呼称ディスカッション-The OtherS-



親愛なる貴方を。









呼称ディスカッション
-The OtherS-











常々思っていたことを聞いてみたら、その人は―――何時もは閉じている片目も見開かせ、両目を丸くして私を見詰めていた。
その隣に居る、左右に長い三つ編みをしている可愛らしい女の子も、同じような表情だった。


「・・・いや、だって、雲雀氏が『お義兄さん』って言わせるタマですか」
「ちょっと変な感じするなー?」
「そうかな・・・?」


乾いた笑みを浮かべながら「ありえませんよありえませんって」と首を横に振るランボ君。イーピンちゃんも苦笑していた。
でも、と改めて私に視線を向けてくる。


「どうして急にそんなこと? 澪さん、今までは特に気にしなかったじゃないですか」
「うん・・・と言うか、気にする余裕が無かっただけで。大変だったし・・・」
「・・・次から次へといろんなことが起こりましたからね。―――幼い俺も、よく生き残れたなと感心するくらいですから。その俺よりも渦中にいらした澪さんたちは余計でしょう」
「でもでも、大変な事も沢山あったけど、幸せいっぱいなことも沢山ありましたよね!」


ランボ君に続いた笑顔のイーピンちゃんの言葉は予想もしなかったもので、びっくりして目を丸くしてしまった。そうした私にニヤリと笑い、「ですよね、澪さん!」とイーピンちゃん。一瞬意味が判らなかったけど、それが何についての発言か気付いて―――瞬時に頬が熱くなり、肩を竦めるようにして俯いてしまう。そうした先、薬指に通っているあの時の指輪が視界に入ってしまって更に体が熱くなり、顔を俯かせたままでおろおろと視線を泳がせてしまった。
何を言う事もできなくて(と言うよりも何て返せばいいのかわからなくて)、唇をむずむずとさせてしまう。私より随分と年下の二人は、そんな私の反応を見てくすくすと笑っていた。


「いいなぁ、澪さん。私もいつか、澪さんみたいに・・・!」
「そういえばイーピン、雲雀氏とはその後如何です?」
「え? やだなぁランボ。雲雀さんは―――」
「に、兄さんはっ・・・!!」


思いついた様なランボ君の言葉にハッとした。
めらりとくすぶった嫉妬の炎を抑えきれず、つい大声で遮ってしまった。・・・慌てて口を押さえても時既に遅し。二人はじぃっと私の方を見詰めて―――不意に、にやりとした笑みが双方に浮かぶ。


「だいじょーぶですよぉ澪さん! 私の雲雀さんに対する想いって、憧れみたいなもんですから! ほら、テレビの中の芸能人とかに抱くような」
「と言うより、イーピンに手ェ出したら雲雀氏ロリコンじゃないですか。シスコンにしてロリコンなのに最強なんて、どこに突っ込めばいいんです」
「洒落にならないから止めて・・・」


シスコンにしてロリコン。何、その最悪レッテル。そんな兄さん嫌だ。・・・例え本当にそうだったとしても大好きなのには変わりないけど、やっぱり嫌だ。
しゅんとしながら呟くと、二人は少しだけ慌てたようにフォローを言ってくれる。


「あ、その、えーと。雲雀氏って―――まぁ、普通に(性格に目を瞑れば)かっこいいですよね。眉目秀麗、才色兼備、美人とか美男子とか美青年とか、そんな言葉すら霞むくらいの容姿をお持ちですし・・・でも、浮ついた話の一つも聞きませんね。噂くらい立っても不思議じゃないのに」
「ですよね。あれだけかっこよくて素敵で美人で強くて仕事もできて地位もあって高収入で、(性格と思考回路を除けば)申し分ない人なのに。どこ所属の誰々さんは雲雀さんが好きらしいって話は良く聞きますけど、逆に雲雀さんが誰々に好意を持ってるって話は聞かないし・・・極端ですけど、遊んでるって話も聞きません」


おずおずと二人を見返すと、イーピンちゃんもランボ君も、フォローのために搾り出すように言ったわけではなくて事実を事実としてそのまま出したような、そんな自然な感じで首を傾げていた。
・・・兄さんをよく言われるのは悪い気はしない。けど―――思わず、苦笑。うん、まぁ・・・兄さんは、昔からかっこいいからね。・・・結局私はブラコンだなぁ、ってこんなときによく思う。
でもね、二人とも。


「口に出さないでくれてるところ悪いけど、そんな眉目秀麗才色兼備文武両道高収入高地位なんてオイシイ部分を、あの性格と思考回路と言動で全部台無しにしてるのが兄さんだから―――」
「「(プラス面マイナス面ともに色々付け足されてるのは突っ込まない方がいいのだろうか)」」
「証拠に、イーピンちゃんの言う通り、誰かが兄さんに『好意を持っている』って噂はあっても、『告白した』って噂や事実はないと思うよ」


そう言うと、一瞬考えたように目を瞬かせたイーピンちゃんは、言われてみれば、と呟いた。
ね、そうでしょう。兄さんはそもそも、“女性と付き合う”って言う以前に“誰とも馴れ合えない”って言う最大の問題点を抱えているんだから。今更女性と付き合えるんなら、少しくらいは場を弁えて空気を読んで、我が侭とか群れ嫌いな性分とかをそれ相応に我慢してくれるだろうね。
その「少しくらい」すら我慢できないほど、他人との馴れ合いを嫌悪する人だから。女性とお付き合いなんて、論外論外。
・・・そして、その論外な状況に心底安心しているのは私。


「私って、ダメだね」
「?」
「全然兄離れ出来てない」


いつまでも甘えてちゃだめだってわかってるし、もう立派な大人で、結婚だってしているのに。それなのに、まだ「兄さんを誰にも取られたくない」なんて思っている。兄さんに知られたらどうなるだろうか―――苦笑しながら「仕方が無いな」なんて言ってくれるかな。
もう少し、私が兄さんを独り占めしててもいいって、言ってくれるかな。


「・・・しなくていいじゃないですか、兄離れ」
「―――え?」
「ランボ!」


きょとんとしながら不思議そうに呟いたランボ君に目を瞬かせる。その隣でイーピンちゃんが慌てたように彼の名を呼ぶけれど、そんな彼女の反応にも少しだけびっくりしただけで、何を咎める事があるのかと心底不思議がっているように思えた。


「だってイーピン、澪さんは『夜空』なんだから・・・澪さんも、十陰から説明されませんでした? ご存知の通り、『能力者』の精神は一般人よりも不安定です。心を許した人間となら、できるだけ一緒に居た方がいいなんて言うまでもないですし・・・それが血縁者なら尚更です」
「でも、私の場合はその程度じゃなくて・・・我が侭って言うか・・・その、つまり、独占欲だよ」


例えば、兄さんの隣に誰か女の人が立っているのを想像しただけで嫌になるし、もしかしたら子供みたいに癇癪でも起こして「嫌だ」と泣き叫び喚いてしまうかもしれない。
兄さんに「ずっと“私だけの”兄さんで居てほしい」と―――他の誰のものにもならないで、と。


「・・・醜いね。」
「―――澪さん・・・」


うっすらと自嘲しながら、そんな言葉を口にする。
イーピンちゃんが気遣わしげに名前を呼んでくれるけど、それに何も答えずに苦笑を返しただけだった。だってしょうがない、事実なんだから。
・・・その時、


「醜くなんかないですよ!」
「「!」」


強い口調ではっきりと否定してきたランボ君に、目を見開いた。


「『好き』に種類があることは勿論知ってますけど、切り詰めて言えば、澪さんは雲雀氏がすごく大好きってだけじゃないですか。何が醜いんです?」
「え・・・と」


そんな自信満々に言い切られると言い返しに困るな。


「だって、独占欲とか嫉妬って、醜いものでしょう? ランボ君はそう思わないの?」
「度合いにもよりますが―――何て言うのか、宝物なら宝箱に入れておきたいと思うでしょう。それって醜いですか?」
「それは例えとしては飛びすぎてるよ・・・」
「ああ、すみません」


何だか話の内容が愚駄愚駄してきた。良くわからない・・・というか、そもそも何の話をしていたんだっけ―――兄さんの呼称の話だ。それが何でこんな話になってしまったんだろう。
うんざりと肩を落としてそう言うと、ランボ君が慌てて謝ってきて―――そんな私たちを交互に見ていたイーピンちゃんが、くすくす笑った。


「でも、良く考えればランボの言う通りですよ、澪さん。澪さんの嫉妬は、とても可愛いです」
「・・・嬉しくない。何で可愛いのかさっぱりだ」


むすっと軽く拗ねてみても、イーピンちゃんはくすくす笑うだけ。「澪さんかわいー」なんて言いながら何故か頭を撫でてきて、年下の子に頭撫でられるのって如何なんだろうと葛藤しつつ、肩を竦めて受け入れてみた。
兄さんたちの手より随分と小さく細い手に戸惑いながら、そこから伝わってくる暖かさに少しだけ頬を緩ませていると、


「・・・じゃあ澪さん、雲雀氏が『僕の事を“兄”と呼んでいいのは澪だけだ』みたいなことを言ったら、澪さんは如何思います?」


あ、兄さん可愛い。・・・でも少し恥ずかしいかな。頬にうっすらと熱が篭ったのを感じて、おろおろと視線を彷徨わせた―――直後、イーピンちゃんが私の顔を除きこんできて、驚いて身を仰け反らせてしまう。
私の顔を見たイーピンちゃんが、ぱぁっと輝いた。


「澪さん照れてます!? 照れてますよね!?」
「え、あ、う・・・!」
「イーピン、あまり澪さんからかわないで・・・兎に角澪さん、この場合、雲雀氏が澪さんに対して嫉妬とか独占欲を発揮した事になりますけど、澪さんは雲雀氏に対して『醜い』って思いました?」


続いて「思わないでしょう?」と首を傾げてくるランボ君に何も答えられず、小さく唸りながら俯いてしまう。
でも、その問いに少し考えて―――。


「・・・兄さんがそう思ってくれてたら―――すごく、嬉しい」


上気する頬を必死に無視して呟けば、二人揃って顔を見合わせてにこっと笑い合っていた。
・・・この子達は本当に年下なんだろうか。年上であるはずの私がこの子達に相談して安心するなんて。普通逆じゃ・・・?
複雑な思いでその様子を見ていた私だけど―――これは所詮、ランボ君が持ち出した“例え話”で。


「でも、実際そうとは限らないでしょう?」
「澪さん、それを言ったら終わり―――」
「え、実際に雲雀氏が宣言してましたけど。そりゃもう偉そうに高らかと」
「「は、」」


―――そんな、ランボ君の一言に。
思考回路が一気に混乱した。


「・・・? !? ―――っ!?」
「ちょ、何それランボ! どういうこと、いつ、どこで、何故、どういう経緯で雲雀さんがそんなオイシイことを!?」
「イーピン落ち着いて頼むから落ち着いて首絞めないで」


そんな私の隣では、爛々とした眼差しで意気揚々とランボ君に詰め寄るイーピンちゃん。嗚呼、私が聞きたかったこと全部聞いてくれてありがとう。詰め寄る勢いでランボ君の首絞めちゃってるけど。
イーピンちゃんをランボ君から引き剥がしてから、改めてランボ君を見やれば―――ランボ君は少し噎せながらも、ちゃんと答えてくれた。


「えーと・・・いつかは忘れましたが、何かの会議の最後に・・・」

『中学のころ、ボンゴレは笹川氏の事を“お兄さん”と呼んでいましたが、今は“了平さん”と呼んでるんですね』
『雲雀氏のことを“お義兄さん”とは呼ばないんですか?』

「と、何気なく聞いてみたんです。俺が」
「・・・兄さんに殴られなかった?」
「睨まれはしましたが」


だろうね。


「本気半分冗談半分で聞いてみたので、恐らくボンゴレは軽い冗談だと取られたのでしょうね。笑いながら『じゃあこれからそう呼んでみようかな』なんて答えてましたが―――直後に雲雀氏より、先程言った冷淡な台詞がぐさりと。会議室は静まり返りました」


想像に難しくないのが悲しいな・・・。


「そのときの六道氏の顔は忘れられません。“空気読めよシスコンが”って、太字の巨大ゴシックアンダーライン付きで顔に、」
「うんありがとうランボ君もう聞きたくない」


棒読みでランボ君の台詞を遮った。
・・・どうしよう本当に兄さん空気読めるようになって。言っておくけど本屋には売ってないからね。
そう考えながら、頭を抱えたい思いで深い溜め息をついた。ランボ君が慌てて「俺、言っちゃいけない事でも言ってしまいましたか?」なんて気を使ってくれるけど・・・そんなんじゃないよ、とそれを否定する事しかできなくて、気が利いた台詞を言う事もできなかった。
―――更に落ち込む私と慌てるランボ君を、何かを考えるように交互に見詰めていたイーピンちゃん。
唐突に、


「・・・ふふっ、」
「「?」」


笑った。


「じゃあやっぱり、そーゆーことなんだね。ランボ」
「そう、そーゆーこと」
「??」


笑いながらそう言ったイーピンちゃんに、自信満々に頷くランボ君。
反して、私だけワケがわからず目を白黒させていると、


「雲雀氏は、まだ“澪さんの兄上”ですので―――」
「ランボ、『だけ』が入ってないよー」
「あぁ、失礼。まだ“澪さんだけの兄上”ですので」


思っても無いランボ君たちの言葉に、不覚にも、息を呑んで―――目を見開いて、固まってしまった。


「雲雀さんを兄と呼べるのは、澪さんだけの特権! ってわけです!」


―――もし本当にそうだったら、どんなに嬉しいことか。
戸惑いながら「・・・本気?」と聞く私に、「マジです!」と自信満々な笑顔で答えてくれる二人が可笑しくて、小さく吹き出してしまった。
























愛する君を。






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せいら様リクエスト、「結婚後設定でツナにお兄さんと呼ばないのか聞く話」でした。ありがとうございました!

ランボとイーピンちゃんのコンビ好きです。



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