルメットが縮んだことではないとはっきり分かる。ダイニングのほうに目をやると、窓際に置かれた観葉植物の葉が夏の日差しを浴びて輝いていた。そしてその葉は明らかに以前より伸びている。
 要するにそういうことだ。陽太郎が顔を上げたとき感じた違和感に解が出る。
 木崎はかぶせようとしたヘルメットをはずすと足下に置いた。
「陽太郎、最近ヘルメットをかぶっていて頭が痛くなることはなかったか?」
「おれ、ビョーキになんてなってないぞ」
「そうじゃない。どう表現したもんか…………そうだな、ヘルメットをかぶっていると頭がギューっとなることがあったんじゃないか?」
 陽太郎が理解しやすいように手で頭を押さえるような仕草もしながら尋ねると、陽太郎は言われてみればという顔で頷いた。
「ちょっとまえくらいから、かぶってたらぎゅーってなったな」
「やっぱりな」
「……ちぢんだんじゃないのか?」
「違う。おまえが大きくなったんだ、陽太郎」
 陽太郎の頭に手を置いて言ってやると、陽太郎は目をぱちくりさせた。木崎の手のひらの下にある陽太郎の頭はまだまだ大人よりちいさいけれど、若葉のように成長しているのだ。木崎はつんつんとした陽太郎の髪の毛をかき混ぜた。
「おれが……大きくなった?」
「ああ。そういえば背もちょっと伸びたな。毎日見てるから気付かなかった。そのうち新しい服も買いに行こう」
 陽太郎はぱっと明るい表情になったが、それはすぐに萎んでしまった。その視線は足下のヘルメットに注がれている。
「これ、もうかぶれないのか?」
「市販のなら大きさが調整出来るのもあるんだが、これはおまえの頭のサイズに合わせて作ったからな……難しいだろうな」
 そうか、と陽太郎はしょんぼり肩を落とした。どうやら陽太郎はこの木崎お手製ヘルメットをいたく気に入ってくれていたらしい。
 来年には陽太郎は小学校に上がる。そうなれば通学帽なり市販のヘルメットなりが学校から配られるだろう。たとえサイズが合わなくならなかったとしてもそのときにはこのヘルメットの役割は終わっていた。はずなのだが。
 その時まで、その小さな頭を守るものを与えてやりたいと木崎は思った。
「……お前の誕生日ぐらいまでには新しいのを用意してやる」
 勢いよく木崎を見上げた顔が、日だまりの若葉のように輝いていく。
「……! ほんとうか!?」
「ああ」
 同意してやりながら、木崎は今任務で席を外している同僚、迅悠一のことを考えた。木崎は自他共に認める無骨者で、いわゆる「カッコいいデザイン」というものが苦手である。玉狛の後輩である三雲修の隊服のアレンジをしたのは迅だという話だし、あいつはきっとこういうのは得意だろう。京介や修、遊真にも聞いてみてもいいかもしれない。少しだけ大人になった陽太郎に合ったヘルメットを作ってやろうと思う。……今度はアジャスター付きの。
 嬉しさかぴょんぴょん跳ね回る陽太郎が寝そべっていた雷神丸に躓いて転んだ。新しいヘルメットの必要性を改めて感じながら、木崎は「気を付けろよ」と声をかけた。

 そして9月22日。
 真新しいヘルメットをかぶった陽太郎が、思いなしかいつもよりほこらしげに、それでもやはり普段と変わらず、雷神丸の上でふんぞり返っていた。
 役目を終えたヘルメットはきれいに洗われて、物干し台から役目を引き継いだ後輩に手を振るように風にゆらゆらと揺れていた。


(おわり)


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ぷらいべったー、ぴくしぶから再録。
ワートリSSはこれが初でした。陽太郎誕生記念。
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