「どう、ケイネス。可愛いでしょう?」

とん、とソラウ様に背中を押され、先程までうじうじと前に出ることを躊躇っていた身体がふらり、よろめきながら前に出た。ヒールが高い靴なんて普段滅多に履かないものだから思い切りつんのめってしまったが、転倒しそうになるのを足先で踏ん張り、なんとかそれを免れる。けれど恥ずかしさのあまり顔を上げることはできず、無愛想な顔でむすりと俯いていることしかできなかった。

真新しい服の香りがするワンピースをぎゅっと握り締め、恐る恐る視線を上げれば、視界の真ん中にぽかんとした表情で固まっているケイネス先生の姿が映る。それを見れば誰にだって彼が反応に困っているのが分かっただろう。きっと同意を求めたのがソラウ様だったものだから邪険に突っぱねることが出来ないんだろう。私だってソラウ様がいなければ今すぐにでもここから逃走してしまいたいところなのだが、そんな私の逃走衝動など知る由もなく、上機嫌のソラウ様はにこにこした微笑みを張り付かせて先生に近付いた。

「ねえ、ランサーは何処?」

「……ランサー、か、おそらくその辺りにいるだろうが…、」

ソラウ様の口からするりとランサーという単語が飛び出して、途端にケイネス先生の表情がさっと曇る。むすりとした表情で適当な返事をした先生を横目に、ソラウ様はランサーのために選んできた服がたくさん入った紙袋を抱えながら奥の部屋へと消えていった。

そんなソラウ様の背中を呆然と見送ると、あとには居心地の悪い空気だけが残された。ケイネス先生と私の二人だけが残された部屋に沈黙が降りる。視線を前方に戻すとはたとケイネス先生と目が合って、余計に気まずさが増した。

「名前、その格好は……、」

「あの、これはソラウ様が選んでくださって……、」

断じて自ら進んでこんな格好をしているのではない旨だけは断っておきたかったものの、その断りはあまり意味を成さなかったらしい。ケイネス先生は相変わらず訝しげな顔をしていた。

「……着替えてきます。」

「ま、待て、」

言い訳などしていないで最初から逃走衝動に忠実に従っていればよかったのだと大人しく踵を返そうとしたとき、急に手首を掴まれ、またも身体がぐらりと前のめりになった。危うく転倒しかかった身体を慣れない靴で踏ん張って耐え、再びなんとか体勢を立て直す。本日二度目の光景。恐る恐る後ろを振り向けば、真っ直ぐにこちらを見据えているケイネス先生と目が合った。握られている手首が痛い。

「せっかくソラウが選んだ服なのだろう。すぐに着替えては勿体ない。」

「でも……、」

「ああもう、似合っていると、そう言わなければ分からないのか!?」

ほんのり赤らんだ顔で語気を荒らげる先生を見て、そのときの私は嬉しいやら恥ずかしいやらでそれはもう複雑な顔をしていたことだと思う。そんな可笑しな顔を見られないようにと、私はすぐに視線を外してワンピースの裾を握り締めた。


そんな顔する柄じゃないでしょう