餅の絵を書け!



『絵にかいた餅』の意味を答えよ。









「・・・道具如きが思い上がるな。」




―――そうして、

私はまた、されていく。










餅の絵を書け!










十代目の執務室が無人である事に、目を見開いた。
・・・いや、無人である事も驚いた要因の一つではあるが、その驚きの半分以上を占める要因は―――この、散らかりに散らかりまくった部屋だった。
と言っても、家具だの小物だの、そういったものは寧ろ整理されている。けれど。


「(・・・ンだ、こりゃ)」


床のみならず、ソファやテーブルの上にも大量に散らばる紙。まさかと思い足元から一枚取り上げてみれば、それは十代目へと提出された書類―――任務の報告書が主な内容―――の数々だった。言わば、俺たち守護者やその下につく者たちの『動いた結果』だ。
朗報もあれば訃報もあるし、どこのファミリーでどんな抗争があって何日続いて何人死んで何人重症なのか、そんな血生臭い情報だってある。場合によって、そんな知りたくも無い血生臭い情報を手に入れるために、無関係なはずのボンゴレの血が流れる事もある。
そんな、部下の血が流れたかもしれない任務の報告書を、あのお優しい十代目が―――こんな、粗末に扱うはずは絶対に在り得ないんだ。まるで、書類の束を部屋の中央で頭上へと放り投げたような、ある意味見事な散らばり方。・・・十代目がそんな事をするわけ無い。


「・・・(なら、誰が・・・? 部屋に戦闘痕は無い。が、ここへの入室許可が降りている人間に、こんなことするようなキチガイなんて・・・)」
「―――誰?」
「!!」


取り上げた書類を凝視しながら悶々と考えていたら、無人だと思っていた部屋のどこかから十代目の声が聞こえた。
ハッとして、慌てて声を上げる。


「し、失礼します! 俺です、獄寺隼人です」
「あ、隼人。どうしたの?」
「処理済の書類を受け取りに―――あの、十代目、どちらに?」


十代目の声に緊迫したものは無い。声は正面の執務机から聞こえるが、革張りの椅子は勿論無人―――そんな状況に困惑しつつ、きょろりと周囲に視線を滑らせるも、やはり誰もいない。
どこにいるか判らずにそう言えば、「あぁごめんごめん、」と苦笑したようだった。直後、軽く布が擦れるような小さな音と、俺から見て執務机の向こう側からにょきっと伸びた十代目の手。


「ここ、ここ。ごめんね、ちょっと動けなくてっさ」
「動けない!?」
「? うん、」


ってことは、まさか―――山積みにされた書類にこけたか何かした勢いで突っ込んで、そのまま書類に押し潰されてどうする事もできず途方に暮れていたところに丁度俺が訪室した・・・ってことか? だとしたら書類が散らかっている理由も納得はいくが。
そう考えながら、もしそうなら直ぐに救出しなければ、と大きな執務机を急いで迂回してみれば。


「えっと・・・ごめん隼人、こんな状況で」
「・・・・・・・・・」
「散らかってる書類って、全部今日中のやつだよね―――まだ三割くらいしか終わってないんだ。しかも混ざって散らばっちゃったから、もう何が何だか・・・」


いやまぁそんな事はどーでもいいんですけどね、十代目。
俺この状況突っ込んだ方がいいのか良くわからないんですが。・・・って何言ってやがる俺、十代目に突っ込むなんてそんな恐れ多い!!


「・・・何固まってんの、隼人」


十代目とコイツ・・・雲雀澪は、世間一般的に「付き合ってる」状態で―――えーと・・・まぁ、その、なんだ。・・・兎に角! だからと言って、十代目の執務室に、守護者でもないくせに、右腕の俺に許可もなく、無・断・で! 入ってきやがっていい様な人間じゃねーんだ。
確かに澪は「夜」だ。その地位は、ボンゴレと言う組織の中枢の一角ではあるが―――特殊ゆえに、夜空にはボンゴレ内に通ずる権利が一切存在しない。ボンゴレに居座らなければいけない義務は存在するが、それによって発生する権利が一切無いんだ(こんなの本当に「道具」だ、なんて当初は思っていたが、今ではもうそんな違和感すらないほどに慣れてしまった)。即ち、澪は「夜」ではあるけれど、十代目の執務室に入る許可は―――正式には、下りていない。そしてその許可を下ろすのは俺ら十代目ファミリーじゃなく、もっと“上”の連中。

それなのに、なんで十代目の執務室に澪が居るんだ?

いや、今までも何度もこんな事があった。見付かって“上”から厳重注意を受けたこともあるし、見付からずに済んだ事もその倍くらいある。十代目の我が侭に澪が渋々従った結果としてそうなる事が多い―――勿論、『例外』もあるが。
目の前の状況・・・即ち、書類が散らばる床に尻餅を着くようにして座り込んでる十代目と、十代目の腕に縋るように抱きついて顔を埋めたまま微動だにしない澪に―――もしかしたら今回はその『例外』なのか? と頭の片隅で思いながら。
何時もの調子を崩さないまま、静かに叫んだ。


「執務室にコイツを入れないでくださいって、何度言ったらご理解いただけるんですか・・・!?」
「あー・・・いや、わかってるけどさ。今回は、ね」
「・・・澪ですか?」
「うん」
「だとしても―――!」


そもそも十代目は、澪に対しては誰よりも甘すぎると思う―――そう、澪の実兄である雲雀よりも。
どこか嬉しそうに笑い(澪に抱き付かれてるって言うこの状況が嬉しいんだろうか)、子供をあやす様な手つきで澪の頭を撫でる十代目に顔を顰めた。


「ご自分の立場を理解しているでしょう・・・! 夜空が大空の執務室に入ったと、もしまた『上』に知られでもしたら―――貴方の立場だけじゃない、澪にだって今以上に風当たりが悪くなるのは目に見えている。そんなの、十代目の本意ではないはずです」
「うん、そうだね」
「十代目・・・!」


一刻も早く、澪をこの場から追い出さなくてはいけない。澪には悪いが―――そうしないと、十代目も、澪自身も、今以上に立場が危うくなってしまうんだ。
この部屋に入るのは、何も守護者だけじゃない。休憩時間になれば茶を淹れに使用人が来る。内線だっていつ入ってくるかわからない。守護者なら骸の野郎以外は融通が利くが、それ以外は話にならねぇ。
ならどーやってこの状態の澪を十代目から剥がすか。あんまり手荒いとどこぞのシスコンが文句言いに来るから、なるべく穏便に引き剥がさなくてはいけない―――なんて人がやきもきしている間にも、十代目は心底うれしそーに目を細めて澪の髪に頬を寄せる始末。・・・だぁあああ!! 余計剥がしづらくなったじゃねーか畜生!


「ねぇ澪、大丈夫、澪は此処に居る。確かにここにいるから、隼人が、こんなに困ってるんだよ」


と。
悶々と考えていた思考回路に滑り込んできた、幼い子供に言い聞かせるような十代目の言葉に目を見張った。


「隼人はね、澪が心配なんだって。・・・澪がこの部屋に居ると、澪の立場が悪くなるからって」
「・・・十代目?」


妙に甘いくせにしんみりとした空気に目を白黒させながら、小さく十代目を呼んでみると―――十代目は、澪に向けていた溶ける様な眼差しを切り替え、何時ものように俺を一瞥し、小さく笑って「静かに」というジェスチャーをした。
唇の先に添えられた人差し指を確認、唇を噤んでもう一度十代目に視線を合わせると、にこりと笑われる。その後、十代目はまた目を細めて澪を見下ろし、彼女の頭を優しく撫でた。
砂でも吐いてやろうかと思うほど甘すぎる空気に、呆れ通り越して脱力。・・・普段はTPOを弁える二人なのに、何で今日はこうも―――いや、待てよ?


「(そういえば、今日って確か・・・)」


そうだ―――思い出した。俺の記憶が正しければだが、今日は澪と“上”の連中の会談が予定されていたはず―――全く、今回はどんな罵詈讒謗を聞かされたのか。
あ、顔が段々無表情になってんな、なんて自覚しつつ―――内心戸惑いながら澪の顔を除き込んでみる。横から少し見ただけでも明らかな、表情の見えない闇色の目。本当に血が通ってるのかと思うほど蒼白な顔を見て、「嗚呼やっぱり今回もか」なんて諦念が心を埋め尽くした。
・・・仕方ない。


「・・・十代目、何か飲みますか?」
「っ、隼人、使用人は―――」


俺の言葉に慌てた十代目に、思わず少しだけ噴出した。きょとんと目を瞬かせる十代目に「すみません、」と答えながら、取り敢えず十代目と澪の周りに散らばる書類に手を伸ばして。


「これを片付けた後で、俺が淹れます。・・・まず澪を落ち着かせないと、十代目から離れてくれないでしょう」
「隼人・・・」
「澪がくっついてる限り、十代目は仕事をしないでしょうから。仕事が滞って困ります」
「え、俺は別にこのままでも」
「十代目」
「う、・・・はい」


じとりと見詰めれば、軽く肩を竦めて唸るように頷いてくださる十代目。中学ン時からのサボり癖はあっても、山本の様に笑って誤魔化したり笹川の様に聞こえない振りしてボクシングし続けたりしない、基本的には真面目なお方だ。
スポーツ莫迦二人組みも少しは十代目を見習って欲しいもんだぜ。
散らばった書類を片付けながら、ついでに処理済みの書類と未処理の書類とに分けて改めて執務机に重ねていく。ソファの上に散らばった書類を片付けた時点で、十代目にソファへ移動するよう声をかけた。まだ引っ付いたままの澪に「移動するの邪魔そうだな」なんて思ったが、澪を気遣う十代目の表情にはそんなの欠片もなかった。
書類を全部回収し終わった後、改めて執務机に積み上げられた書類を見れば―――確かに、三割・・・いや、四割は処理済みの書類。これなら、多少残業にはなってしまうだろうが、少し急ぐ程度で今日中には終わるだろう。


「ありがとう。ごめんね、隼人」
「いえ、お気になさらず」


最後の一枚を未処理分の書類に重ねると、ソファに座っていた十代目がおずおずとそう言ってきた。苦笑して返すと、十代目も困ったように笑って―――やはり心配なのか、離れる気配の無い澪を気遣わしげに見下ろした。けれど相変わらず、澪が十代目のそれに反応を示す気配は無い。
そんな二人を横目に、備え付けのティーセットに手を伸ばした。―――今は澪が居るから紅茶にしようか。


「・・・澪が、ね」
「はい?」
「あんまり俺たちの悪口を言うなって、言ったらしいんだ」
「―――莫迦ですね」


紅茶を淹れながら吐き捨てる。当の本人がこの場に居ようが居まいが関係ない。恐らく聞こえちゃいねーんだ。
―――莫迦だ阿呆だブラコンだとは知っていたが、まさか此処まで莫迦だったとは。テメェの立場をテメェで危うくしてどーするつもりだ、この垂れ目女は。それで十代目や俺たちがいい顔するとでも思ったんだろうか。


「うん。ホント莫迦だよね、澪は」
「(うれしそーに言う台詞じゃないですけどね)」
「・・・心配する俺たちの身にもなって欲しいのにねぇ」


そう呟いた甘ったるい声色に、くすくすと言う小さな笑いが混じる。
思わず一瞬だけ手を止めてしまった―――俺“たち”、か。こういう時、十代目はずるいなと少しだけ思う。俺らの意地とかプライドとかを(知ってか知らずか)完全無視し、本当のことをさらりと言い当てるから。


「(ま、十代目だしな・・・)どーせまた言われたんでしょう?」
「みたいだよ。―――本当に好きだよね、他人の価値を否定できるほど出来た人間じゃないくせにさ」
「・・・不穏当ですよ、十代目」


台詞には驚いたが、違いねぇな、と納得。くつくつ笑いながら“一応”そう返せば、「そーだね善処するよ」との棒読みが返ってきた。―――どうやら十代目、今回ばかりはかなり頭に来ているらしい。薄々感付いていたが、さっきの穏やかながらも刺々しい台詞で確信した。
ティーポットから漏れる紅茶の香りの中で暢気にそんな事を考えながら、十代目と澪の二人分のティーカップを用意していく。


「大丈夫、澪は人間だよ。・・・道具なんかじゃ、ないよ」


十代目の静かな声を背中で聞きながら、用意したカップに紅茶を注いだ。
それから、数秒の沈黙。


「―――夜空はお餅だね」
「・・・はい?」
「澪は絵かな・・・彼らにとっては」
「・・・ああ、」


突然の台詞に振り返れば、そういえばそんな諺が日本にあったっけ、なんてまた前に向き直る。
二人分のカップを十代目と澪の前に静かに置きながら。


「『絵にかいた餅』、ですか?」
「うん」


一つ頷いた十代目に、思わず苦笑。
―――ああ、お茶を出すなら何か腹の足しになるものも出さなくちゃな。そう考え、お茶菓子になる様なものはないかと周りを見渡す。


「ねぇ澪、俺達は違うよ。“夜空”が要らないんだ。俺は、俺達は“澪”がいい」


小さな囁きには聞こえない振りをしながら、ティーセットがあった場所を一瞥。―――ねーよな、やっぱり。


「十代目、執務室内にお茶菓子とかあります? 無いなら取りに・・・」
「あ、机の引き出しに隠してあるよ。右列の上から二段目。三段目には飴玉」
「・・・隠して?」
「小腹が空いたときにちょっと摘まんでるんだ」


困った様に笑って首を傾げる十代目。仕事中に小腹が空くって感覚が判らなくもないので、取り敢えずは不問。
言われたところを開ければ、少量だが個別包装されたクッキーと、チョコレート菓子。それと飴玉もいくつか取り上げ、ティーセットに備えられてあった小さな籠に入れ、テーブルに置いた。
チョコレート頂戴、と子供の様に掌を差し出す十代目の苦笑、一つ摘み上げたそれを渡せば御礼を言われる。それに短く返しながらちらりと澪に視線を向ければ―――さっきと比べて随分と血の気が戻り、無表情だった顔が軽く顰められ、目も悲しそうに揺らめかせていた。
・・・例え悲しそうな表情だとしても、無表情よりは表情がある方がマシな証拠。無表情ではなくなった事にホッとすると、途端に十代目とバチリと目が合ってしまった。


「っ、すみません、」


思わず謝ったけれど、十代目は首を横に振って笑う。
けれど直ぐにその笑みを消して―――チョコレートを口に含みながら、どこか遠くを見詰めた。・・・何か考えていらっしゃるんだろうが、その指先に摘ままれたままの包装紙を一瞥。澪が引っ付いているし、ゴミ箱に捨てようにも捨てらんねーよな。そう思って、包装紙を指先からひょいと取り上げる。それに驚いてる十代目に構わず、傍のゴミ箱へと投入。


「・・・あ、ありがとう。・・・座っていいよ。煙草も吸っていいし」
「・・・じゃあ、失礼します。でも煙草は遠慮します」
「でも」
「澪が居ますから」
「・・・・・・・・・」


チョコレートをもごもごさせながらソファを進められる。苦笑して座ったが煙草は断っておいた。後で澪に「煙草のにおいがする」なんて文句言われちゃたまんねーからな。
けれど十代目はきょとんと目を瞬かせると、またしてもくすくすと笑い出した。・・・少しムッとしたが、勿論文句なんて無い。
そして、ある程度笑った十代目はふと一息吐き出して肩を竦めた。―――未だに澪が寄り添っているのを邪魔そうにすることもなく、再三澪の頭に手を添えて撫でる。
それらを、やはり見て見ぬ振りしてソファに背中を埋めた俺に、十代目は静かに呟いた。


「・・・ねぇ隼人」
「はい?」
「俺さ、」


そこで一度言葉を切り―――“無表情に”笑う。


「お餅の絵から、実際にお餅を取り出してやりたいんだ」


・・・無表情の癖に、「そしたらみんなびっくりするよねぇ」なんて言いながら奇麗に微笑むその人に。
それは確かにびっくりするだろーな、なんて頭の片隅で思いながら―――その言葉が示す意味に気付き、ふ、と笑って。


「・・・俺は貴方に着いてくだけです」


ただそれだけ、告げた。























実物・本物でなければ何の値打ちもないこと。




だってほら、もし絵からお餅を取り出せたなら、
誰も「お餅の絵は無価値だ」なんて言わなくなるでしょう?
絵そのものの価値を、見てくれるでしょう?





■□■□■


未来つっくんと空悪夢主のラブラブっぷりに周囲が迷惑を被る話とのリクエストでした。リクありがとうございます!


何を如何思ったのか…自分の妄想にかかればギャグネタすらドシリアスネタに変わるらしい。

しかし、つっくんと夢主がくっついてる→つっくんが仕事放棄する→組織全体が超迷惑。

だからリクに反してはいないと言い張る。


以下、作中にて凹んでる夢主の独り言、的な。
凹んでるときって「そこまでいくの?」ってくらいネガティブになるアレ。

心って、不思議ですね。



























ねぇ、綱吉。

貴方は私の、どこが好き?

こんな私の、一体どこが好き?

化け物だと、道具だと呼ばれる私の、一体どこが好きだった?



貴方が私を好いてくれる根拠が、私には何一つわからないんだ。



こんな人間の、どこが好きなの?


こんな道具の、どこが気に入ってるの?



綱吉は、本当に私のことを好きでいてくれる?


綱吉は、私のことを本当に、愛してくれてる?






・・・ねぇ綱吉、私は、

綱吉の事、だいすきだよ。




だからお願い、

お願いだから、






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