出水公平の青春
※暗い
※遠征・学校について捏造しています
※台詞はありませんが名無しモブ(男)要素を含みます




 出水公平の青春は、ときどきひどく血なまぐさい。
 不動のA級1位、太刀川隊に所属すること。それは「遠征に行くこと」とほぼ同義である。隊長の太刀川が防衛派筆頭である忍田の弟子にも関わらず城戸派に所属しているのは、ひとえに遠征に行きたいがため。しかもその遠征に行きたい理由は曰く「近界にいる強いやつと戦いたい」と単純明快で、これには師匠の忍田も苦笑いしたとかしなかったとかいう話だ。
 ……それはともかくとして。
 「遠征に行く」ということを目的とする以上、いつか「その日」が来ることは覚悟しなければならないことだった。
 「その日」、人の死に触れること。あるいは――人の命を手にかけること。

◇◇
 
「あ〜〜〜〜〜〜〜……」
 無駄に延ばした呻きの語尾が、暗い空へと漂い消える。夜の帳を下ろした宙に針で穴を開けたように無数の星が瞬いていた。故郷の空とは大違いである。さながらプラネタリウムの様相を呈している空から視線を落とし、傍らに積んであった棒切れを薪の中に放り込んだ。真っ赤な火花が舞い上がる。ぱきり、と弾ける音がした。
 背後には巨大な遠征鑑。今は夜の見張り中だ。ところによっては問答無用で襲撃してくる輩もいる。あたりにセンサーを巡らせてはいるらしいが、念を入れるに越したことはない。
 ふあ、とあくびをひとつ。あたりは不気味なほど静まりかえっている。
「暇だなー」
 見張りは時間交代制である。交代まではあと一時間ほど。人の気配はない。
 しかし、暇だという言葉に反して神経は張りつめていた。

◇◇◇◇

 出水は過去に一度だけ、人型近界民――人を殺したことがある。
 嘘っぽいほど静かな、雨の降る夜のことだった。
 ボーダーの遠征において、交戦はなるべく避けるべきものとされている。万一に備えて黒トリガーにも対抗可能なメンバーを揃えているのも自衛のためだ。近界では戦争中の国が多い。無闇な攻撃は新たな戦場を生む。よって、遠征部隊の力は露払いにおいてのみ使われた。
 遠征の目的は「近界のトリガー技術を入手すること」が主な任務になる。その遂行手段は状況にもよるが基本的に潜入だ。ある国で、旅の一団のひとりとして街に潜り込んだ出水は一人の少年と知り合った。そこは戦には弱かったけれども資源が豊かでとても治安がよく、戦争が小康状態となってささやかな祭りを催していた。少年はその国の若きトリガー使いで、市場で慣れぬ文化に四苦八苦する出水を助けてくれたのだ。
 年のころは大体同じだったこともあって、二人はあっというまに親しくなった。少年は素直な気質をしていて自分の国がいかに努力して敵国を撤退させたか、あるいはトリオン兵の運用についても自慢げに出水に話してくれた。自分の身の上について本当のことを話すわけには行かなかったから、これまで巡ってきた国について適当にでっち上げて話してやった。少年は呆気ないほどあっさり信じ込んで、出水の話す色々なことを興味深そうに聞いていた。「情報収集は結構だが、余計なことを喋るなよ」あらかじめ風間にそう釘を刺されたこともあり、単なる情報を仕入れるための一手段と割り切っていたつもりだった。ときどき「ふつうの高校生」の顔が出てしまっているような気がしていたのは、気のせいだと思いこんだ。
 だが、平和はいつまでも続かなかった。
 ちょうど軌道が近づいた他の国が資源を求めて攻め込んできたのだ。
 こういうとき、遠征組が取る行動は大きく分けて二つ。傭兵として防衛に協力し、報酬を得るのが一つ。あるいは中立を貫き、タイミングを見計らって別の国へと移動するのが一つ。今回は後者だった。手に入れるべきものは手に入れた。長居は不要だという考えだった。
 その話を聞いたとき、少年の顔が浮かばなかったかといったら嘘になる。トリガー使いの少年は、愛する国を守るため、その身を戦火に投じるのだろう。だが出水は「友人」でもなければ、ましてや「同志」でもない。攻め込んで来た国は情報によれば結構な大国で、もしかしたらこの国は滅ぶのかもしれないが、それは出水――出水「たち」にとっては何ら関係のないことだった。
 だから、仕方がない。せいぜい頑張ってくれ。そうやって跡形もなく消える流れ者の一団。それでいい。そう思っていた。
 滞在最後の晩、出水たちの逗留地周辺が戦場と化すまでは。
 その日の見張りも出水の役目だった。あまりにも静か過ぎて警戒しているといいつつもやはり少し気が抜けていたのだと思う。「強化聴力」のサイドエフェクトを持つ菊地原ならまだしも、暗闇に姿を隠した敵に気づくのが少し遅れた。
 会話の内容からして、相手は夜に乗じて仕掛けようとした襲撃国の一軍だった。夜襲を受けた出水はすぐに応戦したが、時すでに遅くそこは小さな戦場となった。そして暗闇だったからこそ気づかなかった。兵はこの国の兵の目を欺くべく隊服を偽装していたのだ。
 派手に弾幕を張る戦闘スタイルの出水は、見張りで回ってきた兵士の少年を――最悪なことに、顔見知りの少年を、巻き込んでしまった。
 一撃で打ち抜かれた少年は、それをやった人間の顔を見て絶望的な表情になった。きっと人を疑うことを知らない少年は、出水をただの旅の一団の一人だと信じていたのだろう。おまえなんでそんなところにとか、そんなことを言っていた気がする。
 そこからの記憶は少し曖昧だ。周りを見渡し、自分の国の服を着た人間が多く倒れていて、それをやったのは顔見知りの男。敵のスパイだったと思ったのかもしれない。誰よりも自国を愛する愚かな少年は、出水よりもずっと無力な少年は、出水がなにを言おうとももう耳を貸さず、出水を憎しみに満ちた目で睨めつけ、ばかなやつだ、トリガーを震える手で握りしめて、出水を殺す力を、その身を賭して求めた――。
 気づいたときには少年の亡骸が足下に転がっていた。冷静になって考えれば、意識を奪うだけでよかった。しかしそのときの出水の思考は「殺さなければ殺される」で瞬間的に沸騰したのだ。
 死体自体は見慣れていたはずだった。覚悟は出来ていたはずだった。さらに言うなら、出水の扱う弾は生々しい感触を伴わない。
 それでも出水には自分の手がべっとりと血で汚れたような心地がした。
 通信が入った。持ち場から少し離れた出水の所在確認だ。
 ――敵兵に遭遇。撃退したところ黒トリガー化しようとしたので、始末しました。
 声は震えていただろうか。それとも平坦だっただろうか。覚えていない。

◆◆

 見張り中、いつのまにか辺りは真っ暗闇に包まれていた。
 それでも分かる。
 敵の気配だ。
 誰なのかももう知っている。
 懐かしい感じがした。
 やっぱ恨んでたのか。そうだよな。
 でも、おれも黙って殺されるわけにはいかねーんだよ。わりーけど。
 殺しにくるなら、おれもおまえを殺す。
 ああ、来た。すぐ後ろだ。
 あとは慣れた仕事だ。もう一秒もかからない。

 ……そういえば、助けてもらった礼を言ってなかった気がする。

 あと、おまえと食った市場のメシ。あれ、すげー旨かったよ。



 肩に手がかけられる。
 瞬間、構える。力を込める。振り向きざまに撃つ。放たれる弾丸。
 間違いなくその一撃はもう一度「あいつ」を殺した。――はずだった。
 だが、そこにあった顔は思い描いていたものとは異なっていた。
 伸ばした手の先にあったのは、妙に現実感のある真っ黒の詰め襟に見覚えのあるTシャツ。さらに言うなら異常なまでに世界が眩しい。
「……ん?」
 現状を理解出来ず声を漏らした出水の頭にぼすん、と何か柔らかいものが降った。顔を上げると、オールバックの黒髪にカチューシャを差した同僚兼クラスメイトの半笑いの面が目に入る。
「……よねや?」
「そーだよ。いくらなんでも寝ぼけすぎだろ。次体育! 移動すんぞ」
 頭上に降ったのは出水のジャージが入った袋だった。クラスメイト――米屋陽介の発言も含めてようやく出水は現在の状況に思い至る。昨夜は比較的遅くまで任務が入っていて、寝床に入ったのが普段よりだいぶ遅かった。その関係で、寝不足。米屋に時間になったら起こせと言って、昼休みの最中早々に昼食を片付けた出水は夢の世界へ旅立ったのである。……その行き先は最悪としか表現しようがなかったが。
「おい、行こうぜ」
「――おう」
 教室の出入り口のところで米屋が出水を呼ぶ。教室には他の生徒の姿はすでになかった。壁に掛かっている時計は確かに昼休み終了間際を告げている。いまだ眩みそうになる頭とジャージ、ついでにシューズを抱えて出水は立ち上がった。
 米屋の後に続いて、出水は更衣室への廊下を歩く。通り過ぎる教室は今も昼休みの喧噪を残していたが、すでに予鈴が鳴り終わっているからか廊下自体には比較的人が少ない。
「おまえさあ」
「ん」
 まるで独り言のような調子で、米屋。だが、出水に呼びかけていることは明らかだ。短く応える。
「もーちょい隠せよなー。思いっきり漏れてたぞ。“殺気”とか、もろもろ」
 こちらも見ず、冗談めかした語り口にいつもだったら憎まれ口のひとつも叩くところだったが、今はそういう気分にはなれなかった。実際あの瞬間、間違いなく出水は「敵を殺そうと」していたのだから。
「……わり」
「ま、いーけど」
 ふと、教室にいたのが米屋だけでよかったと思った。米屋の言い方からするに、寝起きの自分はさぞかし物騒な顔をしていたに違いない。二度と女子に口をきいてもらえないところだった。というのは冗談としても、よかったと本気で思った。――見られたのが思い返せば微妙に身体を捻って急所を外していたようなやつにだけで。
「そういや、今日体育なにやんの。寝てたから聞いてねえ」
「体育館でバスケ。雨だし」
「ふーん」
 言われてようやく今日の天気を思い起こした。そういえば今日は朝からずっと雨だった。廊下に満ちる独特のむっとする空気を自覚する。
「ゲーム勝ったほうがジュースおごりな」
「チーム分かれるかわかんねーじゃん」
「そんときはそんとき。……おっ、秀次だ」
 出水と米屋のクラスから少し離れた教室の中に、米屋の所属する隊の隊長であり、二人と同じA級隊員である三輪秀次の姿が見えた。マジメな性格そのままに揃えられた机上の教科書類の前で行儀良く座っているが、米屋の暢気な声を聞くと途端にいらだち混じりの顔になった。なんでこんな時間にここにいるんだ体育ならさっさと着替えろ! 声にならない声に追い立てられるように二人は更衣室へと駆ける。
 渡り廊下から見えた外では雨が降り続いている。出水は思い出した。
 あのときも、こんな風に雨が降っていた。



 出水ははっきり言って、深く物事を考えないタイプだ。あの日の記憶も、他のいくつかの記憶と一緒にしまいこんで、割り切ってしまっているものだと、少なくとも自分ではそう思っていた。
 結局米屋とは同じチームになったので、どちらがよりチームに貢献出来るかで競うことにした。
「打て弾バカ!」
「だから、誰が弾バカだ……っつの!」
 米屋が投げてよこしたボールをキャッチし、そのままゴールへと放る。綺麗な軌道を描いてリングをくぐったボールに内心でガッツポーズを決める。今のはうまくいった。観戦していたやつらがどよめく。
 もしかするとこれも青春かもしれない、とそんな思考が頭を過った。
 光輝く弾に満ちていて、ときどき血なまぐさい。高校生「出水公平」としてではなくA級1位「出水公平」としての、幾多の屍の上にあるそれが、出水の考える青春だった。

 窓硝子に貼り付いた水滴が一滴、涙のように滑り落ちた。


(おわり)

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