マリンテンツィオナート



拝啓。
・・・なんか出てきました。









「あの・・・」
「はい?」


俯き加減で小さく呟くと―――前を向いていたその人は、きょとん、と振り返った。・・・振り返ってはいるものの、その手元はそれまでと同じように忙しなく動いている。
その手を一瞥する私に構わず、彼女は不思議そうに首を傾げて、


「どうしました?」
「なんでもない」


即答しておいた。
にこ、ともう一度微笑んでまた前に向き直る彼女の手元は、やっぱり、動き続けている。
―――直後、彼女が前にしている機械から軽快な音が上がった。正面にある画面にデカデカと「Winner!」の文字が表示されると、


「見てください澪さん、また勝ってしまいました!」
「見れば判るよ。・・・本当にすごいね・・・」
「ありがとうございます」


少し引き気味に呟いた私に、にこっ、と朗らかに微笑んだ彼女―――初代、夜空。
彼女が何故この場にいるのか、と言う疑問については、話せば長くなる・・・なんてことはなく、ただの「謎」でしかなかった。








マリンテンツィオナート






ここまで、六連勝。
・・・六連勝。
勿論。彼女がいたその時代に、格闘ゲームは勿論、ゲームセンターなんて存在しなかったはずだ。―――つまり彼女は、初めて遊んだゲームセンターの格闘ゲームで、常日頃からこれで遊んでいるであろう猛者たち(?)を、既に六人も切り捨てている。
いや、格闘ゲームと言うか・・・対戦ゲーム・・・? 正式名称は判らないけれど、戦うキャラを選んで、NPCは勿論、向かい合ったプレイヤーとも戦えるあの機械だ。
そのゲームで六連勝―――いや、

チャラチャラチャ〜♪

「また勝っちゃいましたね」
「・・・おめでとう」
「ありがとうございます」


・・・たった今、七連勝。
だんだんとうんざりしてきた。・・・と言うかギャラリーが出来てしまってちょっと困った。ゲームセンターでギャラリー作っちゃうようなすごい人と一緒にいた、なんてお兄ちゃんに知られたら―――想像するだけで怖い。物凄い勢いで叱られるだろうことは目に見えていた。
ちら、と自分の姿を見下ろしてみる。今日は休日のため、着慣れたセーラー服じゃなくて私服。・・・ちょっと感謝。頭を抱えたい気持ちで大きな溜め息を吐き出すと、椅子に座っているサナさんが不思議そうにこちらを見上げてきた。


「つまらないですか?」
「・・・そういうわけじゃないけど、」
「このゲームじゃ澪さんは遊べないですしね・・・なら、今度はアレで遊びませんか?」


そう言って彼女が指差したのは、ガンシューティングゲーム。かの有名な映画みたいな設定なのか、恐竜がたくさん出てきてそれを打ち落とすゲームだ。
思わず、沈黙。・・・ゲームセンターから出ると言う選択肢は無いんだろうか。


「・・・いや、あの―――」
「アレなら二人で遊べますよね! と言うわけでお二方、申し訳ありませんが私は向こうに行きますので、これで失礼します」
「何だと!?」
「勝ち逃げなんてずりーじゃん。こっちは負け続けでプライドズタズタなんだぜ?」
「あら、そうなんですか?」


彼女のその言葉に顔を覗かせたのは、不良・・・なのかな。見たところ高校生くらいの青年二人組み。私服だから正確な年齢はわからないけれど、若さ溢れた痛々しい服装だから多分高校生だろうな(これでカッコいいとか流行とか本人たちは思ってるらしいのがとても可哀想だよね)。
と思えば、彼女は可笑しそうにふわりと笑い、


「随分と程度の低いプライドをお持ちなんですね。御可哀相に」


酷く可哀想なものを見る様な眼差しで、そんな事を言ってのけた。
・・・一瞬、空気が凍った。


「・・・サナさん・・・?」
「さ、澪さん行きましょう。私、負け犬の遠吠えをいちいち聞いてあげるほど優しくないんですよ」
「―――その様だね・・・」


突然の事に呆然とした表情をする不良二人が可哀想で、同情の視線を向けた。
ぐいぐいと引っ張る彼女に「子供みたい」なんて思いながら、シューティングゲームの前に立つ。うきうきと百円玉を数枚(私のお財布から、しかも無断で)投入する彼女の背後に、せめて断ってから入れてよ、なんて顔を顰めた。


「始まりますよ。どうぞ」
「・・・うん」


あまり乗り気じゃないけど、促されて仕方なく玩具の銃を取った。
・・・本当に、某有名映画みたい。ジープみたいな車でジャングルを走り、飛び出してくる恐竜を銃で撃ちまくるゲームだった。
プレイしていくうちに、私は既にHPが三分の二くらいまで減ってるにも拘らず、何故かサナさんの方は欠片もHP削られている様子が無くて、流石にぎょっとした。


「・・・どうして、無傷・・・」
「え? あぁ、ところどころに回復アイテムが落ちてるんですよ。と言っても、見た目木の実ですけど・・・それを打ち落とせばちょっと回復します」
「へぇ・・・(何で知ってるのこの人?)」
「と言っても、私の方に向かってきた恐竜はほぼ一撃で撃ち殺してますから。多分それが一番の要因です」
「・・・すごすぎる」
「あら。褒めても何も出ませんよ?」


くすくす、と笑いながらも―――やっぱり指はカチカチカチカチと物凄い勢いでトリガーを引いていた。画面に視線を戻すと、飛び出してきた恐竜は彼女がほぼ一撃で眉間を打ち抜いている事がわかる。
・・・私は何発か打たないと倒れない。彼女が一撃で仕留められるのは、単純に考えて、撃ち抜いている場所が急所だと考えていいのかな。


「フフフ・・・眉間の少し上が弱点のようですね」


単純に楽しんでるだけかもしれないけれど、笑いながら言うところじゃない。なんかこの人怖い。
敵の弱点見付けて、何でそんなに嬉しそうに笑うのかな・・・。


「・・・あ、ほんとだ」
「でしょう?」


鳥肌立ちながらも、彼女の言う「眉間の少し上」を狙ってみたら、同じく一撃で倒せるようになった。
そうこうしているうちに、一面、二面とクリアして―――。


「ステージは上がってるはずなのに、戦うの楽・・・」
「では、ゲームしながら少し込み入った話をしてよろしいですか?」
「込み入った話?」
「はい」


丁度その時、恐竜が両サイドから出てきて、私もサナさんも銃を構えて、


「その後、綱吉君とはどうです?」


私だけ照準がずれて噛み付かれ、大きなダメージを受けてしまった。
そのまま何も出来ずに固まってると、「ちょっと何やってるんですか」と私の方に噛み付きまくってた恐竜の眉間に一発入れてくれる。・・・うわ、HPが三分の一くらいまで減ってしまった。
ゲームの緊張と彼女との会話の緊張から、ぐ、と玩具の銃を強く握り締めて、


「な―――何、急に、」
「私だって女の子ですよ。そういう話は気になります」
「だからって何で今なの・・・!(しかもゲーム中!)」
「ゲームに必死になると、ぽろっと何かオイシイこと言ってくれるかな、と」
「・・・!!(もうこの人やだ!)」


ぐ、と唇を噛み締めて画面を見詰める。飛び出してきた恐竜の眉間に照準を合わせたけれど、一発目は外れて、二発目で当たった。


「で、どうです? どこまで進みました?」
「進・・・!? ―――ど、どこまで、って・・・、何の話を、」
「またまた。判っているでしょう、『そういう意味で』聞いてるんですよ」
「・・・〜〜〜っ」


すごく恥ずかしくて頬が熱い。そしてこの人、殴りたい。


「もう手とか繋ぎました? それともキ」

ぐりっ。

玩具の銃をサナさんへと向け、その柔らかそうなほっぺたに銃口を押し付けてみた。・・・サナさんは少し微妙そうな顔をして「ふみまふぇん」と謝ってきた。
改めて銃を画面へと向けて、


「・・・サナさんの方はどうなの?」
「私ですか?」
「喧嘩とかしない?」
「しますよ。けど、最近は随分まともになりました」
「・・・最近『は』?」
「出逢ったばかりのころは、喧嘩ばかりで・・・いえ、喧嘩と言うのもちょっと違う気がしますが」
「ふぅん・・・?」
「私なんか、さっきみたいに思っても無い事言ってしまうし。あの人はあの人で、何時もへらへらふらふらしていて。何が嫌なのか、すぐ脱走するし・・・えーと、放浪癖?」
「さぁ・・・」


聞かれても困る。私は実際、彼女の言う「あの人」―――初代大空に会った事はないから。


「どっちにしろ、私たちのことはどーでもいいじゃないですか」
「え、」
「今は綱吉君と澪さんの話ですから」


そう言って、にこり、と微笑まれた。
・・・微笑みながら物凄い勢いで恐竜の頭に風穴を開けていく彼女―――本当にこのゲームで遊ぶの初めてなのかな。


「だから―――沢田先輩と私の話って、どんな話をすればいいの。学校でもあまり会わないし・・・たまに擦れ違ったりはするけど、声をかけるわけでもなく擦れ違うだけで・・・。暇なとき、昼休みとかを利用してお話はするけど、話題は沢田先輩の愚痴で終わってるよ」
「え、・・・愚痴、ですか?」
「うん。リボーン君がらみの無茶すぎる暇潰しに巻き込まれて酷い目にあった話とかがメインかな」
「なんていう色気の無い会話ですか・・・他の話題はないんですか? 災難話を聞かされても、澪さんはつまらないでしょう」
「ううん、面白いよ。沢田先輩が慌てふためく姿が容易く想像できて」
「・・・それもどうかと思うんですけど―――あ、恐竜のボスみたいですね」


じゃかじゃーん、と言うような音がした。今まで出てきた恐竜の何倍も大きい恐竜が出てきて、ぎゃおー、と大きな咆哮をあげる。・・・可愛いなぁ、とその様子をしみじみ眺めていると、澪さんしっかりしてくださいねと笑顔のサナさんに注意された。
改めて銃を構えてから、


「でも私、先輩の話を聞いてるの、好きだよ」
「愚痴でも、ですか?」
「うん」


恐竜の眉間に狙いを定め、トリガーを引いた。
流石に、ボスとなると一撃必殺にはならないか。痛そうに仰け反るけど、踏ん張ってまた噛み付いてくる恐竜を見据えながら、


「私に、話しかけてくれるから。―――たったそれだけだけど、なんだかとても、居心地がよくて」
「・・・。それは、話しかけてくれる人が綱吉君だからですか」
「そうだと思う」


はっきり答えると、今度はサナさんのほうの照準が外れた。
・・・私は打ち続けるけど、サナさんは固まっている。彼女が固まるなんて、今までの行動からは考えられなくて、少しだけ驚いた。


「サナさん?」
「―――・・・それってつまり好きだと自覚してるってことですか!? そうですよね!?」


何だか凄まじい勢いで嬉々と詰め寄られた。心なしかその表情すら、艶々としたものに見えてならない。
と言うかいいんだろうか。サナさんのPC、物凄くやられまくってるけど。


「まさかの自覚・・・! お姉さん嬉しいです!」
「(お姉さん?)あの・・・あくまで、自分を客観的に見たらそうなっ」
「でも自覚しているってことでしょう?」
「・・・。肯定しかねる。そもそも、この程度のモノをそういう意味の『好き』と取っていいのか甚だ疑問だ」
「男性のような口調になってますよ、何イライラしてるんですか」
「貴女が人の話を聞かないからだよ・・・!」


なんか既知感。人の話を聞かないで勝手に自分の中で考えを廻らせ、妄想を蔓延らせて一人暴走し止まらなくなる様―――あー、骸さんだ。うん。
搾り出すように返した声は低くて、握っていた玩具の銃は握力にみしりと悲鳴を上げた。危ない危ない、器物破損になってしまう(これくらいで壊れる様な作りはしてないだろうけど)。


「この程度のモノと言いますが、それが『私たち』にとってどれほど大きなことなのか、貴女だってわかるでしょう?」
「・・・」
「その『差』を自覚できるほどなら、それだけで十分ですよ」


・・・どこか誇らしげに胸を張って言ってくるのは、彼女が持つ持論なのか、それとも経験がそう言わせているのか。
どっちにしろ、キラキラ光った笑顔を向けるサナさんと、その笑顔を何とも言えない心境で見返す私。
―――ゲーム画面が「Game Over!」の文字が映し出されていて、その向こうではボスだった恐竜が勝利の咆哮を空しく響かせていた。


「澪さん顔赤いですよ」
「・・・サナさん、もう帰って」
「え、まだもう少し澪さんをからかっ・・・ゴホン、一緒にいたいです」
「帰ってください」
「フフフ、真っ赤になっちゃって可愛いですねー」
「帰って・・・!」



























なんか腹黒い人が出てきました。







■□■□■



水斗さんリクエスト、初代夜空と妹ちゃんの夜空対談でした。ありがとうございました!

初代夜空は、腹黒い人。それを、初代大空はのらりくらりと避けてるイメージ。

結論として、周囲の人間が胃痛に悩まされる。

初代時代のオリジナルの話も、いつか書いてみたいなー。



「malintenzionato」
意地悪な人、腹黒い人




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