たまこまお掃除レンジャー活動記録(サンプル)
※単行本12巻、またそこまでのアニメの展開が前提になっています。
※自己解釈を多分に含みます。







 冬にしては春のように麗らかな陽気の差す日だった。
 明るい日差しのもと、物干し場となっている屋上では洗いざらしのシーツが何枚も白い輝きを放ちながらひらめいている。
 その中に混じって色とりどりのカーテンが眩いまでの白に彩りを添えていた。


<正午――玉狛支部 ダイニング>


「しょくん、おおそうじごぜんのぶ、ごくろうだった。ごごもよろしくたのむぞ」
 「玉狛支部のおこさま」こと林藤陽太郎は、ソファーの上で仁王立ちし、ついでに腕組みをするとゆっくりとダイニングテーブルをかこむ面々を見渡した。
 年齢の割に妙に貫禄のあるその振る舞いはここ、ボーダー玉狛支部においてはもはや日常風景の一部であったので、突っ込む者は誰一人として存在しない。
 突っ込むだけ野暮、というものだ。
 テーブルの上には主食におにぎり、おかずに玉狛定番メニュー肉肉肉野菜炒めと、作るにも食べるにも手軽なメニューが並んでいる。
「午後は新入りたちの部屋の掃除だ。班割りは前に伝えた通りだからメシが終わり次第各自取りかかってくれ」
 その陽太郎の背後から現われたエプロン姿の青年――木崎レイジの言葉に、面々は口々に了解の意を示した。そして、いただきますの言葉とともに目の前の昼食に手を付け始める。
 本日、ここ玉狛支部では、支部を挙げての大掃除が敢行されていた。
 そもそも、本来であれば昨年末の時点で済ませていなければならなかった大掃除すらも、去年はろくろくできてはいなかったのだ。理由の大半は、同時期に三人もの新人が加入し、その訓練を行わなければならなかったことによる。
 また、支部に住み込んでいるレイジや迅、支部長の林藤や陽太郎はもちろんのこと、住み込みでない隊員である宇佐美や小南にも宿泊用に個人の部屋が用意されているが、新人たちには未だそれがない。
 急な宿泊客がたびたび訪れるために支部では常に客用の部屋が用意されているとはいえ、いつまでもそれでは不便なものがある。
 そんなこんなが積み重なり、昨年末にやり損ねた大掃除と、新人たちの個人用の部屋を調えるのを兼ねての大掃除が行われることとなったのである。
 昨年度の忘れ埃は午前のうちに追い出してしまったので、午後は個人の部屋の片付けが主だ。
 支部長の林藤は、ダイニングで一人我関せずという顔をしている。その心中は頑張ってくれ若者たちよ、といったところか。彼の部屋自体も片付ける必要性は十分ではあった。しかし、そこには機密書類が詰まっている関係で、本人以外誰も手を付けられないのが現状だ。無法地帯というほどには荒れていないのが幸いだった。


<午後二時――遊真の部屋>


「よっし、出来たぞ〜」
 迅はドライバーを片手に、やや大袈裟な所作で額の汗を拭った。実際は汗などろくにかいてはいないので、あくまでその動作は心理的なものである。
 迅の目の前、そして部屋の隅。そこには小さいが立派な本棚が鎮座していた。もちろん、迅が組み立てたものだ。
「おお……これはすごい」
「はっはっは、実力派エリートだからな」
 後ろから手元を覗き込んだ遊真が感嘆の声を上げる。
 軽口で返す迅に、遊真はぺこりと頭を下げた。
「迅さん、どうもありがとう」
「どういたしまして」
 この建物には空き部屋が数多くある。自室にするのに好きな部屋を選んでいいよ、と言われた遊真が選んだのは、一切使用されていなかった、全く何もない部屋だった。というのも、掃除が一番楽そうな部屋を選んだということらしい。
 遊真の手伝い担当となった迅にとってはある意味ありがたく、ある意味ではツラい配当である。ものが置かれていないぶん、細かいところの掃除はなくていいから確かに楽ではあるが、その代わりに家具の類いも一切ないため一から運び込みや組み立てをしなくてはならなかったのだ。とはいえ、それすらも別にトリオン体になってしまえばなんということもなかったのだが。
 そして、この本棚を組み立て終えたことでほぼ遊真の部屋の片付けは終了だ。あとはシーツやカーテンだけである。
「でも、ちょっと意外だったな〜」
「なにが?」
 きょとりと首を傾げる遊真。迅は本棚をぽんぽんと叩いて示す。
「本棚。メガネくんのだと思ってたんだよ」
「なるほど。確かにオサムはこういうの似合いそうだ」
「だろ?」
「でも、わりと外れてないよ。オサムにもらったあれを置くためだし」
 遊真があれ、と指差したのは部屋の隅、ちょうど迅のいる場所の反対側に置いてあった紙袋。この辺りではちょっと大きめの書店のものである。遊真がほら、と持ってきて中身を見せてくる。どれどれとのぞき込んだ迅は小さく吹き出した。
 漢字ドリル、社会常識、その他もろもろ。共通しているのはそのどれも「小学校低学年用」とでっかく書かれていることだ。
 どうやら、これらの本を見繕った少年から見て、遊真の学力レベルはこのくらいという評価であるらしい。
 実際、試しに受けさせてみたボーダー入隊試験用の筆記試験の結果はそれはもう惨憺たるものであったと聞いているから、その判断は妥当なのだろう。そもそもの生い立ちを考えれば致し方なしだ。
「オサムが今のガッコウのベンキョウより前に、こっちからやれっていうんだ」
「まあそうだろうなあ。……しっかしメガネくん、ずいぶん面倒見がよろしいこと」
「だろ? オサムは面倒見の鬼だよ」
 よくよく観察してみると、テキストの表題は算数のドリルといったものよりも、社会常識に大きく比重が置かれていた。「こちらの世界」での暮らしに不自由しないように、という配慮なのだろう。

(略)

 遊真の視線の先には話題に上った家具の一つ、ベッドがある。サイドテーブルとその上のランプ、アナログ式の時計も含め、そう、確かに頼まれてはいない。
 というより、迅の認識上、遊真が事前に申告していた「必要な家具」は、なんと机と収納ケースのみだったのだ。そこに最終的には本棚も加えられていたとはいえ、シンプルにもほどがある。
 その味気なさに驚いた迅が勝手にテレビにベッド等々を持ち込んだだけの話で、面倒見の良し悪しとは次元が違う気がしなくもない。
「……そりゃ頼まれてないけどさ。テレビはともかく、ベッドは要るだろ」
「そうか?」
 ぱちくりと大きな赤い瞳を瞬かせる遊真は、どうやら本気でベッドは要らないと考えているらしい。確かに、日常をトリオン体で過ごすようになってから眠る必要がなくなり、屋上で朝を迎えることも多い遊真だ。そんな彼にとって、「睡眠をとるための場所」は無用の長物なのかもしれないが。
「遊真おまえ、ちょっと勘違いしてるよ。ベッドは別に寝るためだけのものじゃない」
「ほう?」
 遊真が興味深そうにこちらを見た。
「まず、ベッドがなかったら、誰か来たとき座るとこ机の椅子と床しかないぞ」
「ふむ」
「ベッドはソファーにもなる。ごろ寝してテレビを見るのもなかなか悪くない」
「なるほど」
 聞く人によってはだらしないと思われそうな内容も含んではいたが、まるで説得するような心持ちで滔々と話す迅に、遊真はふんふんと頷く。迅は続けた。
「うん。別にメガネくんからもらった本はここで読んでもいいし、漫画を読むのにもいい」
「……まんが? ってなんだ?」
 知らない言葉だったようで、遊真が聞き返してくる。
「そっか、おまえ知らないか……うーん、学校で読んでるやついなかったか? こう紙が線で分けてあって、そこに絵とセリフが描いてある本」
「ああ……そういえばいたかも。あれがそうか」
「そう、多分それ」
「ふーん。どんなのがあんの?」
「どんなのって、話?」
「うん、そう」
 迅もそこまで漫画に詳しいわけではない。
 記憶を手繰ると、本部に行ったとき、自身に懐いていて現在遊真を目下ライバル視している、遊真より一つ年下の少年がとある漫画について何か言っていたのを思い出した。そういえば、同じく本部隊員の米屋陽介も同じ漫画について何か言っていたような気がする。どんな話だったか。
「そうだなあ……色々ありすぎて説明しづらいけど、喋る犬と一緒に暮らす話とか? 今おまえくらいのやつが読んでそうなのだと」
「なんと。こっちの世界ではイヌが話すのか。……話してたか?」
 まじめな顔で返す遊真に迅は笑いながら手を横に振って否定してみせる。
「ちがうちがう。こっちでも基本的に犬は話さないよ。漫画の中ではそういう「ありえないこと」も普通に起きるんだ」
「へえ、そうなのか。機会があれば読んでみたいな。そのまんがとやら」
「きっとそのうちあるよ。もしかすると近いうちにでも」
「ふむ? 迅さん、なんか見えてんの?」
 迅の脳裏には、二つの映像が浮かんでいる。もちろん、迅のサイドエフェクトが見せた未来の可能性の一部だ。
 そこでは、遊真がベッドに転がって漫画を読んでいる。同じシリーズの漫画が何冊かサイドテーブルに積み重なっている。どうやら、親しくなったどこぞの隊員に薦められて借りてきたらしい。
 あるいは。修と米屋、そして出水と一緒になって有名な漫画雑誌を眺めている。木虎もいる。こちらはおそらく、実現する可能性の比較的高い未来だ。
 どちらの未来にも共通することは、遊真が非常に楽しげな顔をしていること。
 だからこそ、迅は殺風景な遊真の部屋にベッドを持ち込んだのだ。


(略)


<午後二時三十分――修の部屋>


 烏丸と修が本当にまだ出会ったばかりのころ、借りてきたビデオを参考に修行と称して修に掃除をさせたことがある。
 当時は本当に手探り状態だったこともあり、あれは大した成果もなく終わってしまったが、あのとき既に修の動きは慣れているもののそれだった。
「前から思ってたが、手際が良いな」
「そうですか? ありがとうございます。母に家事は一通り教わってるので、それでだと……」
「ああ、なるほど」
 以前病院で会ったことがある修の母親を思い出す。言われてみれば合点がいく点は他にもあった。
 玉狛支部において食事は基本的に持ち回りなのだが、修の料理のレパートリーはそこそこ豊富であった。少なくとも、面倒くさがってカレーばかりを拵える小南に比べれば余程幅が広いと言えるだろう。
「昔から父が仕事でいないことが多くて、母と二人なので……。力仕事はぼくが結構やってます」
「……そうか。でもその割には、あんまり筋力ないな。持久力もだが」
 言うと、修はぎくりと肩を竦めた。
 ボーダーに入るまでまともに運動をしてこなかったという修の持久力は、年下の女子の千佳にも劣る。本人もそれを気にしているらしかった。



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全編通してずっとこんなテンションの、萌えも燃えもない日常の一コマ的な本になります。
これはほぼ迅と遊真がメインですが、この後他の人たちも登場してきます。
また、このサンプルにも出ていますが、フレーバー程度に「賢い犬リリエンタール」や「実力派エリート迅」のネタを含みます。
よろしくお願いします。
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