柳に風と受け流す
柳は緑、花は紅。
寝ていたから気付かなかった、と言うのは、頷ける。
「・・・・・・・・・」
寝起きの所為で霞む視界、その隅に捉えたのは―――私のものではない黒髪と、中華風味の赤い服。
ぼうっとする思考回路では、それが何か判別できなかった。
「・・・だれ・・・?」
ただ、人間ではあると。
そう思って質問すると、その中華風の服を着た子供は、ハッとした様に目を見開いた。そして、きょとんとした様子で瞬きを数回したと思うと、お兄ちゃんみたいに釣り上がった眼を緩め、にこ、と笑う。
「はじめまして、風と言います」
そう言って軽く頭を下げた彼に、首を傾げる。
―――そんな、ある春の日の昼休み。
「(・・・眠気、完全に覚めちゃった・・・)」
柳に風と受け流す
「・・・君は、アルコバレーノ?」
「おや。―――と言うことは、リボーンを御存知で」
取り敢えず起き上がり、佇まいを直してその場に座り直す。私の前で、私を見上げる彼―――「フォン」と名乗った子供、その首元に下げられた、服と同一色のおしゃぶりに目を止めた。
リボーン君と同じアルコバレーノの一人だろう、そう考えて質問すると、逆にそう返される始末。・・・それは肯定と受け取っていいのだろうか。
・・・いや、それよりも―――物凄く、似ている。
「・・・私の顔に何かついてますか、雲雀澪?」
「っ、」
困った様に首を傾げ、苦笑するフォン・・・君?
名前を呼ばれたことに、またびっくりする。
「・・・名前、何で・・・」
「そう不思議でもないでしょう、『夜空』。」
「!」
びっくりし続きで目を丸くする。寝起き直後、彼を一目見てから浮かんでいた疑問は、今は驚きの方が強くて思考回路の外側に追いやられていた。
・・・取り敢えず、情報を整理しよう。きっとこの人はアルコバレーノの一人。赤いおしゃぶりを持っているから、嵐の属性だろうか。中華風味な服装と名前のニュアンスから、ヨーロッパと言うよりはアジア系の人種だろう。髪も黒いし肌も黄白色だ。
何より、
「・・・貴方、お兄ちゃんに似てる」
「お兄ちゃん? ・・・ああ、雲雀恭弥ですか」
「(そこまで知ってるんだ)」
「成程。だから先ほど、私の顔をじっと見てたんですね」
「! ・・・っ」
顔が熱くなる。ああ、赤くなってる絶対。
隠す様に俯いて視線を逸らし、いつもの癖で口元を手の甲で擦る。けれどそんなんじゃ隠しきれるわけがなくて、フォン君にくすくすと笑われた。
「・・・いい気なもんだね、風」
「おや、バイパー。来てたんですか」
突然屋上に響いた呟きに、振り返る。
フェンスの上にちょこんと立ってるのは、紺色のてるてるぼうずの様な出で立ちのマーモン君だった。
「マーモン君、・・・どうしたの?」
「―――十陰から依頼があってね。『夜空がマフィアに狙われてるかもしれないからちょっと守っといてくれ』って言う、巫山戯た内容だったよ」
「先生が?」
「・・・。マフィアに狙われてるって言うくだりには驚かないのかい?」
「そっちはもう慣れた。沢田先輩と知り合いになると、あまり物事に驚かなくなるみたいだよ」
肩を竦めて返す。―――本当に、あまり驚かなくなった。突然危険なことに巻き込まれても、あぁまたマフィア関連かな、何て呑気に考えながら状況判断できる程度には、神経図太くなった自覚はあるよ。
と考えていると、ぴょんと軽く跳躍して屋上へと降り立ったマーモン君が、てこてこと可愛らしく歩いてきて―――私のすぐ隣に、佇んだ。ねぇ夜空、と前置きしてから、恐らくフードの奥でちらりとフォン君を一瞥し。
「今なら特別に、タダで抱っこされてやらなくもないよ」
・・・・・・・・・。
それって遠回りに「抱っこしろ」って言ってるよね。
「ふふ、―――じゃあ、抱っこしていいかな」
「仕方ないね」
思わず笑ってしまったけれど、彼は特に気にしなかったみたい。手の届く範囲に居る彼にそっと手を伸ばすと、彼自身がそう言った通り、逃げもせずにじっとしている。静かに抱き上げて膝の上に乗せると、マーモン君もそこにちょこんと座った。
・・・可愛い。
「バイパーは昔から『夜空』をとても気にかけてましたからね―――しかし、敵意を向ける相手を間違ってると思いますよ」
「五月蠅いなぁ。そんなに寝言言いたいなら寝かせてあげるけど」
「それはご免被ります」
可笑しそうに笑ったフォン君は、マーモン君と同じようにてこてこと歩いてきて、私に背を預ける様にしてすぐ隣に座った。
・・・思わず、目を瞬かせる。―――アルコバレーノ、別名「呪われた赤ん坊」。七人全員が、それぞれ卓越した能力を持つ赤子だ。それが今、二人もここにいる。しかもうち一人はお兄ちゃんとすごく似てるし。
「フォン君は何しに来たの?」
「単純に、貴女に会いにです。リボーンやコロネロ、バイパーも夜空に会ったと聞いたので」
「・・・それだけ?」
「はい」
「―――・・・。まぁいいか」
「手厳しいですね」
笑いながらのそれは無視。
更に、
「なんだバイパー、もう来てやがったか」
「相変わらず夜空大好きだなコラ」
「・・・何で君たちも来るのさ」
屋上の出入り口の扉が開いたと思うと、そこには―――リボーン君とコロネロ君と、・・・ラルさんも?
彼らの登場にむっと唇を曲げたマーモン君に、律儀に返してるリボーン君とコロネロ君。けれどラルさんは構わずこちらに近付き、
「マフィアに命を狙われているらしいな」
「みたいだね」
「・・・大した精神力だ」
呆れた視線を向けられ、苦笑を返した。―――だってしょうがない。慣れてしまったものは仕方ない。
少しだけ目を細め、そっとラルさんのほっぺたに指先を伸ばした。・・・指の背で、右頬にある痣を撫でる。ラルさんは何も言わずじっと私を見上げてるだけ―――その後、濁ったおしゃぶりの様子を見た後、薄く笑ってゴーグルにかかる黒髪を払ってあげた。
「なんだ?」
「ううん、別に。・・・それより、如何したの? コロネロ君とリボーン君はともかく、ラルさんも一緒なんて」
「リボーンからだ。お前が狙われているから手伝えと・・・コロネロもな」
「・・・じゃあ、そのリボーン君はどこからそんな情報を?」
「十陰だと言っていたな」
「また、先生・・・?」
―――眉根を寄せた。
何時も先生は、こんなことをしない。助言はしてくるけれど、こんな風に大々的なものじゃない。直接、私やお兄ちゃんに「今狙われてるから気を付けろよ」と言う程度だ。
私が狙われていると言うことを第三者に言うなんて、初めてだ。しかも、マーモン君は「依頼だ」と言った。・・・お金を吸い取る側の人間である先生が、お金を差し出す側に回るなんて。
これは一体どういうことだろう・・・と、首を傾げて。
「リボーン君、」
「なんだ?」
「先生から、依頼を受けたの? 私を守ってくれって」
「ま、そんなとこだ」
そう言ってニッと笑うと、フォン君と同じく私の近くに座り込んだ。
「澪、久しぶりだな、コラ!」
「うん。久しぶり、コロネロ君」
「夜空、こんな奴らにいちいち挨拶なんて・・・」
しなくていいよ、なんて続けようとしたんだろうマーモン君。宥める様に頭を撫でてみると、途端に黙り込んだ。
・・・あれ、
「頭撫でちゃったけど、お金取る?」
「・・・仕方ないなぁ、今日は特別にタダにしてあげるよ」
「え、・・・ふふ。ありが―――」
「澪ちゃんどこーっ!?」
ばーん。
・・・と、今度は荒々しく屋上の扉が開かれて、びっくりした。
慌ててそっちのほうを見ると、―――同時、すでに視界は暗くて、
「会いたかったわ夜空! 十陰のガキもたまにはいい事してくれるじゃなーい!」
ぎゅうーっと抱き締められている感覚が全身を取り巻き、下から「ムギャッ」と言うマーモン君が潰れる声が聞こえた。・・・なんて状況判断だけはできたけれど、少し混乱気味の思考回路ではどうしたらいいかわからなくて、私は何の反応もできないまま、謎の女性に抱き締められていた。
けれど、リボーン君の一言で解放される。
「おいアリア、澪潰してんぞ」
「あら」
・・・どうやら女性は、アリアさんというらしい。
ぱっと開放された事に気付いて、ほっと息をつく。一体何なのかと呆然としていたら、いきなり目の前の女性が私の顔を覗き込んできて、びっくりして身を仰け反らせてしまった。
「な、え?」
「貴女が澪ちゃんでしょう?」
「あ、・・・えっと・・・」
「ちょっとアリア。何いきなり夜空に抱き付いてるのさ、潰れたらどうするの。お金取るよ」
「潰れないわよ、失礼ね」
目を白黒させていると、フードを被り直したマーモン君が、少しだけ苛立たしそうにそう呟いた。それに答えたアリアさんも、少しむっとした風に唇を尖らせる。
それから彼女は、改めて佇まいを治してから私に笑顔を向けた。
「初めまして、澪ちゃん。貴女の事はリボーンから聞いているわ。私はアリア、アルコバレーノの『大空』よ」
「!」
「貴女に会いに来ちゃった!」
びっくりして、その笑顔を凝視する。
アルコバレーノの大空―――つまり、「虹」のボスだ。確かに、彼女の胸元にはオレンジ色のおしゃぶりがぶら下がり、太陽の光をどこか誇らしげに反射している。
他のみんなは赤ん坊の姿なのに、何でこの人は大人の姿なんだろうとか、いろんな疑問が浮かんできたけれど、何よりも不思議なのは―――何で、そんな人が、私に。
「リボーンたちばっかり、ずるいもの」
「あ、それは私も同感です」
「気が合うわね、風! ずるいわよねー」
「ずるいですよねー」
「アリアの真似をするな。気色悪いぞ、風」
ねー、と首を傾げあった二人に、ラルさんの鋭く冷たい突っ込みが入った。―――けれど二人は気にしていないらしく、楽しそうに笑うだけ。
ずるいずるいと言い続ける二人に、呆れた様にリボーン君が答えた。
「ボンゴレ十代目のファミリーにと目をつけたやつの妹が、偶然『夜空』だっただけだ」
「弟子が並中生だからな、コラ」
「俺は門外顧問つながりだ」
「ヴァリアーの関係でね」
「あーもうハイハイ、ボンゴレさんは顔が広くて羨ましいわ」
リボーン君に続いて、コロネロ君、ラルさん、マーモン君も私たちが出会った経緯を述べたけれど、アリアさんはさらりと流す。
・・・話はまだ続く。
「風も何とか言ってよ。理不尽よこれは」
「ボンゴレは巨大ですからね、仕方が無いといえばそれまでですが―――そういえば、まさかヴェルデも来るんですか? それにスカルは・・・」
「あぁ、ヴェルデなら来れないって言ってたわ。何でも、今研究してるものがあって、手を離せないらしくて。スカルは知らないけど」
「いいよ、あんな似非科学者来なくても・・・」
フォン君の言葉に、アリアさんが答えると、マーモン君が皮肉を述べる。・・・すごい言われようだね、そのヴェルデって言う人・・・。そしてスカルって誰だろう。
それにしても、なんだか一度にいろんな人が押し寄せてきて、少しくらくらする。―――そういえば、私、アリアさんには「大人」に対する拒絶反応というか、そういう恐怖感は無いな、ともう一度彼女を見た。
マーモン君の「似非科学者」発言が可笑しかったのか、面白そうに笑っていた彼女のそれと、ふと視線が合ってドキッとなる。
「―――・・・本当に可愛いわ・・・」
「アリア、目が笑ってません」
なんか獲物を狙う眼をしてますよ、とフォン君が注意しても、爛々とした視線が向けられてどうすればいいのか判らなかった。
「ねぇ澪ちゃん、もう一回ぎゅうってしていいかしら」
「え」
「いい加減にしないか!」
ぱっと両手を広げてにっこり笑った彼女に、口元を引き攣らせる―――が、その時響いた怒声は、ラルさんのもので。
「アリア、俺たちは夜空と遊ぶためにここに来たわけじゃない! 『十陰』からの情報で、どこかのファミリーが夜空を狙っているという―――」
「あら、それ本当なの? 私、てっきりそういう『設定』なんだと思ってたわ」
「・・・は? 設定だと?」
「えぇ。だってそう書いてあったもの」
ほらこれ、とアリアさんが内ポケットから封筒らしきものを取り出すと、その中身をラルさんに手渡した。受け取ったラルさんは、アリアさんの「読んでみて」の一言を聞いた後に折り畳まれたそれを開き、
「・・・リボーン」
「何だ」
「お前はこれを知っていたな?」
―――・・・沈黙。
後、
「だってだって、こうでもしなきゃラル・ミルチは来ないと思ったんだもん!」
「プクク、相変わらず真面目な性格が祟ったな、コラ」
「・・・っ貴様らそこから動くな!」
案外呆気なく切れたラルさんが、背中に背負ったショットガン(かな? ライフル?)を構えて、リボーン君とコロネロ君の二人に乱射しだした。
銃声が絶え間なく響き、鉛球が飛び交う中―――アリアさんは止めるでもなく、楽しそうに笑うだけ。マーモン君は彼らを完全に無視し、フォン君は眠そうにしている。
「―――あの、・・・」
「関わらない方がいいよ、放って置けばそのうち収まるからね」
おろおろしているとマーモン君にそう言われたけれど、私が心配してるのは・・・。
「・・・そうじゃなくて、」
「?」
「あんまり騒ぐと、その・・・お兄ちゃんが・・・」
騒ぐとお兄ちゃんに見付かる→この状況、つまり「みんなと一緒に居る=群れている」、故にお兄ちゃんに怒られる→そしてリボーン君に似たような赤ん坊がいっぱい居るから、戦いたくてうずうずしてしまう→ちょっと嵐の予感。
・・・現に、私たちの騒ぎに気付いて屋上へと昇ってくるこの聲は、お兄ちゃんのものだ。
「(・・・どうしよう)」
―――・・・うん。
どうしようもないのは、判っているけれど。
* * * *
アルコバレーノ諸君へ。
現在、夜空こと雲雀澪が、とあるマフィアに狙われています。暇だったらでいいので、近々彼女を守ってやってくれないかなーなんて思ってこんな手段をとらせていただきました。
・・・と言う設定で、夜空と会合してみてください。夜空が「アルコバレーノのみんなに会ってみたい」と言っていました。
勿論、夜空を狙うマフィアなんて、―――居るかもしれないけどな?(笑
十陰より。
逆らわず、穏やかにあしらう。
■□■□■
匿名様リク、夢主と虹っ子を絡ませて見ました。ありがとうございました!
風さんとかアリアさんとかの性格わからないです。
…確か、リボ君の試練のとき、最初の方でリボ君のモミアゲについて語ってたような…
しかも、大空の試練のときに女の子誑かしてたみたいな事を小耳に挟んだ結果がこれか…
ふふ、ふははははっ!
この作者を磔にしr
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